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第6話 じゃあ、彼女二号でいいです!

 ―1―


 朝が来た。

 一昨日までのベルトコンベアに乗せられたような日常から大きく逸脱した昨日、そして、それに続く今日が始まった。

 とりあえず、朝ご飯を作り、洗濯を干し、朝食を食べ、着替えをして、鞄を背負い、玄関で靴を履く。

 そう、ここまでは、とりあえずで済ますことが出来る範囲である。

「さて、行くかな、あ、そうだ――」

 靴を脱ぎ、キッチンにまで戻り、スポーツバッグに昨日貰ったかにパンを入れる。

 かにパン。

 蟹のパン。

茶色い紙袋に包まれた、恐らくは蟹の中身が入った、揚げたカレーパンのようなパン。

 今日の昼食で食べてみよう、きっと、美味しいハズである。

「これ、貰ったんだよね――」

 突然、不安になる。

 昨日までの全ては、本当にあった話だったのだろうか。

 このかにパンも、本当は僕が買ったものなんじゃ、ないだろうか。

 狗川黒も、猿白砂麦も、ただの夢だったんじゃないだろうか。

「…‥ギャルゲーじゃあるまいし、そんなにいきなりモテ期が来るのか…‥」

 と、いかにもギャルゲーの主人公のような台詞を吐き、僕は靴を履いたまま、俯いた。

 タイルばりの玄関の床に散る砂を見つめて、僕は、静止した。

 「このまま、このままでいたら――」

 この家は、パンドラの箱だ。

 眼前の白い扉を開けなければ、今日は来ない。

 昨日のままだ。

 今日は、彼女のいない今日かもしれない。

 開けてみなければ分からないが、開けなければ、可能性は可能性のままでいられる。

 僕は傷つかないで済む。

 なら、ここで、止まっていた方が、いいんじゃないか。

 自分の弱さに、僕は呆れつつも、まだ、動けないでいた。

 無限大の可能性がある外の世界と、内側の世界の境界線上である、扉の前で。

「僕は――」

 しかし、扉は開いた。

 僕が開けたわけではない。

 扉が勝手に、開いたのだ――


「おはよう、逸珂くん」

 

