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透清国

第一章 透清国


 高貴な少女の最初の記憶は、しわがれた細い指である。指は豪奢なベッドから真っ直ぐ少女に向けられていた。少女はベッドにいる老女の姿を見て、泣き喚いた。

 いや、少女に老女の姿は見えていない。天幕つきのベッドは淡いピンクのレースに覆われていたからだ。その間から、指だけがのぞいていた。

 少女はただ漠然とその老女が怖かった。

 まだ幼い少女は、老女が何者であるか知らない。その老女こそ、透清国の実質的支配者・喜太后であった。喜太后の機嫌を損ね、黄泉の国に旅立った者は数知れない。

喜太后の前で少女が泣き始めると周りにいる者たちは、喜太后の機嫌を損ねなかったか、緊張に顔を引きつらせた。

 しかし、喜太后は気にした様子もなく言った。

「もう良い。私はこの子に決めた。向こうに連れて行って、お菓子でもあげなさい」

 場に安堵の空気が広がる。

 少女は喜太后のいる部屋から連れ出された。すぐに少女の目の前には、ありとあらゆるお菓子が並べられた。けれども少女は当分泣き止まなかった。

 

 枯れ色が大地を覆っていた。季節が秋から冬へ変わる事だけが原因ではないようだ。人びとの顔には不安と焦燥が深く刻まれている。

 男達は仕事がひと段落つくと、木陰に即席の机と椅子を設け、マージャンやトランプで時間を潰す。その姿も周りを気にする姿がよく見られ、落ちつかない様子が目立つ。

 時は黄暦909年。透清国内情勢は、安定とはほど遠かった。300年に及ぶ歴史の中で、透清国は、最大領域を支配した。現在も地図の上での領土は変わっていない。しかし、透清国領土は色とりどりに塗られていた。すでに透清国は外国軍隊の駐屯を認めており、実質的に統治権が及んでいるのは、全領域の三分の一にも及ばない北西部のみとなっている。

 透清国が外国からの干渉を受け始めたのは、およそ今から50年前である。喜太后が権力を持ち始めた頃と重なる。

 透清国は、代々勤勉で実直な皇帝を輩出してきた。それは、皇帝を決める段階で様々な工夫がなされたことによる。もともとこの地方を支配していた王朝は、長子が皇帝を継承することを基本としていた。

 それを、透清国三代皇帝・光明帝が変えたのだ。皇帝継承者は、皇帝が死ぬまで公表されず、玉座の後ろに掲げられた「光明正大」の額に挟んでおく。こうすることにより、皇帝は意思を状況に応じてゆっくり選ぶことができ、選ばれる可能性のあるものは切磋琢磨し、自分を磨くのである。 もちろん、皇帝は血筋を重んじて決められる為、実子である事が基本である。

 新皇帝の発表は皇帝が崩御して一ヵ月後に正式に発表される事となっていた。

 この慣例が壊れたのが喜太后の時代である。

 第九代皇帝・豊善帝は妃に喜太后を迎えた。喜太后はもともと宮中の女官であったが、懐妊して貴妃に昇格し、実子が豊善帝の一人息子で、第十代皇帝・治正帝となったため太后となった。皇帝の妻たちは、皇后、皇貴妃、貴妃、妃、?、貴人、常在、答應と八つの身分に分かれている。

彼女は太后となるとすぐに、太后による垂簾聴政(皇太后が幼帝に代わって政治を聴くこと)を奏請した。

喜太后は権力に異様なまでに執着していた。はじめ、垂簾聴政は多くの者の反対を受けて、実現しなかった。喜太后はこの恨みを忘れず様々な方面に触手を伸ばすことを学んだ。反対した者達を、皇帝の母親という身分を利用して、巧みに一人また一人と権力の中枢から遠ざけていったのである。

