二話-大きな犬と弩と
二話-大きな犬と弩と
相棒の登場です。
ざわざわと葉が擦れる音が騒が騒がしい。
「バウッ」
犬も騒がしい。
「バウッバウッ」
吠えるのをやめない犬。
「バウッ…ウゥ…」
唸り出す犬。半分寝ている頭でもわかるほど嫌な予感しかしない。
「ワゥッ!」
という吠えと同時に響く地を蹴る音。次の瞬間襲ってきたのは腹部への圧力だった。
「ボフゥッ!アホかぁ!」
勢い良く上半身を起こし、両手で胴に乗っている物体を押し飛ばす。もちろん、乗っていたのは犬、しかも予想以上に大きい。普段ならここで優奈の笑い声が聞こえてくるのだが目を開いたときにそんな希望は断たれていた。視界いっぱいに広がる長さの揃っていない草に青々と茂る巨大な木、森そのものだった。
「…夢じゃなかったんだ」
そう呟いてからナレイアとの会話を、自分がここで何をすべきなのかをゆっくりと思い出す。
「優奈を探さないと…って手掛かりも何もないじゃないか」
と、今になってナレイアのいい加減さを思い出した。あれで神という世界を相手にした仕事をしているのだから驚きだ。なんて考えをしていたら押し飛ばした犬がゆっくりと手元に寄って来ている。クリーム色の綺麗な毛並みに犬にしては大きめの体は、どう見てもゴールデンレトリバーだ。
「もしかして風太郎…?」
「バウ!」
俺の問いかけに元気よく答えを返してくれたその犬は、優奈の家で飼っていた凛太郎というゴールデンレトリバー(俺が小学校に入ったばかりの時に本気で鬼ごっこした犬だ)の子どもだ。名前は風太郎、今年で6歳のオス。ちなみに凜太郎は去年の冬に天国へ旅に出た。
「二日ぶりだね、元気にしてた?」
「バウ」
彼にあったのは二日前、木の葉が散る寒い中散歩に連れて行ったのが最後だ。なんで俺が他人の家の飼い犬を散歩に連れていっているのかと聞かれれば、優奈に押し付けられてたからとしか言いようがなく、もうほとんど日課のようなものになっていた。
「そういえばここはちょっと暑いね、やっぱり時間にも差があるのかな?」
「バウ」
「…さっきからタイミングよく吠えるけどもしかして言葉分かってたりする?」
「バウ」
「…イエスなら2回吠えて」
「バウ、バウ」
これは結構凄いことじゃないだろうか、人類はついに動物との意思疎通を図ったのだ。
「え、ホントに理解してるの?」
今度は深く頷く風太郎。これはマジだ。ちょっと興奮してきた。と、ここでおかしなことに気がついた。
「なんで…風太郎がここに?」
「ゥワウ!」
風太郎は俺の問いかけに吠えを返すと、くるりと後ろを向いて背中に付けている革製の黒い鞄を露わにした。A4より少し大きい位のその鞄は膨らんでいて、何かが入っているようだ。背中を向けたということは取れと言いたいのだろうか。俺が金具を外して鞄を開くと、中にはコルク栓をした5cmほどの試験管が数え切れないほど入っていて試験管の中には様々な色の液体が入っている。
「…毒セット?」
かとも思ったのだが、よく見れば試験官には文字の書いてあるシールが貼ってある。シールに書いてある文字は試験管ごとに違うようで『上級馬術薬』『筋力上昇薬』『言語習得薬』などなど。
「治癒力上昇薬に工作術上昇薬…これはドーピングできると捉えていいのかな?」
これを飲めば試験管の名称になっている能力を上昇させるのではないだろうか?俺はシールに書いてある文字を見てそう思ったのだ。しかし実際の使用法はわからない。なにせ説明書すらついていないのだから。
「…まぁものは試しか」
わからないことを考えていても仕方がない、とりあえず飲んでみようとそう考えて他の試験管にも軽く目を通してみる。だが、筆記術上昇薬やら賭博術上昇薬やら訳の分からないもの、必要ないだろうと思うものが大量にあり、その中でも一番必要になりそうだと思ったのは二本。一本目は言語習得薬、二本目は目的理解薬だ。名前から察するに言語習得薬はこの世界の言葉を理解・習得でき、目的理解薬はこの世界での目的について詳しく理解できるというものなのだろう。本来なら絶対に有り得ない効果の薬だが、神に空間移動といった現実を目にしてしまった今、疑うほうがあほらしいと思ったのだ。俺が二本の試験官の栓を抜くときゅぽんと気持ちのいい音を響かせ、柑橘系の果物の香りがあたりを漂う。そしてその二本の試験管の中身をくいっと飲む。量は二口程度。
「この香りで水道水の味って…」
なんちゃってレモン水の味に思わず苦笑し、飲み終えた試験管に栓をすると他の試験管ごと風太郎の革鞄にもどし鞄の金具を止めた。すると風太郎は体を捻って背後へ視線を向けると勢いをつけて駆け出した。
「ちょっと風さん!?」
俺は突然駆け出した風太郎に手を伸ばすが、その手は無残に空を切る。もちろん風太郎は止まらず、徐々に勢いをつけると、草むらへと飛び込んだ。そしてそれと同時に何かを打ちつけたような音が響く。
「うわあああああッ!!!」
それに加えて男性の叫び声。
その声に驚いた俺は急いで草むらへと走ると、声の主を探す。
「だ、大丈夫ですか!?」
草を掻き分け、さらに掻き分けたところにはなぎ倒された草と風太郎。そして押し倒されている細身の男だった。男は迷彩効果を狙ってなのか緑色に染まった布をギリースーツよろしく何重にも重ね、全身をくまなく隠している。なんでそんな格好を?そう疑問に思ったのも束の間、理由はすぐに知れた。右手に持っていたのが友人の持っていた雑誌に載っていた弩に形がそっくりのものだったからだ。それを見た俺が思ったのは猟師という職業だったが、その期待は一瞬で裏切られた。
バスッ
「え?」
男は風太郎に肩を押さえつけられたままの状態で器用に腕を動かすと、俺に向かって弩の引き金を引いたのだ。放たれた矢は一直線に俺の肩へ。着ていたパーカーの生地など無いものかのように貫き、深く突き刺さる。激痛が走り呻く俺。
「立派な護衛がいたのは予想外だったが…俺たちに見つかったのが運の尽きだクソガキ」
背後から聞こえたその声に振り向く間もなく、俺の後頭部へと激痛が走った。
簡易キャラ紹介2
≪風太郎≫
オス 6歳
体高58cm 体重32kg
クリーム色の毛並みが美しいゴールデンレトリバー。走る・泳ぐ・見つける事に関しては他の犬と比べても群を抜いて得意で、最近はフリスビーがお気に入り。こちらの世界に来る前からどことなく人語を理解しており、仲間や家族に対しては忠誠を尽くす。
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