三話-深緑の少年と銀の鎧
三話-深緑の少年と銀の鎧。
ゆったりとしか内容が進んでいないことに気付いた私。
スピード上げていきたいですね。
後頭部と左肩からの痛みを感じ、俺の意識は現実へと引き戻された。瞼を開いて思ったが、これは十六年の人生の中で最悪の寝起きかもしれない。俺は教科書で見たキリストのように十字架に縛り付けられていたのだ。縛られてる箇所は腕・胸・腰・膝・足首の六箇所で鉛筆二本くらいのぼろぼろのロープで適当に結ばれている。手の平だけはでっかいホチキスの針みたいな『コ』の字型金具で壁に打ち付けられている。引っ張ってみたが抜けそうにない。最初は二箇所の痛みだけ感じていたが、縛られているのに気付いてからは全身に痛みを感じるようになってしまった。知らぬが仏とはよく言ったものだ。ちなみに肩に刺さっていた矢は抜かれていて、幸い血は止まっているようだ。血に染まっていただろう青いパーカーは脱がされていて、今の着ているのは黒のTシャツにジーンズだけ。肩の痛みに加えて、少々肌寒い気温は今の俺には少し辛い。
周りを見渡せば同じように縛られている人が2人。一人は俺と同年代の深い緑の髪と眼をした少年で彼は猿轡を噛まされている。深緑色の髪なんて初めて見たからちょっと驚いた。おまけにコスプレよろしく上半身に皮鎧を着用している。もう一人は二十代中頃の黒い髪に青い眼のお兄さんで。こっちもコスプレとしか言いようがない銀色の鎧で頭以外の全身を包んでいる。全身少年もお兄さんも意識はあるようで、俺が周囲を見ていることに気が付くと目線を合わせてきた。
「随分ぐったりして運ばれてきたけど大丈夫?」
「あ、大丈夫です。まだ痛いですけどこれくらいならなんとか」
俺が苦笑しながらそう言うと、お兄さんは太陽みたいな笑顔を見せた。実際はあまり大丈夫ではないのだが心配をかけるわけにもいかない。
「そりゃあよかった。人生、生きてさえいればどうとでもなるからね」
「ははは…そうですね。で、お兄さんはどうしてこんなところに?」
「友達がここの奴らに捕まっちゃってね、後から探すくらいなら一緒に捕まって逃げようと思ってさ。それと僕のことはブレスって呼んでくれ、そっちの彼はエイジ」
俺の左側にある壁に縛り付けられている少年がぎこちなく笑い、頭を下げた。俺も笑顔を返し、どうもと挨拶をする。きっと周囲からすればめちゃくちゃ奇妙な光景だろう。なんと言ってもキリスト状態の男3人がにこにこしながら会話をしているのだから。
そう言えば襲われた時と今の会話で分かったが薬の効力はきちんと出ているようだ。解釈が合っていたのか不安だったのだが安心した。感覚としては覚えた英語で会話をしているイメージだ。意識すれば日本語や英語を表現することもできる。要するに一瞬で様々な言語をマスターしてしまったのだ。ちなみに今俺が喋っている言葉はメリスア語というらしい。
だが、この言語理解薬の効力が発揮された安心と同時に不安も湧き上がっていた。目的理解薬の効力が現れないのだ。ナレイアから聞いた目的自体はわかっているのだ。しかしもっと詳細にわかると思っていたもの、要は手順がわからないのだ。予想としては誰の力を借りてどこへ行けなどがわかると思っていたのだが、力になってくれる人はおろかサポート役だと思っていた風太郎のことすらわからない。解釈が間違っていたのだろうか、できればもっとわかりやすい名称にして欲しかったと思う。
それにしても、友達が捕まっているというブレスとエイジはいつから捕まっているのだろうか。俺が運ばれて来たのを知っているということは少なくとも俺よりは前に捕まっているはずだ。おまけに自分から一緒に捕まったのだから肝が座っている。俺なら頼まれても絶対に遠慮させてもらうところだ。
「にしても珍しい髪の色だね、どこの生まれ?」
高校の友人には茶髪も金髪もいたが、俺は髪を染めるほどお洒落に凝ってはいなかったから純日本産の黒髪のはずだ。ブレスも黒髪だからこっちでは黒髪の人も大勢いると思っていたのだが、どうやらそうでもないらしい。
「ブレスさんも黒髪じゃないですか」
「僕はたしかに黒髪だけど…君は花みたいに綺麗な橙色じゃないか」
