五話-悲鳴の薬と青い服
五話-悲鳴の薬と青い服。
レイト達に新たな同行者が…。
風太郎の背を追い、3つほど角を曲がった。
スニーカーで走っただけで木製の床に穴が開くためボロなのは確定だが、廊下もそれなりに長いところを見ると大きい建物なのかもしれない。
ブレスさんもそれに気付いたのか走りを緩め足を止めた。
「カラケ森の近くにこんなに大きな建物あった?」
「いえ、僕の記憶ではカラケの半径4メイルには村は愚か建造物も無いはずッス」
「だよな…CⅡランクの魔物がうじゃうじゃしてるわけだし…」
カラケ森になんたらランクの魔物。
いずれも聞いたことのない単語が会話中にぼろぼろと溢れ、長さの単位もcmやkmではなくメイルときた。そんな単位聞いたことないよ。
神薬の効果だろうか、1メイルが約1.5kmということは分かったが。
「まあ場所を確認する方法ならいくらでもあるか、行こう」
再び足を進めてすぐに目的の部屋は見つかった。
足を踏み入れると積み上げられた木箱や土が付いて汚れが目立つ袋が目に入る。
そんな中で一番目立ったのは部屋の隅で縛られている藍色の髪をした女性だった。
その女性は入ってきた俺達を見つけて「むーむー」と呻き出す。猿轡を噛まされているのだ。
真っ先に駆け寄ったのはエイジ。
「今ロープを切るから、動かないで」
「むぅー」
そう言って手際良くロープを切るエイジ。
恐怖から開放されたからだろうか、手足のロープと猿轡が外された女性はエイジの首に抱きついた。
「えぃじいぃ…こわかったあぁ…ひぐっうえぇ」
「はいはい」
泣き出す女性の頭を撫でるエイジ。こうやって見ると感動の再開にも見えなくはない。
もちろんエイジの心底嫌そうな顔を除いだら、だが。
「これでカエナが捕まったの何回目だろう」
「やっぱり以前もあったんですね…」
「薬草採りの手伝いのたびにこれだよ。ちょっと目を離したら知らない奴の脇に担がれてるんだ」
「こんな感じで」と腕で輪をつくり、まるで丸太を運ぶような格好をする。どうやら本当らしい。
「綺麗な方ですし仕方ないとも思うんですけど」
一見黒と見間違うほど濃い藍色の髪に同色の瞳は日本人を思わせ、整った顔立ちと合わせれば、テレビで見るアイドルや女優も顔負けの美人だ。
今は涙と鼻水でぐちゃぐちゃで髪も乱れているためちょっとアレだが。
「それはまあそうなんだけど、薬師としても一流だしね」
ブレスさんのその言葉を聞いて、すぐに反応したのはエイジだった。
「そうだ薬!解毒薬と傷薬、それと湿布持ってない!?」
カエナさんを両手で引き剥がして早口で聞くエイジ。
気が付かなかったがどこか怪我をしていたのだろうか?
