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欠片の話  作者: 空色
4/8

ある少女と湯たんぽの話



ざあざあと雨粒が窓を叩くような水音に、アーシェは微睡んでいた意識を覚醒させる。

部屋の中は薄暗く、自分が部屋に入ってから随分と時間が経ったことが知れた。


水音は、どうやら同室者がシャワーを浴びている音のようだ。

今日は指名手配の魔物と一戦交えている時に、運悪く天の使いから妨害を受けた。

そのせいで、珍しくも血で汚れたルーシスは当然のように機嫌が悪かった。


だから、アーシェ達はその場で、魔物を協会に突き出す係とまともな宿を探す係の二組に別れた。

夕刻を過ぎての宿探しは困難を極めることも多く、最悪の場合は近くの森で野宿となる。

そうなれば、ルーシスの機嫌が更に下降することは目に見えていた。


宿探し組であるアーシェとアデスは、運良く4つ目の宿で空き部屋を見つけ、なんと二部屋を確保することに成功した。

結果に満足したアデスは、先に食堂で早めの夕食を取ると、綺麗な女性と『一夜の恋』をするために出かけていった。


そうすると、彼は夜明けまで帰って来ない。

ベリルはルーシスと供に協会へ出ているから、アーシェは暫らくの間一人きりだ。

つまらないと不満を漏らすと、アデスはくしゃくしゃと頭を撫でて、土産を買ってきてやると笑った。


買い物にでも出掛けたかったが、アーシェは一応の保護者である、ルーシスが帰って来ないと、夜の街への外出許可がもらえない。

夕食を取った後、手持ち無沙汰でベットに転がっている内に、どうやら眠ってしまっていたらしかった。


まだ寝起きで働かない頭で、宿に入ってからの事を反芻している間に、ルーシスはシャワーを終えたらしかった。

水音が止まり、暫くするとガチャリと戸が開いて、聞き慣れた足音が響く。

それは少しの間室内を歩き回り、部屋の入り口で鍵を掛けると再び戻ってきた。

最後に枕元のスタンドの小さな明かりをつけると、当然のようにアーシェのベッドへと潜り込んでくる。


「……あっち、空いてるよ」


もう一方のベッドを指差し訴えてみるが、ルーシスは無言のままだ。

自分を抱きかかえる彼を見上げ、アーシェはもう一度主張してみる。


「ここ、わたしのベッドだよ」

「うるせぇ。黙ってとっとと寝ろ」


己は間違ったことは言っていないのに、怒られるだなんて理不尽だ。

アーシェは不満げに頬を膨らませた。

もぞもぞと動くと、背後から安っぽい石鹸の香りがする。

二手に分かれる前は、お互い鉄錆びた臭いを纏わり付かせていたから、不思議な気分だ。


それに、先程までシャワーを浴びていたルーシスは、いつもより温かい。

普段、低体温の彼は、基本的に寒いのは嫌いなようだ。

表情には出さないものの、どことなく不機嫌になる。

アーシェが冷温動物と呟くと、睨まれるか、頭を叩かれるかのどちらかだ。

今は叩かれていないのに、何となく痛みを覚えて、アーシェは己の頭を撫でた。


取り留めなく考え事をしているうちに、ルーシスは完璧に寝る態勢に入ったようだ。

無駄なこととは知りつつも、アーシェは最後の抵抗として小さく呟く。


「わたし、湯たんぽじゃないのに」

「当たり前だろうが。こんな喧しい湯たんぽがあってたまるか」


頭上から落ちて来た声は、どこか呆れを含んでいる。

そのまま、一言二言交わしているうちに、段々と瞼が重くなってきた。

背後から響く鼓動の音が、アーシェを深い眠りへと誘っていく。


(湯たんぽじゃないけど……)


まどろむ意識の中で、アーシェは背中の温もりに引っ付いた。


(きっと、二人の方があたたかい)


それは予測ではなく、確信で、知らず知らずのうちに笑みが零れた。

やがて、室内を穏やかな寝息が満たす。

そうして、彼らの夜は更けていくのだ。






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