 使途迎撃用の要塞都市のミサイルハッチの如く、勢いよく開かれた扉。

 そして、彼女は爽やかな微笑を僕に見せながら、挨拶する。

 狗川黒

いぬかわ・くろ

 謎の転校生。 腰まで届くほどに長い黒髪。

 挑発的な視線を送る、切れ長の瞳。

 少しだけ赤く染まっているシャープな顎のラインと、ぷりっとした唇。

 少し背が高いスタイル抜群のボディラインと、それを包む紺色のセーラー服。

 かなりのサイズがある、放漫な胸。

 どこをとっても完璧ではあるが、話の大事な所で噛むのというかわいい一面の持ち合わせているのは二人だけの秘密だ。

「お、おはよう…‥黒」

 僕は唖然としながらも、彼女と初めての朝の挨拶を交わす。

 しかし、ふと疑問が残った。

 いや、残ったというには、あまりに大きすぎる問題であった。


「というかなんで僕の家を知っているの?!」


 そうだ、学校の前の桜並木を抜けると二本の道に分かれるのだが、僕は右へ、彼女は左に別れて帰ったはずだ。

 帰り道の途中で、彼女がついてきた様子もなかった。

 どうして、というか、どうやってこの位置を――

「愛のなせる技よ」

「納得の出来る回答を求めたい」

 僕としては珍しく、間髪入れずに言及した。

 愛では相手の家の位置は確認出来ません。


「ふふっ、仲間の異星人に頼んで調べて貰ったのよ」


 にやり、と笑い、彼女は青空を指差した。

「あなたは宇宙人ですか!!」

 この娘は宇宙人だったのなら、まあ、今までの行動も、僕の好きな理由もなんとか納得できる。

 宇宙人だから、地球人と価値観が違うのであろう。  

 だから、僕のような人間を好きなのだ、おそらく。

「というのはもちろん冗談で、これを辿ったのよ」

 彼女は真顔で、手のひら大の布袋を差し出す。

 その中には、青、黄色、赤、黒、紫色の米粒がぎっしりと詰められていた。

「こ、米…‥五色米?」

 五色米とは、忍者が暗号のために使う道具である。

 その色の組み合わせで、暗号を作っていた…‥らしい、確か。

「いつの間にそんなものを――」

 忍者の道具を持っていることはもはやつっ込むまい、多分自作したのだろう。

 彼女は、自作した五色米をたよりに、僕の家に来たというのだ、驚くべきことに。

 しかし、これを辿る、ということは、僕がこの五色米をもっていないといけない。

 だが、僕はこの五色米を持たされた記憶がない。

 多分、気づかないうちに、どこかに取り付けたのだろう。

 本当に、どのタイミングで、そして、僕のどこにそんなものを取り付けたというのだろうか。


「昨日、一緒に帰るときにあなたの鞄に取り付けておいたわ」


 彼女はくすくすと小悪魔的な微笑をたたえながら、僕のスポーツバックを指差す。

 慌てて確認すると、彼女の持っている布袋と同じものが、底に貼りつけてあった。

 こちらの袋は空であり、よく見てみると、米粒大の穴が開いていた。

 この袋の中に五色米が入っていたのであろう。

 僕が歩くと少しずつ、米が零れ落ちて、家までの道しるべになる、といった仕組みだ。

 こんな凝ったギミックが作れるなら、GPSとかの方が、正確だと思うが、それは完璧にストーカーくさいやり方ではあった。

 いや、今の段階でも既に、それに近しいが。

 というか――

「あなたは忍者ですか!!」

 これは美少女がやるからまだ笑いで済ませることが出来るけど、僕がやったら確実にポリス沙汰ですよ!!

 というか、あなたのキャラだからギリギリのラインで許されてますよこの行為は!!

「いいえ、ケフィアです」

 真顔で断言する黒。

 いや、あなた健康食品じゃないから!!