「あ、あるけどー…」
「レイト君が肩に怪我してるんスよ…出血量は多くないみたいッスけど手当を頼むッス」
「風太郎君は僕が」と手招きする。
「エイジ殿にいつから気付いていたのだと聞いてくれるか」
「い、いつから気付いてたんですか?」
俺は風太郎に言われた通りエイジに問いかける。
風太郎が怪我をしているなんて俺も気付いていなかった。
エイジはカエナさんから薬を受取りながらその問いに答えてくれた。
「最初から気付いてましたよ。迷惑かけないように黙ってたみたいッスけど、レイト君からは鉄の臭いがぷんぷんしてますし服が黒だから判りにくいですが血が染みているでしょう?」
と当たり前のように答えるが、俺なら絶対に気付いていないだろう。
ブレスさんも気付いていなかったようで、時折相槌をうっている。
「風太郎君に関してはついさっき気付きました。背負ってる革鞄から何か溢れてたんスよ」
「え゛」
「なんだと?」
俺は音より速く首を捻り風太郎へと視線を移す。風太郎は背中の鞄を見ようとしてか尻尾を追うように必死にその場をぐるぐる回っている。その背中に注目すると鞄が棒で殴られたように凹んでいた。
「ちょ、止まって風太郎!」
「う、うむ!」
動きを止めた風太郎の鞄を急いで開ける。
幸いにも金具は壊れていなかったためすんなり開けたが、中を覗き込んだ途端に頭が真っ白になった。
試験管のようだった瓶は無残に砕け、色とりどりだった神薬は他の新薬と混ざり合い鞄の底で黒といっても過言ではない濃い灰色を作り出していた。
割れていない瓶もあったが名称を書いていたシールには灰色の新薬がたっぷり染み込み、文字が滲んでいた。識別できる可能性はほぼゼロだ。
「れ、レイト?どうしたんだ?」
気が付けば手が震えていた。
心配しているブレスさんの様子からして、顔もひどいことになっているのかもしれない。
神薬を失った今、薬によって得られる超人的能力や情報はほぼ失くなったと同じ、ナレイアが最後に言った通り全部自分でどうにかしなくてはならなくなった訳だ。
「すまんレイト、よもやこのようなことに成っていようとは」
「いや、仕方ないよ…お前のことだ。俺を庇ったとか、でしょ?」
風太郎から返ってきた無言が肯定を示していた。
おそらく後頭部への打撃の他にも追撃を加えようとしたのを庇ったのだろう。
奴隷商に捕まったのは偶然もあるがこの世界を舐めていた自分の所為であり、風太郎はそんな俺を守ろうとしてくれたのだ。
礼を言うことはあっても、彼を咎める資格は俺にはない。
「ありがとう風太郎。大丈夫、神薬が無くても俺は必ず優奈を助ける」
「レイト…すまぬ、我も最大限に力を貸そう」
「うん、よろしく頼むよ」
俺は風太郎の頭を少々乱暴に撫でると、ブレスさんの方へ向き直った。
きっとさっきまでの俺に戻れているはずだ。
「ブレスさんも、心配おかけしました。大丈夫です」
「本当に?怪我が悪化してたりするんじゃ…」
「あー…それはあるかもしれないので手当お願いできます?」
「ま、まかせて!」
「風太郎君もこっちに」
俺は両手に薬を握った涙と鼻水まみれのカエナさんの元へ移動し、シャツを脱いだ。
カエナさんは俺のシャツを床に敷き、その上に寝るように言うと薬の準備を始めた。
俺は言われた通りシャツの上に寝そべる。そう言えば俺の服コレしかないんだった…どうしよ。
「力抜いてね、いくよー!」
「はい」
右肩にかけられる液体。
次の瞬間俺の叫び声が廊下の奥まで響きわたった。
―――――
「ぐ…ぃ…ふッ…」
「はい、コレで終わりよー」
「あ、あり…がとう、ご…ざいます…」
「いいえー」
「すごいッスねレイト君は、まさか姉ちゃんの薬で泣かないとは」
「ほんとにねー。大人でも泣き暴れるっていうのに…」
風太郎は打撲傷に薬を塗っただけらしく大丈夫なようだが、傷口に解毒薬をぶっかけられ、粘性のある傷薬を傷口に塗られた俺は延々と叫び続けていた。
特に傷薬を付けた指を傷口にねじ込まれたときは本気で泣きそうになった。
思わず「いっそのこと殺してくれ」と叫びそうになったくらいだ。
カエナさんは「痛くないよー」とずっと言っていたが、二度と絶対に信じない。
風太郎はそんな俺を見てか、近くに寄ると「大丈夫か?」と心配してくれた。お前だけだよ優しくしてくれるのは。
ブレスさんは俺達が治療されてる間に盗られた荷物を探していたようで、お目当ての物を見つけたのかほくほく顔で戻ってきた。その手にあるのは武器とランドセル程度の大きさの布の袋だ。