ブレスさんの言葉に激しく違和感を感じた俺は目線を上へ上げる。眉の辺りまで伸ばしてある前髪は見事なオレンジ色に染まっていた。そんなバカな。
「えぇぇ…嘘だろ…」
「嘘ってどういうことだい?」
ブレスの顔が不安そうに眉を下げたその時だ。正面にあった木製の扉がゆっくりと開いた。三人の視線が扉へと集まり、入って来る者へ視線が注がれる。ゆったりとした足取りで入ってきたのは手入れがされていないのだろう錆びたナイフをくわえた風太郎だった。
「風太郎!」
思わず大きな声がでる。風太郎は縛られている俺を見つけると口からナイフを離し、ワウと一吠え。
「無事だったかレイト」
「…え?」
「良かった…また誰かを失うのではないかと不安だったのだ」
「…いや、え?はぁ?ん?」
「どうしたレイト?」
「あの、間違ってたらごめん。もしかして風太郎?」
「何をわかりきったことを言っているのだ」
風太郎は言葉を話すはずがない。だって犬だもの。でも何故か言葉がわかり、会話ができている。そう、言語理解薬は『犬語』まで俺に習得させたのだ。
「君の飼い犬?」
「そんなところです。俺の方がさきにやられちゃったんで、もしかしたら殺されちゃったんじゃないかと思ってたんですけど…」
「無事だった上に助けに来るなんて随分勇敢だね。って顔が真っ青だけど大丈夫?」
ブレスが不安そうに俺に問いかけた。そんなに青くなってるのか俺の顔。いや、確かに寒気はしてるんだけど。
「ちょっと犬語がわかるようになっちゃったみたいで…」
「い、犬語?」
「あの、そんな変なものを見る目で見ないでください…風太郎、とりあえずロープを切って」
「まかせておけ」
ブレスさんの視線に耐えながら日本語で指示を出すと再度ナイフをくわえて足元に近づいてきた。風太郎は壁に前足をつくと、立ち上がった状態で鋸を使うようにナイフでロープを切り始める。それを見て表情を驚きに変えるブレスさん。
「ほんとに話せるんだね…こりゃ驚いた」
「ハハハ…」
俺が風太郎と会話する時に使っているのは日本語なので、正しくは犬語で会話しているわけではないのだが、説明するのも面倒だし黙っておくことにした。ここで風太郎が一吠え。
「レイトよ」
「どうかした?」
「足首のロープは切れたのだが…」
「助かるよ、他の場所もお願いしていい?」
「我の身長ではとどかんのだ。すまぬ」
衝撃の事実。そこまで考えていなかった俺は口をぽかんと開けたままブレスさんを見た。
「ん?どうかしたの?」
「身長が足りなくて足首以外は切れないみたいで…」
「そいつは困ったな…」
「あの、ブレスさん達はどうやって逃げ出す予定だったんですか?話を聞いてたら自分から捕まったみたいな感じでしたけど…」
「鎧篭手にナイフを仕込んであるんだけど、まさか金具で手を塞がれるとは思ってなくてさ」
ナハハと笑うブレスさん。なぜかエイジさんもにこにこしている。笑い事じゃないだろう!!
俺はどうにか手の金具だけでも引き抜けないかと右腕に力を入れるが、壁に深く刺さっていて抜けやしない。それでも諦めず金具を掴んで力を込めると、妙な感覚がした。例えるなら粘土を握りつぶす感覚。明らかにおかしいと思い右手へ目線を移すと、そこには何度も踏み潰したスプレー缶のようになった金具が目に飛び込んだ。俺の握力は体力測定のときに測ったとおり32kgのはずであり、当然鉄パイプほどの金属棒を捻り潰せるような握力ではない。もう一度力を込めると、どうやっても抜けなかった金具が90°に曲がっている関節部分から "ぶちん"と千切た。
「おぉ、やるなレイト。すごいではないか」
「待て待て待て、俺こんなに握力ないから!」
「ついさっき飲んでいた神薬の効力ではないのか?」
神薬とは風太郎の鞄に入っていた薬のことだろうか。薬の名前を知っているということは風太郎はナレイアから何かを聞いているかもしれない。後で聞いてみよう。
「俺が飲んだのは言語理解薬と目的理解…いや、待てよ」
あの能天気な神なら"試験管の中身を間違える"こともありえなくはない。よく見れば俺の手はこっちの世界に来る前よりがっちりしている気がする。
「どうしたのだ?」
「いや、なんでもないよ」
「そうか?」
