ある運び屋コンビの話
「……は!?」
見慣れた柔和な丸顔が、颯太の目の前で突然歪んだ。
あまりの豹変振りに唖然としていると、何かがものすごい速さで自分の顔すれすれを通り過ぎた。
直後に響いた破壊音に、半ば拒否をする己の首を何とか動かして横を見る。
崩れた壁が、パラパラと破片になって床に零れた。
血の気が下がり、自分の顔が真っ青になっているだろうことが分かる。
引き攣った笑みを浮かべると、颯太はくるりと方向転換し、脱兎のごとく逃げ出した。
彼が転がるように建物を飛び出した直後、轟音をたててビルが崩れる。
土煙の中から、丸い影が自分に向かってくるのを確認し、颯太は全力疾走した。
(いやいやいや、ないないない、これはない。マジないって)
本来なら、あの丸顔に似合うのは、明るく元気な曲だろう。
だが、自分の脳裏に響くのは、彼の有名なサメ映画のBGMだった。
迫り来る恐怖に、冷や汗が吹き出る。
かつて運動会ですらしたことの無い、本気の走りを続ける颯太の横を、一台のワゴン車が物凄いスピードで走りぬけた。
そして、映画並みのドリフトを決めて停止すると、助手席のドアが開かれる。
「ソウタ!」
「先輩!」
颯太が走っていた勢いのままで滑り込むと、ワゴン車は唸りを上げて急発進する。
「だ! 痛った、痛った! 顔面打った」
「ふざけてないで、あれ、ついて来てないか確認して」
強打した鼻を押さえて転げまわる颯太だったが、投げかけられた冷たい言葉に両方の意味で涙目になる。
押さえる手はそのままに後ろを振り返ると、後ろの方にマントをなびかせたあいつが車を追ってきていた。
「うわ、追ってきてるよ。つーか、何なんだよ、あのダークネス・ア○パンマンは」
「アン○ンマンってなに」
背筋を這う寒気に体を震わせ、思わず呟いた颯太に、アルスが問いかけてきた。
「いやー、俺の世界の有名人っていうか……」
人ではなく、正確にはパンなのかもしれないが、老若男女殆どの人が彼を知っているだろう。
「愛と勇気が友達で、腹を減らした子供には自分の顔を分け与える、自己犠牲のヒーローっすかね」
「そのヒーローが何で僕らを追ってくるの」
「いや、それは俺の方が知りたいですって!」
話を続けている間にも、凶悪面のパン男は少しずつ車に近づいていた。
バックミラーでそれをちらりと確認したアルスは、深く溜め息をつく。
「とにかく、一度本部に戻るから。あんな物騒なの連れて、お客様に届け物なんてできないし」
「いや、そもそもこのままじゃ本部にだって帰れないですよね」
「はぁ? 適当に撒くに決まってるだろ」
「でも、相手は飛べるんだし、こっちが不利ですよ?」
思わず振り返ると、いつも通りの冷たい視線が飛んでくる。
日常を感じて、何故か安堵してしまった自分は、決してマゾではないと声を大にして主張したい!
だって、滅茶苦茶な中で通常通りのものがあったら、安心するじゃん、俺は間違ってない!はずだ。
己の中の疑惑に、首を振って否定していると、隣から盛大な溜め息が聞こえた。
「シートベルト」
「はい!」
「舌噛みたくなければ、口閉じて黙ってなよ」
「は……うお!?」
颯太が条件反射で姿勢を正し、シートベルトを締めた途端、アルスは急ハンドルをきって裏道に突っ込んだ。
ゴミ箱を倒した気がしたが、正直それを目で追う余裕はない。
人一人すれ違う隙間も無いような道を、ワゴン車が猛スピードで駆け抜けていく。
「は……ははは、随分過激なドライビングテクっすね」
普段、ハンドルを握るのが自分で良かった。
引き攣った笑みのまま、すごい勢いで流れていく壁を眺めていると、隣から小さく笑い声が聞こえてきた。
「アンまんだか、肉まんだか知らないけど、ほんとふざけてるよ」
「せ……先輩? あの、アルスさん?」
本人は不本意らしいが、中性的で綺麗だと良く言われる顔が、凶悪な笑みを浮かべている。
何故かデジャヴュを感じて、颯太の背に汗が伝った。
「ぜってー、後悔させる」
(あ、俺の人生オワタ)
助手席に深く背を預け、颯太は遠い目で天を仰いだ。