エイジに槍と剣を手渡し、俺の元へと来るとすっと布の袋を差し出した。
「奴隷用に用意してたんだろうね。どうせ使われないだろうからレイトに着れそうなの持ってきたよ」
「服…ですか?」
「さっき着てたシャツは汚れてたから代わりが要るかなと思って」
「わざわざありがとうございます」
ブレスさんはお礼の言葉を聞くと「ブーツもあるから!」と嬉しそうな顔で革製のブーツを置いていった。
こっちの世界の服は見た限り日本で言う『コスプレ』である。
もしかしたら…と覚悟しながら袋の中を覗くとそこには濃い紫の薄い布や青い上着が入っていた。
もちろん普段見かけるシャツやズボンとは材質も形も違い、何故か円形の金属があったりする。
俺はあまり目立つ服ではないことを祈りながら(青の上着に多量の模様が入っているため望み薄だが)積み上げられた木箱の裏へ移動した。さすがに女性の目の前で着替えるのは気が引けたのだ。
木箱の裏に移動した俺は袋の中にあった衣服へ手早く着替える。
手甲とアンダーシャツを縫い合わせたようなボールペンのインクのように濃い紫色のシャツに、くすんだ金の模様が入った甚平を思わせる青い上着。そしてセットになっているのだろう腰からは膝裏まで伸びる同色に似た模様の布。
胸部には黒革の胸当てとそれを留める為の紫の帯があり、肩には上着の模様と同色の金属板を付けた肩当てがある。
これに少し大きめのズボンと頑丈そうな革のブーツを加えれば日本円で換算すれば5万円は余裕で超えるだろうと俺は思った。
一介の高校生であった俺にとって5万円といえば月に貰えるアルバイトの給料とほぼ同じであり、この状況は月の収入を何もせずに手に入れたのと変わりない訳で、人攫いの持ち物とはいえさすがに罪悪感が湧いてくる。
しかし、穴が空いた血まみれのシャツや土と埃で汚れボロボロになったジーンズを着続ける訳にもいかず、結局はありがたく着させてもらうにことしたのだった。
――――
ブレスが奴隷に用に数多くの服がある中で何故この服を選んだかというと3つ理由がある。
1つはただ単にそれなりの見栄えになるようにという単純な理由、2つ目はなるべく丈夫なものを、3つ目はそれぞれ意味のあるものを、だ。
丈夫なものを選んだのはレイトが荷物を探していない様子を見て、今着ている物以外に変えの服がないのだろうと判断したからだ。
冒険者に憧れ、親の意見を押し切って旅に出る若者は少なくない。
もちろん一文無しの者も多く、そんな者達に待つのは魔物に食われるか攫われて売られるかがほとんどであり、自身の見解からすればレイトはこれに当て嵌っていた。
そんな若人を放ったらかしにするほどブレスは冷めた大人(といってもまだ20半ばを過ぎてすらいないのだが)ではなかったし、自分も昔は同じ様なことを実行したことがあったため気持ちはわかる。
結局志半ばで騎士になってしまった(勿論後悔はしていない)が、昔の自分と重ね合わせた彼には良い冒険者になって欲しいと思い、少し知恵を貸したくなったからだ。
3つ目の意味のあるもの、というのもこれが理由である。
騎士である自分は『彼について行き助ける』ことはできない。だが、『助ける』ことができないわけではないと考え、衣服にそれぞれ守護術式や加護が付与されているものを選んでいた。
しかし術式や加護の価値やブレスの想いをレイトが知るのはまだまだ先の話であり、この衣服に何度も命を救われるのもまた先の話であった。
―――――
「よく似合ってるじゃないか」
「アケイシの民族衣装ですか。雰囲気に合ってていいですね」
「この服をここまで着こなせる人も久しぶりに見たわー」
「あ、ありがとうございますっ…」
木箱の裏から出てきた俺を迎えたのはそんなベタ褒めの言葉だった。
日本での服しか知らない風太郎も頷いているし、どうやら変ではないらしい。
着ているこっちは少し恥ずかしいのだが、それも慣れればどうとでもなるだろう。
「それじゃあ全員準備が整ったみたいだし、聞き込みでもしてみようか」
「そうッスね、じゃあさっきの所まで戻りましょう」
そう言って腰を上げる面々。
俺は今まで着ていたものを袋に放り込むと、来た時の様に先導し始めた風太郎を追って扉を潜った。
今回も拙い文章を読んでいただきありがとうございます。
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