「ウン、キニシナイデ。そんなことよりナイフ貸して」
「おぉ、了解した」
風太郎は置いていたナイフの柄を噛むと、遠心力を利用して器用にナイフを放り投げた。俺の手を目掛けてゆっくりと投げられたそれを、俺は自由に動かせる肘から先を使って刃に触れないように気を付けて掴む。
こんなことされようものなら普通の人は恐怖するか怒鳴りつけるかするだろうが、俺にとってはこんなこと日常茶飯事だ。モーニングコール変わりに金槌を顔の横へ叩きつけられたり、家を出た途端にスローイングナイフよろしく包丁が飛んできたりに比べれば、ゆっくり放られたナイフを掴む程度じゃがいもの皮を剥くよか簡単だ。ちなみに前述したものは全て優奈による悪戯である。その域を超えていることにはノータッチでお願いしたい。
俺は掴んだナイフを持ち直すとまずは腕のロープを切ろうと思ったのだがもちろんと届かない。しかし右腕のロープを見れば何故か解きやすいように輪を作って結んである。風太郎は俺の視線の先にあるものに気付いたのか勢いをつけて飛び上がるとぴょんと出ていたロープへ噛み付き、重力に身を任せて引っ張った。するとロープは難もなく解け、右腕が自由になる。間抜けな誘拐犯で本当に助かった。俺は風太郎に礼を言うと、左腕、膝(これはなんとか届いた)、胸の順番に縄を切っていく。胸のロープを先に切らなかったのは上半身が倒れて膝が逆方向に曲がったりしないか不安だったからだ。床に足をつけた俺は急に体に血が巡ったことで少し目眩でふらついたが一応血液は足りているようで、すぐにいつもの感覚に戻った。そんな様子を見ていたブレスさんとエイジさんの二人は感嘆の声を上げ、自分達の分も切ってくれと頼んできたため手から順番に外していった。ちなみに腕の金具については人差し指と親指で潰して千切った。
「助かったよ、ありがとう。えーっと」
ブレスがここまで言ったところでまだ自分が名乗っていないことに気付いた俺は慌てて名前を答えた。
「そういえば名乗ってなかったですね。俺は玲人っていいます。こっちの犬は風太郎」
「ワウ」
「ん、レイト君と風太郎君ね。もしかしてレイト君は鬼の息子だったりする?」
「あ、呼び捨てで構わないですよ。鬼の子だった記憶は無いですね…俺の数少ない取り柄だと思ってください」
ハハハと笑いながら無理があるだろうと俺自身思っていたが、ブレスはそれを聞くと。
「そうなのかー」と納得してしまった。アレ、おかしいな?
「それで納得しちゃうんスか…ブレスさん」
ぼさぼさの髪を掻きながら呆れ顔で言ったのは猿轡を外したエイジさんだ。
「ん、『世の中色んな人がいる。疑いや軽蔑はよくない』ってウチの爺さんが言ってたし」
「確かにそうなんスけど、もうちょっと…いや、なんでもないッス」
そう言ってため息をつくエイジさん。この様子を見るからにいつもこんな感じなんだろう。あれ、何故か親近感が湧く。
「何時までもこんな汗臭い所に居るわけにもいきませんし、ぱぱっと姉ちゃん助けて逃げましょう!」
「そうだね。女性を待たせるのは失礼だし…カエナ怒ってないといいけど」
姉ちゃん、カエナという単語から、捕まっているのはエイジさんのお姉さんだということがわかる。助けて逃げるなんて何問を軽く口にするあたり、これもよくあることなのだろう。なんだろう更に親近感が湧いた。
「あ、レイト君達も無事に送り返しますから。安心してください」
「助かります。エイジさんも俺に敬語とか君付けとかいらないですよ」
「僕のは性分なんであんまり気にしないでください。レイト君も気軽に話してもらって構いませんよ」
「わかったよ。宜しくエイジ」
「任せといてください。あ、くれぐれも僕らより前に出ないようにお願いするッス」
その言葉に頷く俺。こうして男三人と犬一匹のお姉さん救出・脱走劇が始まった。
簡易キャラ紹介
≪ナレイア≫
男性 年齢不詳
身長178cm 体重74kg
体型、顔共に力強さを感じさせ、見た目は翼さえなければアメリカ軍人。会話の時に語尾が妙に伸びることが多い。年齢は1000を越えたあたりで数えるのをやめたらしく、今では誰も知る者はいない。超お気楽な正確だが一応神様。
誤字脱字や文章へのご指摘、ご感想をお待ちしています。