 本当に黒は、謎だらけである。

 しかし、まだ彼女と出会って、二日目だ。

 嘘みたいな本当の日常が、また始まる。

 彼女の秘密はV3の26の秘密の如く、少しずつ明らかになっていくだろう。

 そうやって彼女のことを知っていくことから、始まるんだとおもう。

 彼女とか彼氏とか、恋人になるとか、それ以前に、僕は彼女を知らな過ぎる。

「あっ」

 相変わらずキチンな理論を脳内で展開していた僕、は思わず間の抜けた声を出した。

 彼女は玄関の中に入り、座り込んでいた僕の手を引く。

 その勢いで、僕は立ち上がった。


「ふふっ、さあ行きましょう」


 僕の隣で、彼女はなにか企んでいるかのような意味深な笑みを見せた――



 ―2―



 校門の前にある桜並木は、僕達の通う高校の人気スポットである。

 広い一直線の道は、太い幹の桜の木が幾つも立ち並んでおり、学校の用務員(って言い方はもう古いんだっけか)のおじいちゃんが清掃しているため、綺麗である。

 しかも今は春、桜がしっかりと咲いており、花びらが舞い散っている。

 僕と彼女は、丁度人間一人分のスペースを間に開けつつ、並んで歩いていた。

 僕は、昨日よく眠れなかったために、すこしふらふらと、そして彼女は、まるでモデルのようにクールに歩いていた。

 何か、対照的である。

 まるで、ミロのビーナスの横に、お盆のナス人形が置いてあるようだ。

「あ、そういえば、五色米を作ってて思いついたんだけど」

 彼女はぽん、と手を叩いて、こちらを向いた。

「え?」

 五色米、黒が僕のバックにくっ付けた忍者の道具。

 こうして彼女と僕が歩いているのも、彼女の作戦通り、なのだろう、恐らくは。

「ゴシキ・マイって、なんだかアイドルでいそうな名前ね。」

 アイドルというか、この作者がつけそうな名前だな。

 と、意味不明な思考が一瞬頭をよぎったが、すぐ忘れることにした。 


「というか、よくあんな精巧に袋とか作れるね。手先、器用なんだ?」


 彼女は、少し残念そうな顔をした。

「ちゃらららららん」

 そして、黒は謎の効果音を自分から口にした。

「ん?」

 僕は意味がわからず、首を傾げる。

 なにやら、今の効果音は、ギャルゲーで好感度が下がったときの音に聞こえたのだ。

 多分、彼女は何か不満があるのであろう。

 傾げた首の上の顔についた僕の眼球は、彼女を凝視していた。

 なにか、ヒントがあるはずだ。

 僕はなにか、勘違いをしているのか――

「あ…‥」

 彼女の手に、目がとまった。

 彼女の細くてすべすべとした手は、親指と薬指のあたりに絆創膏が張られていた。

 おそらく、五色米が落ちるギミックを作る際に怪我をしたのであろう。

 僕は、胸がじん、となるのを感じた。

 彼女は勉強や運動は完璧であるが、特別起用な人間じゃない。

 僕と一緒に登校するために、怪我をしながらも、五色米が落ちる袋を作ったのだ。

 しかも、タイミング的に、転校する前に作ったのであろう。

「ありがとう、黒」

 クールな彼女が、僕のために夜な夜なソーイングセットを片手に裁縫をしている想像を勝手にして、僕は感謝の言葉を口にしていた。

 素直に、僕は嬉しかった。


「え。ここは、ツッコミ所だったのに…‥こう素直に言われると、なにか、じんときちゃうわね」


 黒は照れているらしく顔を逸らし、胸に手を当てて瞳を閉じ。

 彼女的には、僕に「五色米入れる袋作るのに、なんでそんなに必死に!?」とツッコミをもらったほうが、気が楽なのだろう。

 だけど、僕は彼女の努力が嬉しかった。

 だから、僕も思ったことを素直に言ったのだ。

「嬉しいと思ったんだ。僕は」

 僕は多分、笑っているのだろう。

 本当に嬉しい時の笑顔なんて、何年ぶりだろうか。

 彼女のおかげだ、僕が、こんな気持ちになれるのも。

「ふふっ、ねえ…‥逸珂くん?」

 黒も、嬉しそうであった。

 赤面しているのが恥ずかしいらしく顔は逸らしたままであったが、彼女は小さな声で僕に話し掛ける。


「逸珂くん。じゃあ、お決まりのアレ、やってくれないかしら?なんだか…‥嬉しいから」


そして、彼女は僕の手を握りしめ、桜の木の影へと走った。

「え?」

 突然の事態に、僕は気が動転しつつも、彼女と共に、桜の影。

 お決まりのやつ、と言われても、僕にはわからなかった。

 彼女と出合ったのは昨日であるし、二人には決まったサインや行為などない、ハズである。

「ほら、主人公が指切ったときにするアレ」

 あ、ああ、アレね。

 ギャルゲーやアニメでよくやる、調理実習か何かで主人公が指を切って、ヒロインが舐めるっていう、不衛生で全く合理的じゃないのに、グッとくる行為。

 あれをやるというのか。

 あれ、女が男にやってなかったか?

 「え…‥ここで?」

 ここは学校の皆が登校する校門の前、大きな桜の木の影に隠れたのはいいが、横から見たらまる見えである。

 僕は戸惑っていた、彼女にも分かりやすく、戸惑っていた。

 

