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透清国の滅亡

 第四章 透清国の滅亡


 912年9月11日。透清国皇帝宣授帝退位にともない、透清国は滅亡した。静太后が退位の詔を発布した。

 静かな幕引きといっていいだろう。今までどの王朝もこんな滅亡の仕方をしていない。透清国が滅んでも私の生活は全く変わらなかった。

 イングル国仲介で、太平民主国側、炎世包側は、透清国に即時停戦に伴う皇帝退位、そして『優待条件』を提案したのだ。

 優待条件はだいたい次のような内容である。皇帝の辞位後も、尊号は廃止しなくても良い。太平共和国は諸外国君主を遇する礼を持って遇する。 辞位後は、年間四千万円支給する。皇帝は辞位後も、暫時宮中に居住して良い。

 飴とムチを同時に提示されて、静太后はうろたえた。御前会議を急遽開き、皇族や側近を収集した。始めの内は主戦論を唱えるものが多かった。 しかし、徐々に状況がつかめてくると主戦論の発言は少なくなっていった。

 そして、宮中に一報が届いた。


「ガジャルダ将軍が戦死しました」

「何!」

 皆が息をのんだ。使者の声が聞こえなかったものは、ただならぬ空気の変化に驚き左右を見た。

「状況の報告を……」

 摂政王の緊張した声が響く。

「ガジャルダ将軍が率いる軍は反乱軍を追って南下していました。そこに前線で待機していた黄晴将軍が反転し、ガジャルダ軍を後方から攻撃したのです。反乱軍を追って縦に伸びていたガジャルダ軍は寸断され、黄晴軍に有効に対応する事ができませんでした」

「ちょっと待て。黄晴は炎の旗下ではないか」

「炎は完全に透清国仇をなしたというのか!」



「黄晴……お前……」

 砂嵐が起こり、視界は悪かった。しかし、ガジャルダは10メートル先にいる人物が誰かはっきりわかった。

「久しぶりだな」

 ガジャルダの周りにすでに見方はいない。手に持った血塗られた大刀が、ガジャルダの勇猛さを物語っている。その両眼には、怒りの業火が渦を巻いていた。

「そう怒るな。お前の気持ちも分かるがな。時代は変わる。透清国のために生きるだけが道ではない」

 黄は息を整えた。朗々たる声でガジャルダに語りかけた。

「一緒に来ないか。お前なら大歓迎だ」

 ガジャルダは笑った。大地も揺れるかと思われるほど、豪快な笑いだった。一点の迷いのない声が天を刺す。ガジャルダを取り囲んでいる兵士達の額に汗が噴き出した。

「笑止」

 瞬時にして表情が変わった。

 ガジャルダは手に持っていた大刀を振り上げ、黄に踊りかかる。その刀は切る能力を完全に失っていたが、黄の頭を叩き潰すには十分なはずだった。

『ドン』

 時が止まった。大刀の10分の1もない銃が黄の手にあった。銃は真っ直ぐガジャルダに向けられている。その殺傷能力は、大刀より何倍も高かった。

 ガジャルダは2歩後ろに下がった。

「うをぉー」

 咆哮が、時を動かす。

 黄は、表情を変えず右手を上げた。

『ドン。ドン。ドン。』

 自分の意志とは違う動きを強要されたガジャルダは、終に、二度と自分の意志で動く事ができなくなった。

「愚かだな」

 黄ははき捨てるように言った。

「黄晴様。遺体はどう処理しましょう」

 壮絶な場面を見たばかりの兵士の声は上ずっていた。

「好きにしろ」

 黄はそっけなく、突き放すように言った、

「それはどういう……」

「言葉以上の意味はないな。私は死んだものに興味などない。ま、無難に処理しといてくれ」

 そして、黄は何事もなかったかのように全軍の指揮を執った。



 御前会議の空気は重かった。炎の完全なる裏切りは、もはや誰の目にも明らかだった。

「軍費さえ整えば、やつらに打ち勝つのは難しいことではないでしょう」

 主戦派の一人凛俊が言った。

「訓練された兵士も軍費も全て、炎に持っていかれてしまった」

 摂政王は首を横に振り、ため息をついた。

「下手に抵抗すれば、『条件』も消えてしまうのではありませんか」

 チェルリンが疑問を投げかける。

「私は条件さえあれば、共和制も君主制もどちらでも実質的に大差ないと思います。陛下は陛下で居られるわけですし、摂政王も摂政王としての立場を守れるのではありませんか」

 会議の静かな雰囲気が壊れ、ざわめきが起こった。チェルリンの発言は核心に触れるものだった。炎が宮中に攻め込んできたら、対抗する術はないのだ。そうなれば炎は力で透清国を滅ぼしたことになる。優待条件を行なう必要などなくなるのだ。

 御前会議は結論を出せず、散会が続いた。そしてまた、事件が起こった。革命党が皇族の家に爆弾を仕掛け始めたのである。負傷者はもちろんのこと、爆死者が出た。

 強硬に主戦論を唱えていた親善王も革命党の標的にさらされていた。大勢が優待条件受け入れに傾き、それが変わる事がないと悟った時、王都を離れたのである。

 


 退位の詔が発布されたその日、宮廷内は押し殺したような泣き声に包まれた。私は摂政王の横でただ座っていた。

 それも終ると、その日はさすがに授業もなく暇だった。誰も私に今何が起こっているか、詳しく説明してはくれなかった

 私は茶力士の目を盗んで高楼の屋根に上った。風が吹いていて、少し怖い。

 でも、下で聞こえていた頭が痛くなるような不気味な音を聞くより何倍もましだと思った。宮中は広く、高楼に登っても全体を見ることはできない。それでも、大きな荷物を背負って宮中を出る人々の姿が目についた。

 何人かが、うつろな瞳で宮中を振り返る。幼心に、その光景は尋常ではない印象を与えた。

 私には、外の記憶がない。物心がついたときには、ここにいて外に出る事ができなかった。外の世界がどんな場所なのか、全く想像ができなかった。彼らがあんなに陰鬱な表情でいるからには、きっと嫌な事に溢れた世界なのだろう。

 気づけば、目から涙が溢れていた。視界がぼやける。涙は頬をつたい、首をたどって、私の胸の奥へと染み込んだ。

 私もいつか、ここを出て行かなくてはいけなくなるのだろうか。それはまだ、遠い先の未来に起こることだろう。

「陛下―」

 下から、茶力士の声がする。まさか屋根の上にいるなんて思ってもいないだろう。私は茶力士を心配させないために、ここに居た事がばれないために、ゆっくり下へと降りていった。

 まだ、私の『時』は動き出さない。 (了)


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