その男、元凶につき
ウィリアムズ・スラフトール。現領主、マルクス・スラフトール子爵の跡継ぎ息子。
私が領主館からこの村にやってくる事になった元凶である。
「だから迎えに来たからだよ。此処に居るのは」
「無理矢理についてきた、の間違いでしょう?」
「些細な違いを気にしてはいけないな」
悪びれもなく笑う彼に、思わず舌打ちが出る。ルカさんがちょっと驚いた顔で私を振り返った。ひどいな、私だって悪態つく時もありますとも。
「さぁ一分だって時間が惜しい。帰ろうか、エリー」
「お断り致します」
「君は、自分が後見を受ける主家の命令を拒否するのかい?」
「いいえ、とんでもない。ですがもう日が暮れます。こんな時間から出発するのは危険なのでは? たかが余所者の私だけならいざ知らず、大事な跡継ぎ様が一緒ならば安全策を講じるべきかと」
「そう。なら君の所に泊めてくれるの?」
「村長夫妻が迎えの件を聞いてから宿泊の準備を整えて下さっています。そちらへどうぞ」
「つれないね。あんなに愛を囁いても届かないなんて」
「あの耳が腐るだけの言葉が?」
やれやれ、と溜息を吐き、顔を俯けて左右に振り。ウィリアムズが近づいてくる。右腕でルカさんを退かし、左手で私の顎を掴みあげ、周囲には聞こえない程度の声で。
「飼われている分際で悪態吐くなよ。籠の鳥は大人しく金の卵を産めばいいんだ」
保護されている立場だから、その言葉の否定はしない。
けれど、訂正はさせて頂こう。
「それでも飼い主はお前じゃない」
余裕ぶっていた顔が苛立たしそうに歪む。痛いからその手を離せ。
そう思っていたら、ルカさんが手を外させて割り込んだ。
「領主様のご子息ともあろう方が女性に手を上げるのは如何なものかと思いますよ」
「……何だ、お前」
「ただの村人です」
「ふぅん? エリー、お前もう男を咥え込んだのか。流石だなぁ、御祖父様を誑し込んだだけあるな」
ふざけんじゃねぇぞ、クソ野郎。
『お前は!! まだ先代様を貶しめるのか!! 誑し込むだと、ふざけるな! 何も知らない癖に下衆の勘繰りか! 妄想も大概にしろよクソ野郎!!』
そう言えば、館でのいざこざの時は縮こまってオドオドしているだけだったな、と私の剣幕に腰の退けているウィリアムズを見て思い出す。日本語も久しぶりだ。
私は元々、大人しい娘じゃない。男の子と殴り合いの喧嘩して負かせるくらいの子供時代を過ごして、祖母に言われたからお嬢さんらしい振る舞いとやらを身につけただけだ。こっちに来てすぐは不安で気弱な様子だったろうけれど、段々と元の調子を取り戻してきているんだ。
……ああ、そうか、この男。あの時と同じようにすれば私を押さえつけられると思っていたんだ。馬鹿じゃないの、私だって図太く成長くらいするっていうのに。
ちら、と周囲の様子を窺う。先程までの会話は聞こえないでも、いつもは大人しい私が激高しているのを見て、馬鹿息子が何かやったと思ってくれているようだ。ここは全員味方に付けたい。
息を吸い、更に大声を出す準備をする。
「私は忘れない! 先代様に取り行って財産でもせしめるつもりか売女め、なんて酷いこと言われたことも! 売女なら売女らしく身体くらい売れって部屋に押し入ったことも! アンディさんが偶然用事を言い付けに来なかったら、どうなっていたことか……!!」
未遂だったけれど、あれは本当に恐ろしかった。この男は私を抱く事で支配下に置こうとしたのだ。脅して、異世界の知識で一儲けしようとでもしたのだろう。頭の出来から考えて一人では無理だろうから、他の仲間も居たかもしれない。
自分で自分を抱きしめるような仕草をして、さも恐ろしいとばかりに首を振る。ルカさんは私を背に庇いウィリアムズを睨みつけ、周囲で騒ぎを見ていた村人たちは未来の領主を白い目で見つめた。
「……私は、貴方を領主様からの使者とは認めません。使者ではない貴方と共には向かいません」
だから失せろ。そう気持ちを込めて告げる。
憎々しげに睨みつける馬鹿息子を、村長が適当な事を言いながら家へと連れて行く。
歩き出す前に振り返った奴は、嘲る口調で吐き捨てた。
「よく見たらソイツ、混ざり者か。化物女と混ざり者とは、なんともお似合いだな」
きっと殴りかかろうとしたのだろう、上がりかけたルカさんの腕に縋り付く。
「何が混ざっているか知らないけど、私には等しく『異世界の生き物』でしかないわ。あなたが見下す物ですら、私からみたら同じ。残念だけどその捨て台詞は、何一つ私には響かない。あなた何もわかっていなかったのね」
異世界から来た私と、異世界に住む皆々。化物結構、だって事実だ。
だから私は、名乗ったではないか。そしてお前は呼んだではないか。
「言ったでしょう。ロンサム・エイリアンのエリーだと」
何度も振り返りながら、馬鹿息子は引きずられていった。
村長さんの家に入ったのを確認してから、ルカさんが困ったような顔で振り返った。
「……エリー、そろそろ放してくれないか?」
「それがですね、ルカさん」
「うん?」
「今更ながら成人男性に喧嘩売った事に震えが来まして」
「…………」
「上手いこと力加減が出来ないので、片手でご面倒でしょうが外してくれませんか?」
「いや、そういう事ならもう少し堪能しておこう」
「はい?」
「当たってる」
思わず飛び退く。あ、外れた。
残念、なんて冗談めかして彼が笑う。
「有難うございました、ルカさん」
「俺の方こそ有難う、エリー」
「お茶でも飲みましょう。疲れました」
「まったくだ」
あの男が帰るまで何事も無ければいいけれど。
顔を見合わせて溜息を吐いてから、二人で家の中へと戻った。




