ぬくもり
あれ、ぼくってなんのために生きてるんだっけ。
ふと、そんなことを思う。
「え〜っと、おれのため!」
そう言ってぼくの隣を歩くゆうは、ぼくの彼氏だ。
「ごめん、何の話してたっけ」
「そらが言ったんじゃん。なんのために生きてるんだろう、って」
ちなみにおれはそらのため〜!というゆう。
「ありがと、ゆう」
ぼくがそう言った途端に上機嫌になったゆうを横目に、ぼくは考える。
自分は一体、何がしたいんだろう、と。
高校に行って、遊び歩いて、挙げ句の果てには彼氏まで作った。
そのくせ、勉強をするわけでもない。
もう今のぼくは、希望も夢もすっかり失っていた。
……ついでに、生への執着も。
銀砂病。
身体が銀の砂に蝕まれて、最後には皮膚が破裂する病気。
その砂は、少量でも高く売れるらしい。
そのおかげか、両親はぼくの散財を見て見ぬふりをしていた。
家族以外は知らない、ぼくの病気。
限界を迎える前に、友達とも、ゆうともさよならをしようと思った。
そんなことを思いながら、電車に乗り込む。
瞬間、ゆうに手を取られる。
「…いい?」
ぼくが返事をする前に、ゆうが手をつないだ。
その手を、軽く握り返す。
ぼくより少しあたたかいゆうの体温が、手に流れ込む。
満員には程遠い、がら空きな電車。
席のほとんどが空いている。
それでも、ぼく達は立っていた。
ひっそりと、手をつなぎながら。
「そういえば、どこ行ってるの?」
そう、聞かれる。
「内緒って言ったでしょ。ついてからのお楽しみ」
そう言っているうちに、出発してから7つ目の駅に止まる。
人が少し増える。
ドアが閉まるころには、席のほとんどが埋まっていた。
「次で降りるよ」
ぼくの耳元に吐息がかかる。
わかった、と小声で言うゆうは、ぼくの耳に口元を寄せるためか少しだけかがんでいて。
それが少し、面白かった。
笑いそうになるのを必死に抑えて、電車が止まるのを待つ。
すいか、かもめ、めだか……かりんとう!
そんなふうに、ひとりしりとりをしていたそのとき、手を引かれた。
相手はもちろん、ゆう。
気づいたらもう、ドアは開いていて。
人だらけな電車から、抜け出していた。
「これからどこ行くの?体調悪いなら、行かなくても……」
心配させてしまっている。
そんなこと、思わせたくないのに。
「大丈夫だよ。行こう、ゆう」
ゆうは頷いて、手をつないだまま、ぼくの半歩後ろについて歩いた。
少しだけ重くなった空気をどうにかしようと、ゆうが話しかけてくる。
「ここから下りに一駅のところのイルミネーション、今度見に行こうよ」
何なら今日にでも!という勢いのゆう。
そんなゆうの願いを、ぼくは叶えてあげられない。
それでも、口をつくのは全然違う言葉。
「うん、わかった。でも、今度はゆうが計画立ててね?」
少しからかいたくなって、ゆうに言ってみる。
「そらとのデートのためなら頑張る!」
悲しくてたまらなくなって、思わず下唇を噛んだ。
そろそろ着きそうだな、と思っていたところで、ゆうが言った。
「ここ、あの海?」
「そうだよ」
考えるより先に、口が動いた。
そのまま、さよならの言葉も言えたらいいな。
なんて思っていると、再びゆうが話しかけてくる。
「そっか、今日でちょうど3ヶ月だっけ。そら、ロマンチストだね」
奇跡の海。
ぼくたちが出会った場所。
「そうなのかもね」
その言葉ひとつひとつが、悲しみに染まる。
完全に染まり切る前に、とぼくは口を開いた。
「ゆう、大事な話があるの。聞いて」
ゆうは頷きひとつを返して、ぼくの目を見つめる。
「別れてほしいの」
ぼくが続きを言うより先に、ゆうの声が聞こえた。
「なんで?おれは別れたくない。」
そんなのわかってる、と言おうとして、結局やめた。
そんなこと言ったって、どうにもならないから。
「……今日楽しそうにしてたのも、全部嘘だったの?」
「……」
そんなことない、と言ったら嘘になる。
けれど、ぼくはその嘘を突き通さなきゃいけない。
「そうだよ。だから、別れて?」
そう言うと、ゆうは笑った。
「嘘でしょ?ねえ、嘘だって言ってよ、そら」
「嘘だよ、って言ったらどうするの?」
無意識に、涙が頬をつたって落ちていく。
その様子を見たゆうは、「やっぱり嘘じゃん」と言った後、続けてこう言った。
「どうしてそんな嘘ついたの?教えて、そら」
教えてしまったら意味がない。
そう思い、こう言った。
「なんでだろうね?」
今、苦しそうにしてしまったら意味がない。
教えようとは思わなかったから。
そう思い、笑顔を作る。
そのぎこちないであろう笑顔には、何も言われずに済んだ。
代わりにゆうは、こう言った。
「理由なんて、なんでもいい」
だから、離れていかないで。
ぼくも、離れたくなんてない。
「ごめんね」
そう言った瞬間、視界が揺れた。
限界を感じたぼくは、完全に意識が途切れてしまう前に言った。
「ゆう、愛してるよ」
ゆうのあたたかさに包まれたまま、ぼくはゆっくりと目を閉じた。