「ねえぇ、おねがい…‥ペロッてするだけでいいからっ、ね?」


 黒は、僕のために頑張ってくれた。

 その愛情に報いることが出来なくて、なにが男か。

 大体、登校中に女の指を舐めてはいけないという校則はない、はずだ。

 僕とて男根をもって生まれた生命体だ、草食系に類するわけではない、もてなかっただけだ。

 断じて、女性を愛せないわけではない、と思う、愛したことがないから、分からないが。

「で…‥でも――」

 僕はごくり、と唾を飲んだ。

 ここでやらねば、男ではない。

 僕は桜の木に彼女をゆっくりともたれかからせる。

「あんっ」

 妙に色っぽい声を出して、黒は顔を少し背けながら、しかし、こちらを弱弱しい瞳で見つめる。

「…‥」

 僕は、無言のまま、彼女の差し出した左手を左手で握り、一指し指に巻かれた絆創膏に指をかけた。

 そして、ゆっくりと、剥いでいく。

「はうんっ…‥ちょっといたぁい」

 絆創膏を剥いだ黒は顔を赤くさせながら、小さく呻く。

 指先は、小さな針の傷が、2、3できていた。

「ごめ…‥でも、消毒しておくね」

 本来ならば口の中の雑菌をとりつける行為なんだろうが、僕は興奮したまま、ペロッと、唾液が少しだけついた舌を出した。

 しっかり歯磨きしておいて、よかった。

 自身の心臓がばくばくするのが、恥ずかしいくらいにわかった。

 彼女の握った右手の脈が、早くなるのを感じる。


 そして、僕はゆっくりとその舌を、彼女の指先に――




「はぅ」




 僕の舌先が、彼女の指先の皮膚に触れた、その時――


「はーいっ!!おっはよー!!」


 水爆の如く元気な挨拶が、頭上からかけられる。

 そして、僕達の真横に人体が振ってきた。

「ひっ!!」

 思わず、僕は黒の手を離して背後にのけぞる。

「なっ何よっ!?」

 さすがの彼女もびっくりしたらしく、木にしがみ付いて叫ぶ。

 そりゃそうだ、人間がいきなり降って来たのだから。


「あ、ごめん!!驚いた?!」


 降って来た人間は謝罪の言葉を口にして、両手で地面に着地しながら脚を十字で組む。

 ロビンスペシャルだ。

 技をかける相手こそいないものの、その逆立ちをしている体勢はロビンマスクの伝家の宝刀、ロビンスペシャルであった。

 というか、こいつは、いや、この少女は――

「き、君は確か…‥」

 驚きながらも、僕はその少女を見つめる。

 僕よりも頭半分ほどの身長。

 少し丸みを帯びた女性らしいラインの体。

 そして、それを包む、この学校指定の白いセーラー服。

 黒に負けず劣らずの、いや、彼女よりも若干大きい、豊満なバスト。

 午後の太陽に輝く、緑色のポニーテールの髪。

 すっと通った鼻に、丸い瞳で、ヒマワリのような笑顔を咲かせている。

「さ、猿白砂麦?」

 そう、その少女は猿白砂麦であった。

「サハラ砂漠?」

 黒は少し怪訝な表情で呟く。

 サハラではなく猿白である。


「おはよう逸珂くん!!そして、はじめまして綺麗な女の人!!私は猿白砂麦です!!」

 

 逆立ちの体勢から、両脚による普通の直立の体勢に戻し、元気よく挨拶をする猿白。

 しかし、黒は僕とのお約束を邪魔され、少し機嫌を損ねていたらしく、小さく会釈するだけであった。

「私は狗川黒よ。しかし、何者なのかしら?」

 そして、首を傾げて猿白をの全身を確認するかのように見つめて、つっけんどんに問い掛ける。

「いやー、私は逸珂くんの舎弟っス。パンツのお礼もまだしてないですし」

 猿白は、黄色い蝶々がとまった頭を小さくぺこぺこと下げながら、僕の方へ視線を移す。

 というか、舎弟だったのか彼女は。

「や、もうかにパンもらったしいいよ。僕、そんな凄いことしてないし」

 僕は視線を逸らしながら、小さく呟く。

 そうだ。

 僕はただパンツを貸しただけ、それはパンになって返ってきた。

 それで、僕としては十分である。

「ああ、私のをあげたのってこの子ね。へぇ…‥」

 黒は、意味深な笑顔を僕に視線を送っていた。

 何がいいたいのだろうか、よく分からない。

 僕が他の女の子とかかわるのが、彼女としては気になった、ということなのだろうか。


「いいえ、お礼もそうなんですけど…‥あのファーストコンタクトで私の体に、魂にズバッと稲妻が走りました。私は、逸珂クンに惚れちゃったんです!!もう、どうにもならないほどに、だから――」


 朝の日差しが差し込む、花びらが舞う桜の木の下で、猿白は真っ赤になりながらも僕の両手を握り締める。

「え…‥」

 彼女の潤んだ瞳が、真っ直ぐに僕を見つめる。

 これでは、まるで告白ではないか。

 というか、本当に―― 



「だから、私を先輩の彼女にして下さい!!」


「却下よ」


 思い切り頭を下げる猿白。

 しかし、彼女の告白に、凄まじい速さで待ったをかける黒。

 いや、待ったというか、却下というか。

 とにかく、黒はいつものクールな表情のまま、猿白を真っ直ぐに見つめる。

「こ、この人が彼女さん…こんな綺麗で、完璧っぽい人が逸珂先輩の彼女さん…‥」

 猿白は、まるで巨大なご神体を見るかのような瞳で、黒をまじまじと見つめる。

 というか、黒はとりあえず彼女ではない。

 そして、なぜ同学年なのに、さっきから呼び方が先輩なんだ!?

