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第4話 私の最高傑作です。



 午後の廊下は、春の暖かい陽気に包まれていた。


「はぁ…‥ありえないよ先生。こんなの…‥」


 僕は廊下に出て、壁にもたれかかった。

 そして、向かい側の壁にある、大きな枯山水の複製品を見つめて、ため息をもらした。

 というか先生、コレは如何なものなんでしょうか!?

 廊下に立たせるのってよくないですよ本気で。

 最近のうるさい保護者が聞いたら黙っちゃいませんよ。


 まあ、いいですけど。


 何より、事の発端は先生じゃないし。

 そう、何よりもありえないのは、狗川黒の行動である――


「黒…‥ありえないよ、コレはさすがに」


 狗川黒、なんていうエクセントリッキーな女の子なのだろうか。

 よりによって僕の隙をついて、ポケットに『こんなもの』を入れるなんて。

 というか、いつの間に入れたんだろう。

 そう、あの時、僕が奇声を上げたのは、ポケットの中に彼女の私物が入ってたからだ。

 まあ、それが爪切りとかなら、まだビックリするだけで済んだのだ。

 よりによって、彼女は――



 自分のパンツを、僕のポケットに入れたのだ。



 いつのタイミングで入れたのかは完璧に分からない。

 授業開始前か、はたまたあの図書室でか、まさかとは思うが午前中の授業の段階で入っていたのか。

 一番考えられるのは、四限の体育の授業の時間の中で、更衣室に忍び込んで入れた、というパターンであるが、もし彼女がそれを行ったとしたら、手際が良すぎる。

 というかパンツを入れたら、その後の授業はノーパンで受けなければならないではないか。

 というか、体操着に赤いブルマにノーパンなんて、犯罪ですよ黒さん。

 まあ、これだけのことをする彼女にことだ、用意周到にスペアの下着くらい持っているのだろう。

「あっ…‥」

 僕は思わず、変な声を出してしまった。

 なんか、胸が熱くなってきた。

 心臓が異様に早く脈を打つのがわかる。

 意味が分からない。

 彼女の姿で、興奮している、というのだろうか。

 いや、そうなのだろう。

「ヤバい…‥」

 僕は瞳を閉じて、前のめりになった。


 そんなことは、絶対にいけない。


 と心の中の天使が頭上で囁くような感覚がした。

 何という古典的表現であろうか、もう絶滅したのかと思った。

 触りたい、今、彼女の下着に。


 触っちゃいな、大体、彼女からお前のポケットに入れたんじゃねえか。


 そして、頭上で心の中の悪魔が囁いた。

 なにやらヤリを持っている僕だ、これと天使はワンセットであるが、今回は、悪魔の主張が正しいような気がした。


 だって、彼女から下着を入れてきたんだぜ、これは、もう触ってくれって意思表示じゃないか。


 頭上の悪魔が天使を蹴飛ばし、再び囁く。

 確かに、そうなのだ。

 このパンツは狗川黒が入れてきたものなのだ、別に、僕が脱がせたわけでも、更衣室からパクったわけでもない、彼女がやったのだ、しかも、面白半分で。

 なら、触るくらい、全く問題ないではないか。

 いや、むしろ彼女は、触った感想くらい普通に訊いてくるかもしれない。

 なんで嗅がなかったか、くらい訊くかもしれない――あ、いや、流石にそれはないか、ただの痴女じゃないか。


 とりあえず、触ってみよう。大体、黒は僕の彼女だろう。彼女のパンツを触るのは義務だ。


 頭上の心の悪魔が勝利を収めた、

 というか、彼女は彼女ではないが。

 哀れ天使は、白い羽をもがれ、ずたぼろになって消えていった。

 僕は悪魔に心を支配されてしまったのだ、と、良心が痛まないように、そう思うようにした。

 そう、全部、悪魔の仕業だ!!

 ありもしないものに責任転換し、僕は目を閉じて、男の夢が詰まった右のポケットに手を入れた――

「うおっ…‥」

 柔らかかった。

 僕は学ランの右ポケットで

 シルクの感触が触覚を刺激する、こんなにさわり心地のよい物体が、この世界にあったのか。

 というか、これが彼女の下半身を包んでいたんだよな。

 色は白。

 目を閉じたまま、彼女の全身を想像する。

 スタイル抜群の、彼女。

 余分な肉がついていない体に、けしからない豊満な谷間、そして、すらっとした両脚。

 なぜか想像上の彼女は下着姿で、僕の部屋でグラビアアイドルのようなポーズで僕に艶かしい視線を送っていた――

 我ながら、酷い妄想である。

 匂いとか――嗅いだら変態だよなあ。

 駄目だ、それだけは。

 それだけは――

「ん?」

 最低な事で悩んでいると、僕は何かがパンツの中に包まれていことに気づいた。

 僕は器用にその紙だけポケットから取り出してみた。

「これは――」

 それは、ぐちゃぐちゃに丸められたメモ帳であった。

 僕は内容が気になり、それを両手で掴み、思い切り開いた――




「私の最高傑作です」




 僕は、思わず声に出して読んでしまった。

 イントネーションも完璧で、なぜか台詞に力が入った、無駄に。

 達筆で、バランスの良さのなかにも柔らかみのある字で、書かれてあった「私の最高傑作です」、と。

 ありえない。

 これは、パンツの、ひいては性的なアピールなのか。

 にしたって、童貞には刺激が強すぎる。

 確かに、凶暴といったら凶暴だ。

 出来ればもうちょっと、刺激の弱いものからにしてほしい。

 飛行機だって、徐々に離陸するではないか。




「へーっ君ってパンツ職人なんスか?」




 僕は心臓が口から飛び出るくらいに、驚いた。

「なっ!?」

 目の前から女の子の甲高い声がしたのだ。

 ありえない、聞かれていたなんて。

 聞かれてしまっていた。

 声に出して読みたくない日本語を、思わず口に出した一言を、他人に聞かれてしまった。

 僕は心臓が飛び出る思いであった。

「だ、誰ですか君はっ…‥」

 また叫びたかったが、とりあえず教室の中の先生に今度はどこに立たされるか不安なため、それだけは耐えた。

 ノサップあたりに立たされ、択捉島を見ながら頭を冷やせと言われるかもしれない。



「ねえ、君の最高傑作のそのパンツ、貸してくれないっスか?」


 その少女は、首を傾げて、僕に意味不明な要求をする。

「うっ…‥」

 叫びたい気持ちを耐えつつ、僕は思い切り後退りをした。

 何なんですか、本気で。

 というか、質問に答えてくださいよ。

 僕は眼前の少女を見つめて、そう思った

 そして、僕は、その少女を思わず二度見した。 

 可愛かったのだ。

 眼前の少女は、初鮫先生や黒と同じレベルの造形の完成度の高さであった。

 僕より頭半分ほど低い身長で、少し丸みを帯びた女性らしいラインの体。

 そして、それを包む、この学校指定の白いセーラー服。

 黒に負けず劣らずの、いや、彼女よりも若干大きい、豊満で、尚且つ弾力性のあるバスト。

 午後の太陽に輝く、ポニーテールにまとめられ肩甲骨のあたりまで伸びた緑色の髪。

 すっと通った鼻に、丸い瞳、少し幼い顔立ち。

 そんな彼女は、ニコニコと太陽のように明るく笑っていた。


「へへへっ、ねえ、貸して下さいっスよぉ」


 大きな枯山水をバックに天井に立ち、僕のことを見下ろしながら――



 つづく


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