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欠片の話  作者: 空色
3/8

ある少年と黒猫の話



「隼人!」

「ルゥ?」


鈴の鳴るような声に名を呼ばれ、彼は帰宅の足を止めて目を丸めた。

視界の端を横切った影に、咄嗟に腕を伸ばす。

腕の中に転がり込むように飛び込んできた黒猫を、少年はしっかりと抱き止める。

彼女は甘えるように喉を鳴らして、彼の胸に頭を擦り付けてから、満足したように顔を上げた。


「お帰りなさい」


ルビーのような一対の赤が、嬉しさを隠さずキラキラと輝いている。

その瞳の色も然る事ながら、人語を話す猫が普通であるはずがない。

彼女は所謂、魔猫であるらしい。

らしい、と言うのは、少年にも詳しくは分からないのだ。

ただ、彼女がそうだというからには、そうなのだろうし、そもそも魔猫という存在自体が謎だ。

だが、少年はそれを疑問に思う風も無く、腕の中の毛玉に語りかける。


「今日は『猫の会合』があるから、遅くなるって言ってなかった?」

「はい、でも意外に早く終わったので。待ち切れずにお迎えにきてしまいました」


機嫌良さそうに尻尾を揺らし、黒猫は両目を細めた。

黒猫は、現在、少年の家の飼い猫として生活している。

だが、時折、ふらりと彼の前から姿を消す事があった。

それは、仕事であったり、魔力の補充であったりと理由は様々だ。

特に、たくさん力を使った後は、本当に辛い様で碌に語らず消えてしまうことも多い。

その間、少年は心配でたまらないのだが、数日すれば元の飄々とした調子で戻ってくるものだから拍子抜けしてしまう。

家に向かって歩きながら、他愛のない話をしていた一人と一匹だったが、黒猫が唐突に溜め息をついた。

どうしたのかと尋ねて見れば、彼女は少し考え込むようにした後、小さく首を振った。


「別に、本当になんでもないんです。ただ、ちょっと会合のことを思い出して」

「そんなに難しいことを話し合ってきたの?」

「難しいと言うか、なかなか話が進まなくて。それで気疲れしてしまった感じです」

「それは、大変だったね」


件の会合を思い出したのか、腕の中の猫は耳も尾もくたりと垂れ下がる。

その姿が可愛らしく、少年は小さく笑いながら彼女の喉元を撫でた。


「家に帰ったら、紅茶を入れてあげるから、元気だしなよ」

「本当ですか! 私、ミルクのたっぷり入ったアッサムティーが飲みたいです」


途端にピンと耳を跳ね上げ、黒猫が振り返る。

只の猫ならミルクティーなど飲ませない方が良いのだろうが、何せ彼女は魔猫だ。

魔猫は、人間と同じものを食べるらしい。

前にキャットフードを与えて、拗ねてしまったことがあったのを思い出す。


「それを聞いたら、一気に疲れが吹き飛びますね」


深々と息を付く黒猫は、喜びを表すものの、声色はどこか疲れているように感じる。


「そんなに疲れてるなら、すこし向こうで休んでくれば良かったのに」

「良いんです。これくらいなら、ちょっと眠れば回復しますから」


何でもない事の様に笑う猫に、少年は心配そうに眉を寄せる。

元々、魔猫、とはこの世界とは異なる場所に生息するらしい。

つまり、彼女は異世界の猫なのだ。

世界が異なるため、彼女がこの場に留まるにも、相当の魔力を使うのだそうだ。

だから、許容量以上の魔力を使うと、重度の疲労感に襲われる。

以前、どうしてそこまでして、世界を超えたのかと、尋ねたことがある。

体に負担を強いてまで、ここに居る必要があるのか、彼には理解できなかったからだ。

その時、黒猫は美しいルビーを細めて少年を見つめ、密やかな声で囁いた。


『――……あなたは、私の永遠。あなたの傍にいられるなら、私はそれだけで幸福なんです』


まるで、愛しいものを見るかのような彼女の視線に、少年の胸は唐突に痛みを感じた。

それは刺す様な鋭いものではなかったけれど、思い出すと今でもじわりとこの胸を締め付ける。

抜けない棘の様な痛みの意味を、いつか自分は知ることができるだろうか。

問いかける先もなく、少年は黒猫の頭に鼻先を近づける。

干草の様な柔らかな匂いが、そっと彼を包んだ。








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