「ぼ、僕は――」

 しかし、僕は、どうすればいいか、分からない。

 狗川の告白に対する明確な答えも、僕はしていないのに。

 それに加えて、猿白の告白にたいして、どうすればいいかわからない。

 別に猿白が嫌いとかじゃない、ただ、まだ僕達は出会ったばかりなのだ、黒にも言えることであるが。

 だから、早すぎると思うんだ、答えを出すには。

 

「じゃあ、二号で!!彼女二号でいいです!!」


 断固として拒否する姿勢を崩さない黒に対し、猿白は涙目で少し食い下がる。 

 それは彼女にとって苦渋の選択だったに違いない、黒の次でいいから、彼女になりたいというのだ。

 しかし、この僕になんでそこまでこだわるのであろうか。

 僕なんて、並以下の容姿で、成績も低空飛行、性格もあまりよろしくないのに。

 なぜ、僕なのだろう。

 そして、猿白も、なぜ、僕にそこまでの好意を抱いているのだろう。

 僕は、食い下がってまで、彼女になろうとするほどの熱意にただただ、驚いた。

 だが、そんな提案、黒が了承するわけが――


「それならいいわよ」


 狗川黒はにこりと爽やかに笑い、猿白と握手を交わした。

 猿白はふるふると震えながら、黒と握手を交わした手を見つめた。

 そして――

「わーいわーい!!」

 その場で軽やかにジャンプして両手を挙げ、全身で喜びを表現する。

「いいんかい!!」

 僕はとりあえずツッこんでいた。

 二号ならいいのか、彼女でも。

 黒の基準が、よく分からなかった。

 独占欲というものがないのか、それとも寛大なのか。

 自分が一番の彼女という自身があるのか、僕にはその思考が分かりかねる。

 やはり、黒は謎だらけだ。



「いいじゃない。彼女が二人いたって。誰に迷惑かけるわけでもない」

 


 そして、彼女はくねらせた腰に手をあてて僕を真っ直ぐに見つめ、決め台詞をかっこよく言った。

 いや、多分決め台詞なのだろう、それぐらい彼女はかっこよく言い放ったのだ。 

 周囲に迷惑をかけなければ、小さなルールを破ってでも、楽しくあろうとする。

 それが、彼女、狗川黒なのだから、やはり、この言葉は彼女の哲学のようなものなのだろう、僕はそう感じた。

「そうですよ先輩!!モテモテじゃないですか!!えへへ、やったね!!」

 そんな黒に同調し、猿白はぴょんぴょんと跳ねながら無邪気に笑う。

「さ、さいですか…‥」

 僕はそんな台詞しか出せなかった。

 困惑しているのだ。

 昨日、彼女を名乗る少女が現れ、それが今日、二人目の彼女を了承したのだ。

 最低だった日常が、一気に普通以上の水準に、いや、おかしいくらいに良い方向に軌道修正していく。 

 なぜなのかは、全くわからない。 

 僕がしっかりと分かっていることは、眼前の二人の彼女が、僕を本当に好きでいてくれている、ということだ――


「じゃあ、行きましょうか、逸珂くん。二号さん」


 黒はにこりと笑い、木の陰から出て、校門までの真っ直ぐな道を、歩き始める。

「はい!!黒先輩!!」

 それに続き、猿白も少し興奮気味な様子で歩き出す。

 というか、何で先輩って呼ぶのだろうか。

 キャラ作り、なのだろうか、それとも、天然だからか。

「あ、ああ…‥というか、そういえば登校途中だったんだよね」

 僕も、そんな二人の後を追い、歩き出す。

 そんな僕に、前を歩く二人の彼女はパラボラレーザーも顔負けな熱い視線を送る。

 そして、二人は歩くペースをあわせ、僕の両隣に並んだ――


「今日も、慌しくなりそうだなぁ――」

 

 二人を交互に見つめ、僕は自然ににやけていた口元で呟く。

 僕達三人はそうして、朝の陽気につつまれた真っ直ぐに続く桜並木を歩いていく――


 パンドラの箱を開けることを躊躇して、立ち止まっていた僕。

 しかしその箱は、黒の手によって、開けられた。

 そして、昨日よりも、楽しく、慌しくなるであろう今日を、僕は生きていく。

 

 そう、今日は来るのだ、生き続ける限り――


 

 つづく


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