墜落
初投稿ヤッターー!!!
…ぼくは何だったんだろう
如月瑠可はそっと目を閉じる。
思い出を反芻しているのだ。
目を開けば、縄が目の前に吊り下げられている。
誰もいない部屋。もう暖かさはどこにも無い。
あるのは記憶だけ。
瑠可は生唾を飲み込むと、そっとそれを首に通した。
冷や汗がぽたぽたと落ちて、ぼやぼやと視界が霞んでいく。
ぽつりと冷たい何かが目から落ちた。
手が震える。
瑠可はゆっくりと、噛み締めるように顔を上げた。
震える口が、震えた声を発する。
「………はー君。」
大切な人の名前。地獄から救い出してくれた人の名前。
_____いなくなってしまった人の名前。
瑠可の頬を冷たい涙が伝う。
涙を初めて拭ってくれたのは、はー君だった。
もう拭ってくれる人はどこにもいない。
瑠可はそっと目を閉じて、呼吸を整える。
そのまま縄に体を預けた。
息苦しく、ふわふわと思考を放棄し出した頭に
走馬灯のようなものがよぎる。
はー君との思い出。
幸せな記憶。
温かい腕の中で目を閉じたこと。
優しい目の中で笑えたこと。
最後に映るのは、はー君の不器用ながらも優しい笑顔。
確かに、そこにいた。
確かに、愛してくれていた。
「瑠可。」
声が聞こえた気がして
ぐしゃぐしゃな顔で笑い、
そっと口を動かす。
_____じゃあね。
瑠可は意識をそっと手放した。
大切な日々も、苦しかった日々も
等しく楽しかった世界に押し込んで。
意識が閉ざされる間際、
朗らかで無機質な声が聞こえた。
あーあ、終わっちゃった。
_________
土の匂いがする。
瑠可はうっすらと目を開いた。
眩しい陽の光が目に入り、目を瞬かせる。
上体を起こし、周りを見回す。
一体ここはどこなのだろうか。
見慣れない森がさわさわと揺れている。
首を括ったはずなのに、どうしてこんな路上にいるんだろう。
少し空気が重たい。息苦しいような気がする。
「……天国、かな…」
ぽそりと呟く。
瑠可は自分の両手を眺めて、首を振る。
自分は地獄に落ちる。天国はありえない。
そんな思考に至った。
ゆっくり立ち上がり、ズボンの裾についた砂をぱんぱんと払う。
ふと、首元に触れた。
首を括った痕跡が一つもない、綺麗な首。
おかしいことは分かっている。
夢かもしれない。
けれど_____
ここなら幸せになってもいいんじゃないか。
瑠可は、ゆっくりと天を仰いだ。
眩しい光がぎらぎらと地面を照らしている。
さっき崖から見えた景色で、街が見えた。
そこに向かおう。
瑠可はそっと笑顔を作る。
そして被りを振ると、足を動かし始めた。
「…行こう。」
その足取りに迷いは無かった。
_____瞬間、がさりと何かが草むらで蠢く。
ふっ、と風が止まった。
瑠可の目がみるみる見開かれていき、反射的に後ずさる。
影よりもどす黒い、悪寒のする「何か」
それが瑠可の視界をよぎった。
白くなった思考に、
ぱん、という風船が破裂するような音が聞こえる。
がくりと瑠可は座り込んだ。
細くなった瞳孔で、震えながら足を見てしまう。
「……あ。」
_____足が無い。
いや、“喰われていた”
片足が真っ黒く包まれて、何も見えない。
まるで元々無かったかのようだ。
動かそうとしても動かない。
脳が処理落ちして、頭が真っ白になる。
すると視界が影で塗りつぶされた。
ぶぅうん、という羽音が聞こえ、顔を上げる。
そこには、
長い触覚に、たくさんの複眼。そして六本の足。
巨大な蝿がいた。
その上、蝿には無いような大きな牙がついている。
しかし、その牙は真っ黒に錆びついていた。
蝿はゆっくりと近づいてくる。
複眼の全てが瑠可をしっかりと映していた。
逃す気はさらさら無いようだ。
腰が抜けて立てない。
凍った体の中、蝿が牙をかちりと鳴らす。
その音を耳が捉えた瞬間、ふっともう一つの足も消えた。
両足がなくなった。
もう、逃げられない。
恐怖で体が硬直し、動けない。
目を逸らせなかった。
がぱ、蝿がそんな音を立てて口を開いた。
そこは真っ暗で、ただの“虚無”
恐怖
瑠可の中からそれ以外抜け落ちた。
無機質な牙が、額にそっと当たった。
冷たい感触が瑠可に死を理解させる。
感覚が消えていき、何か大切なものが抜けていく。
瑠可の存在が、薄まっていく。
恐い。恐い、恐い恐い恐い。
誰か、助けて
瞬間、小指からふわりと赤い糸が広がった。
真紅で、不思議と暖かいソレは
瑠可の手に優しく纏わりつく。
はー君に手を握られた時と同じ感触がした。
手が光り始め、辺りを照らす。
赤い糸は一瞬で消えてしまった。
けれど手の光は、まだ残っていた。
影を、闇を無くすにはどうすればいい?
