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蛙と蛇

 私は異邦人である。国どころか世界すら違う、異邦人だ。

 ある日、まったく唐突にこの世界へと足を踏み入れていた。こちらの世界の人々曰く『落っこちてきた』らしい。ままある話だそうだ。


 現在の私は、村の外れに建つ小さな家を宛てがわれて生活している。村長夫妻に面倒を見てもらいながら、何とかこの世界に慣れようと頑張っている最中だ。

 魔法のような現象や、私の常識と違う動植物。そういったものに本当に慣れる事ができるのかは未だ分からないけれども。


 今も私の目の前には、大きな蛙がいる。サラダ用の菜っ葉を摘もうと庭に出たら居たのだ。

 小学生の頃に田舎の祖父母宅で見たウシガエルよりも尚大きいんじゃなかろうか。茶色く、どっしりと構えた姿は威厳すら感じる。

 蛙は毒を持つものも多い。暫く眺めていたが、彼(か彼女かは分からないが)は私など意に介さないようだ。警戒する必要はないらしいので、私も自分の用事を済ませる為に小さな畑へと近付く。籠に必要な分だけ採り、戻ろうと振り返ろうとした時、草むらからガサリと音が聞こえた。音の方向は蛙の居る方だ。思わず目をやれば、いつの間にやってきたのか蛇が蛙へと向かっていた。大蛇とは言えないが、あの蛙を丸呑みするくらいはできるだろう。

 咄嗟に蛙を逃がそうと足を踏み出……せなかった。それよりも蛙の動きの方が早かったから。


 大きく一歩、蛇に近付くように蛙が飛び跳ねた。そして着地するや否や、その長い舌で蛇の首を引き寄せ……パクリとその頭を飲み込んでしまったのだ。


 唖然とする私を他所に、蛙は悶える蛇を時折押さえつけながらもどんどんと飲み込んでいく。そして、五分ほどかけただろうか、蛙はすっかりと蛇を飲み込んでしまっていた。おくびのような鳴き声をあげたあと、流石に腹が重いのか、のそりのそりと這うような動きで草むらの中へと消えていった。


 この世界ではどうやら『蛇に睨まれた蛙』という言葉は通じないようだ。三竦みも成立しないだろう。

 地域が違えば常識は違う。ましてや世界すらならば推して知るべし。いやはや。

 些細な光景ではあるが、今日もまた異世界である事実を実感した出来事であった。



「と、いうことがあったのですよ」

「……そうかい」

「この世界の蛙って強いんですねぇ。驚いて、思わず食べ終わるまで凝視しちゃいましたよ。満腹になった蛙見た所為か、私までお腹いっぱいになったような心持ちでした」


 夕方、釣果のお裾分けに来てくれた年上の友人に今日の事を語れば、彼は何とも微妙な顔で私の話を聞いてくれた。

 彼は村の木戸番であり、私にとって一番最初に出会った異世界人でもある。そしてすぐに私が落人――余所の世界から落ちてきた人、という意味で異世界人はこう呼ばれている――だと気付き、村長への連絡や私への説明など、色々と教えてくれた人でもある。此処に暮らすようになってから、暇を見ては様子を見に来てくれる有り難い人だ。足を向けては寝られない。


「あのな、エリー」

「なんです?」

「感銘を受けている所で悪いが、他の蛙は普通に蛇に食われるからな?」


 なんだと。


「多分そいつはこの辺で悪食ガエルって呼ばれてる奴だろう。あれは何でも食うんだ。共食いもする。ついでに言うと」

「言うと?」

「焼くと美味い」

「……捕まえれば良かった……!!」

「エリーには無理だろうな。敵意には敏感で逃げ足が速いし、下手すりゃ指を食いちぎられるぞ」


 どんだけ規格外なんだ、あの蛙。

 気になるならそのうち捕まえてくるから見かけても手を出さない事、かまおうとしない事、とまるで子供への注意のように言い含んで(事実、幼子レベルでここの常識が分からないから当然かもしれないが)友人は帰っていった。


 あの蛙はこの世界でも非常識な存在だったらしい。ああ、ややこしい。

 こういった差異が難しいのだ。目にした全ての差異が常識というわけではない。余りに違う事が常識ということも、今日のように非常識ということもある。

 戻れる可能性が無い以上、ここに馴染むしかないのだが、一体どれだけ暮らせばここに慣れることができるのだろうか。

 ……気疲れしそうだ。今日は夕飯をとったら早めに就寝しよう。


 こうして私の異世界暮らしは、今日一日の幕を下ろす。明日は何を見ることになるのだろうか。



 尚、後日村長夫人に蛙の捌き方を聞いたら物凄く怪訝な顔をされた後、食べる地域もあるのかもしれないがこの辺りでは蛙を食す文化は無いことを諭され、逆に、エリーにとって故郷の味なの? 食べられる種類の蛙がこの近くに生息しているか調べようか? と色々聞かれてしまって座りの悪い気分になった事を付記しておく。

 友人曰く野営料理でよく捕まえて食べた、という事で一般的な食材とは違ったらしい。先に言えよと怒ったら、焼いた蛙を口に突っ込まれた。あっさりした中に確かな旨味もあり、言われた通りに美味かったので怒るに怒れない私を見て、彼は非常に楽しそうな顔をしていたのが印象的であった。

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