 そして、ついに喜太后の力は皇帝に匹敵するほどになっていった。治正帝は自らの判断で政治を行ないたかったが、偉大な母親に逆らうことができなかった。理想と現実にさいなまれた治正帝は、気苦労も多く、若くしてこの世を去ってしまう。

 治正帝は後継者を決めず、子供もいないままにこの世を去ってしまった。喜太后は妹を豊善帝の弟・王翔の妻としていた。喜太后は後継者に、王翔と妹の間に生まれた載純を指名することにした。皇帝が後継者を決めていなかった以上、喜太后が決めるのは正当と考えられる。表立って反対する者はいなかった。

 こうして第十一代皇帝・望緒帝が誕生した。

 本来はもっと議論されるべきだったのかもしれない。しかし、透清国皇帝の座を長く空席にしておくことは、透清国を維持する為に短所が多かった。透清国に対する外国勢力の干渉は日に日に強くなっていたのである。

 イングルという国が不当に港にやってきて、突然開港を求めてきた。それを拒否するとイングルは街に向けて大砲を撃ち放った。あまりに突然な 非合理的な行動に対し、透清国は驚きながらも応戦した。けれども、長く平和が続いていた透清国は軍事面で大きく及ばなかった。

 毎年軍事に関する予算は組まれているのだが、実際に軍事強化や整備に使われてはいなかった。透清国は近代兵器を所有しておらず、それに対抗する術などあるはずもなかったのだ。

 透清国に外国人が入ってくることで、もともとその地に住んでいる住人との小競り合いも耐えなかった。それを理由に脅してくる国もある。すでに軍事面で国を守る機能がないと外国勢力に知られてしまった透清国が唯一国として認められている理由は、皇帝を中心とした国家体制と伝統にあったのだ。

 外国諸国にとって、交渉相手が明確である方が好ましい。労せずして、多くのものを手に入れる事ができるのだ。

 喜太后は望緒帝の正妃として弟の娘を選んだ。望緒帝は様々な面で喜太后の干渉を好としなかった。そこで、新しい感性をもった若手の官吏をまとめ、外国勢力の手を借りて、喜太后を排除しようとした。しかし、結局この試みは、実行前に喜太后の知るところとなった。外国勢力に頼るという行為を喜太后は決して許さなかった。

 喜太后は諸外国に対しては対等であるべきであり、借りを作ることは透清国を滅ぼすと信じていた。望緒帝の行為は正にそれであった。喜太后は 望緒帝の野心を嫌いではなかった。それ以上に期待していた。その分、この裏切りを決して許さず、望緒帝を軟禁した。

 望緒帝は計画が事前に漏れて失敗したことに深く失望した。そして軟禁されてから3年余りでこの世を去ったのだった。望緒帝が死んだ時、また子供がいなかった。そして、白羽の矢が立ったのが、望緒帝の弟の娘であった。

 今回の決定も喜太后によって行なわれた。喜太后の力はもはや揺るぎなく、誰も何も言わなかった。けれども、突然の女帝誕生に、不安を感じた者がいるのも当然だろう。

 闇に耳を澄ませば聞こえてくる。


「なんと、このような時期に女帝を選ばれるとは、喜太后は何を考えておられるのか」

「これ、滅多なことを言うのでは、ありませんぞ。誰に聞かれているやらわかりませぬ」

「いや、その通りではないか。血筋を重んじられるなら、耀華殿がおられる。御年16歳で聡明な子と聞いている。なにより男の子であられるぞ」

「耀華殿のー。無理であろうな。耀華殿の父君王翔様と喜太后は豊善帝の御世より仲が良くないと聞いております」

「そうではあるが……。喜太后に唯一、真っ向から意見を言える方であるな。しかし、それももう例の事より10年、公の席に顔を出しておられんよ」

「これからどうなるのであろうな」

「女帝が吉と出るか、凶と出るか、まあ喜太后の天下が続く限り、変わらんのかね……」

 物音が近づくと密会は何事もなかったように、解散した。

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