_____そうだ。光を当てればいい。
考えるが先か、手のひらを蝿に押し付けた。
手が黒々と染まっていく。
喰われているのだと頭は理解した。
けれど、離すという選択肢は瑠可の中にはもう無い。
「死にたくないんだ、ぼく。」
その呟きは、蝿に言っているのか、それとも自分に言い聞かせているのか。
それは瑠可にもわからない。
けれど瑠可の目には、確かに光が灯っていた。
手が何かを吸っている。
暖かくて、冷たいものが体内に入ってくるのを感じた。
心地よくて、おぞましい。
蝿は硬直し、ついにはぴくりとも動かなくなった。
_____死んだ。
おぼろげになった思考で、それだけは理解できた。
生気を失って、どこか色褪せた蝿はどさりと地面に倒れた。
ざらりと形が崩れていく。
塵となって、風に吹かれて消えていった。
少し塵が口に入ったが
それを気持ち悪いと思えるほどの
気力は瑠可にはもう残っていなかった。
無くなってしまった足を眺める。
これじゃ歩くことができない。
誰かに駆け寄ることもできない。
ただ天を仰いだ。
綺麗な陽光が木々の間から差し込まれている。
ぽろ、と何かが落ちた。
泣いているんだ、多分。
幸せに成れると思ったのに。
ようやく救われるんだと思ったのに。
「……死にたくないなぁ……」
自分で言って自分で驚いた。
けれどそれが嬉しかった。
幸せだったんだ。生きたかったんだ。
瑠可の目からぽろぽろと涙が溢れる。
「……悪くなかった、かな。この人生も。」
目を閉じた。もうこれで終わりでも良い____
その刹那、自分の意思も関係なしに口が動いた。
「蝿の全部をあげるから、助けて。」
一拍遅れて言葉の意味を理解する。
瑠可は目を見開き、口元に触れた。
今の、ぼくが?
困惑が顔一面に広がっていた。
けれど次の瞬間、頭にさっきの無機質な声が響く。
『_____寿命の50年の消費を確認。
それを生贄に《身体の再生》を開始します。』
言い終わると同時、瑠可の両足が光に包まれた。
吸い取ったもの全てが失われる感覚と、
足はないはずなのに、布団に包まれているような感覚。
光がふっと消えた。目が消えた光の奥を凝視する。
「……なんで…これ…」
まるでさっき起こった事の全てが
夢だったかのように足が生えていた。
困惑と驚愕が入り混じり、なにも考えられない。
しかし、綺麗に再生している足が
なぜかおぞましかった。
思わず目を逸らす。
そして瑠可は一つ結論づけ、ゆっくりと立ち上がった。
『生き延びたからには、生き汚く生きたい。』
ぼんやりとした頭で
まだ情けなく震えている足を突き動かす。
目指す先は決まっていた。
足は震えているが、体は異様に軽い。
ふらふらと、けれど確実に進んで行った。
_____目の前に街が見えてくる。
肩が軽くなり、深くため息をついた。
瑠可の視界に巨大な門が一面に広がっている。
その門から壁がぐるりと街を囲っていた。
それを眺めていると、誰かが顔を出した。
深い皺と、日焼けした顔。
でも、鋭い目つきには優しさを湛えている。
するとその男がため息を吐いた。
「…なんで子供が外にいるんだよ…
ほら、入れ。」
門がぎりぎりと音を立てて開いた。
瑠可は何も言わず門の中に足を踏み入れて、
辺りを見回す。
そこはのどかだった。
豊かとは言えないが綺麗な街並み。
人の賑やかしい声が聞こえる。
すると男が口を開いた。
「…のどかだろ、まあそこまで物珍しいものではないが。
まあこれも、おれたち門番がしっかり仕事をしているからなんだがな。」
瑠可は目だけ門番に向けた。
「……確かに、平和ですね。すごいです。」
門番は一瞬驚いた顔を見せたが、にっと笑った。
「だろ?」
その笑顔につられて、瑠可もくすくすと笑い始めた。
誰かの言葉で笑ったのはいつぶりだろうか。
瑠可の心に暖かいものが満たされていく感覚。
門番の面影もどこかはー君に似ていた。
「なんだ?つられ笑いか?」
門番は笑いながらそういって
にやりと瑠可を見た。
瑠可は笑いながらも答える。
「そうですね…すみません!」
門番はそれを聞いて満足げに目を細めた。
「まあ、良かった。
子供は笑うのが一番だからな!」
瑠可はくしゃりと頭を撫でられ、すぐに離された。
こんなこと、はー君にしかされなかった。
その大きくて不器用な手が
瑠可の疲弊した心にじわりと沁みた。
幸せそうにそっと目を閉じる。
刹那、
蝿と同じ冷たい感覚がよぎった。
体が強張る。
_____『寿命5年を吸収しました』
恐ろしく無機質な声が響き渡る。
蝿と同じ声なのに、ひどく冷たい。
風が二人の間を通り抜け、静寂を攫った。
瑠可は目を見開き、呆然と立ち尽くす。
……なんで?
一拍遅れ、理解する。
冷や汗が頬を伝い、ぽたりと地面に落ちた。
視界が白く濁り始めた。
信じられない。信じたくない。
体が無意識に門番から体を離した。
瑠可は狭まる思考の中、一つだけ結論を見つけた。
_____ぼくは、もう誰にも触れられない。
胸が引っかかれるように痛い。
門番の顔が見れず、瑠可は地面に目を落とす。
体の奥で何かがどろりと蠢いた気がした。
というわけで、ここまで読んでくれてありがとうね!!
異世界モノって難しいですし、やっぱ他の人尊敬しますね!
気に入ってくれたら嬉しいです。
それでは次の更新で!!またね!




