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黄水晶の雨

 確かその時は、テレジアがお裾分けだと言って手作りのジャムを持ってきてくれたのだ。

 リンゴに似た果物に酸味を足して、砂糖の代わりにはちみつで甘みを付けたジャムだ。自信作だと彼女は笑い、早速それを薄切りにしたパンに載せて茶菓子代わりに二人で頂いた。

 彼女が来たのは昼を回った頃だったというのに、気付けばすっかりと日が傾いていた。


「やだ、喋り過ぎちゃった。ごめんねエリー、すっかり長居しちゃった」

「こっちこそ引き止めて御免なさい。今日中に片付けなきゃいけない予定とか大丈夫だった?」

「暇じゃなかったら渡してすぐに引き返してるわよ」

「それなら良いのだけど……ジャムありがとうね、テレジア。堪能させていただきます」

「日持ちするように文言は刻んであるけど、私じゃ気休め程度だろうから早めに食べてね」

「えー……勿体無い……」

「食べれなくなる方がよっぽど勿体無いわよ。はちみつ手に入ったらまた作ってあげるから!」


 彼女の言う『文言を刻む』というのは、呪術的な意味合いの言葉を刻み込むオマジナイの事である。これが本当に効くのだからファンタジー世界は凄い。

 テレジアが持ってきた瓶の蓋部分に、模様のような文字が刻まれている。読めないが、保存用にはこの文言だと決っているそうだ。刻む人の潜在魔力にも影響されるようで、都会には文言を刻む職人もいるらしい。勿論この辺りでは自作が基本である。テレジアは残念ながら魔力が多い方ではないそうだ。


「ねぇ、私にも出来ると思う? これ」

「私でも出来るんだから出来るんじゃないの? エリーにも」

「だって私こっちの人じゃないもの。魔力なんてあるのかしら」

「さぁ? 誰にでもちょっとくらいはあるもんでしょ、魔力って。ていうか実際やってみた方が早いわよ、言ってるより」

「……それもそうね。今度教えて」

「うん。あ、待った! それなら私より村長夫人だわ! うちの一番の名手なのよ」

「え、そうなの?」

「そうよー、それでついでに私も一緒に習う!」

「そっちが本音でしょ? 人をダシにして!」

「だめ?」

「……私が断らないの分かってるからって、もう」

「ありがとう! エリー大好きっ!」

「調子いいんだから、もう」


 軽く私に抱きつき、それじゃと踵を返すとテレジアは家を出た。

 が、出た途端に彼女は引き返して扉を開けた。


「エリー!」

「え、どしたの、テレジア」

黄水晶(シトリン)の雨!」

「……はい?」


 目を輝かせた彼女は、言うや私の腕を取り外へと引っ張りだした。


「ほらっ!!」


 その光景に、私はしばし硬直した。


 日暮れ時である。長く伸びた影は色濃く、青い空は黄金と橙に染まっている。

 その中を、ぱらぱらと光り輝く小さな粒が降っている。雨、というよりも雹のようだが、そこかしこに降り落ち当たる音は硬質だがとても軽やかで聞いていて気持ちの良い。まるで何かの楽器のようだ。

 陽光の所為なのか、それとも自身の色なのか、きらめく色は淡い黄色でまさしく黄水晶の呼び名に相応しい。


「……すごい」

「ふふっ、でしょ? エリーが来てから降ったのは初めてだから、見たことないんじゃないかなって思って。そっちの世界にはあった?」

「あるわけないわ、こんな現象……!」

「そうなの? じゃあ見せて良かったわ。それにね、これ……」


 言って、彼女はスカートの上から着けていたエプロンを広げて、落ちてきた黄水晶の雨を数粒受け止めた。受け止めた端からそれらは蒸発するかのようにどんどん小さくなり消えていく。その中の比較的大きくすぐに消えなかった物をつまみ上げると、テレジアは私の口元に押し付けた。

 押し付けられ、ころんと口の中に落ちた黄水晶の雨はすぐに溶けて消えてしまったけれど。


「……、甘い?」

「そうなの! 子供の頃はおやつ代わりに必死になって集めてたわ。どうやったら瓶いっぱいに集められるのか頭を悩ませたりなんかもして」


 そして彼女もまた一粒口に入れて微笑んだ。


「ああ、そうそう。あんな感じ」


 何かに気付いたように瞬いて、向こうの方を指さす。指差された方向では、村の子供たちなのだろう、歓声を上げてはしゃぎ回り、服や帽子を使って黄水晶を集める子供たちがいた。


 黄金色に染まる村。輝いて降り落ちる黄水晶。長い影。軽やかで美しい雨の調べ。

 はしゃいで走り回る子供たち。微笑ましそうに見守る大人たち。


 そこにあるのは幸福だけで、目に映るのは綺麗なばかりで、私が居るのは本当に現実なのかすら覚束なくなる程に、美しく思えた。


「……綺麗だねぇ、テレジア」

「そうね」


 輝く村の中をテレジアが帰って行き、黄水晶の雨が止み、子供たちが親たちと家へ戻り、日がとっぷりと暮れ暗くなるまで、その光景に浸るように私はずっと眺めていた。


 あの光景に、走り回る子供に私は自分と妹を幻視し、あの親たちに私の母や祖父母を幻視した。

 けれど、瞬きの後にはその幻視は消え、代わりに夢想したのだ。いつか生まれるかもしれない自分の子がはしゃぎ回る様を、それを眺める自分とその隣には……。

 そうなれば、どんなに幸せだろう。根のない私が、此処に根を張れたなら。


(戻れないならせめて、それくらいの幸せ求めたって、良いでしょう?)


 そっと扉を開けて家の中へ戻る。なんだか無性にルカさんに会いたくなった。

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