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第3話 ふふっ、保健って楽しいわね。

 ―1―



 五限の授業は、保健だった。


 さっきまで体育だったのに保健が別にあんのかよ、というツッコミは無用である。

 この授業は、我らが2年C組の担任である初鮫恋春先生が担当である。

 初鮫先生は寛容だ。

 授業中、眠っていても許してくれる。

 ただ、暗黙のルールで、授業を妨害しなければ、というものがある。

 それさえ破らなければ、初鮫先生の授業は何をしてもいい、とクラスの連中は思っている。

 昼休みの後ということもあり、午後の授業の時間はやむを得ず眠ることが多いのだが、今日は色々な事が起きすぎていて、僕は目が冴えていた。

 睡魔が来なかったわけではない。

 それ以上に問題なことか、あるのだ。


 やばい。


 腹が減ってしまった。

 休み時間に、狗川黒と図書室に行っていたため、全く食事が採れなかったのだ。

 僕は腹を押さえつつ、少し前のめりの体勢になる。

「初鮫先生!」

 いきなり、僕の隣の席の黒が手を挙げる。

「きゃっ?!なんですか狗川さん?」

 先生もいきなりのことに驚き、甲高い声をあげる。

 クラスの皆も一瞬だけざわついた。


「まだ保健体育の教科書がないので、隣のコに見せてもらっていいですか?」


 ニコッと笑い、了承を求める黒。

「ええ、いいですよ。桃山くん、見せてあげてね。あ、でも桃山クン、ザビエルさんとか足利氏に落書きとかしてないですよね?」

 断る理由もないため、笑顔で了承する初鮫先生。

 でも付け加えた一言が、やっぱりどこかズレている。

 僕は歴史上の人物に落書きなんかしません。

「大丈夫ですよ、というかしてないです普通に」

 しかし、クラス中はその一言が面白いらしく、何人かの生徒がクスクス笑った。

 相変わらず僕は、みんなの笑いのツボが分からない。

 今の一言、そんなに面白かったのか。

「作戦成功ね」

 僕にしか聞こえないような小声で黒は言い、小悪魔的な笑みを見せる。

 そして、彼女は自身の机と僕の机を密着させ、その隙間に教科書を置いた。

「ちょ、授業中は私語は駄目だって」

 僕は割と真剣に言葉を返すが、彼女は相変わらずニコニコしており、悪びれる様子が全くない。

「大丈夫よ、ヒソヒソと話すくらいなら。皆に迷惑かけないようにするし」

 多分、彼女にとって、他人に迷惑がかからない行為は悪いことではないのだろう。

「えぇー」

 なるほど、これが境界線上の世界か。

 名前はかっこいいけど、そんなに凄いことではないなあ、と思った。

 ただのヒソヒソ話じゃないですか。

 まあ、それでも確かに、僕にとってはルールの外と中の境界線だけれど。




「陰●」




 そうそう、境界せ―ん?



「は?」



 僕は、耳を疑った。

 隣から、なにやら卑猥な単語を囁かれた気がしたのだ。

「勃●」

「ブッ!」

 僕は噴出してしまった。

 何ということだろうか、彼女が保健の教科書の、何やら男女の性のお話のページを開き、頬を少し赤らめていた。

 因みに、今授業でやっているのは、人体の構造などについてである。ちょっと範囲が違う。

「ふふっ、逸珂くん、かわいい」

 僕の反応を見て微笑む黒。

 なんて人だろうか、考えられん。

「かっ、からかわないでって…‥」

「むちむちボディのスク水ブルマ」

 間髪入れずに彼女は呟く。

 というか、何か保健じゃないマニアックな単語になってるし―

「も、もう…‥何を」

 リアクションに困り、何も言えないヘタレな僕がいた。

 というか、一つし下のサイズの水着を着て窮屈に頬を赤らめてくねくねと体を動かしている黒のことを考えてしまっていた。

 なんたることだ、不潔過ぎる。

 脳に(こけ)が生えているのではないか、おそらく。

「ふふっ保健って楽しいわね」

「中学生男子ですかあなたは」

 僕が少し呆れたようにツッコむが、彼女はそれでも嬉しそうに笑う。

「それより、逸珂くん、お腹減ったんじゃない?」

 なんか、いきなり話題が変わった気がするが、とりあえず気にしないことにした。

 彼女は本当に観察能力に長けているらしい、何もかもお見通しであった。

「うっ…‥」

 彼女は仕方ないなあ、といった表情で、机の中からソイジョイ(苺味)を取り出した。

「ほら、食べて」

 僕は教科書を縦に置き、差し出されたソイジョイを隠しつつ受け取った。

「だけどさ…‥」

 受け取ったソイジョイを、僕は机に隠そうとする。

 確かに、このうえなく腹は減っているが、授業中に食べていいんだろうか。

「栄養補給は必要よ」

 心配そうに言う黒。

「君はいいの?」

 僕は彼女に返そうと、ソイジョイを差し出す。

 彼女の好意は嬉しいが、昼休みに食事がとれていないのは彼女も同じだと思ったからだ。


「私は授業開始三十秒前におにぎり食べたわ、そっちのが良かった?」


 彼女は僕が差し出したソイジョイを、受け取らなかった。

 相変わらず驚くべき手際である。

 確か五分前の予鈴が鳴り図書室から帰ってきて、残り時間はもう一分なかったハズだ。

 僕が教科書やらを用意して臨戦体勢を整えている合間に、彼女は取り損ねたランチを食べたというのか。

「それは…‥興味はあるけど」

 そんな彼女が作ったライスボールの味は非常に興味深いが、とりあえず今は無理だと思った。

 授業中におにぎりを頬張れるほど、僕に勇気はなかった。

 というか、ソイジョイも、あまり気乗りはしないけど。

「うれしいわ、今度作ってあげる♪じゃ、今はコレね」

 彼女は本当に嬉しそうに笑った。

 そんな彼女の厚意を、僕はむげにすることが出来なかった。

「じゃ…‥頂くよ」

 僕がそう言うと、彼女は本当に嬉しそうに頷く。

「うん」

 小さなソイジョイを更に一口サイズにちぎり、数回に分けて食べた。

 これが今の僕の、境界線上、いや、多分、ギリギリアウトだ。

 でも、先生も黒板に長ったらしい文を書いていて、気づかなかったので、なんとかなった。

「美味しかった…‥」

 とは言うものの、ハラハラしながら食べたため、味わうことなど殆ど出来なかった。

「あ…‥」

 僕は机に視線を落とした。

 食べカスが、机に落ちてしまっていたのだ。

 よし、ティッシュで包んどこう。

 さて、ティッシュは確か学ランの右ポケットに――



「…‥えーッ!?」



 右ポケットに手を突っ込んだ僕は、叫んでいた。

「きゃうん?!何なんですか桃山くん?!」

 黒板に文字を書いてた初鮫先生が驚き、ビクンと奮えて振り返る。

 そして、クラス中の皆の視線が僕に突き刺さる。

 僕が聞きたいよ!!

「っと―――」

 僕はとりあえず隣の黒にエクスキューズな視線を送る。

 彼女にフォローしてもらおう。

 というか、彼女の仕業だろうこれは。

 なんとか、クールな一言でこの場をやり過ごそう。

 そんな視線を真っ直ぐに彼女に送った、が――

「が・ん・ば・れ?」

 僕は小さく呟く。

 笑顔を見せる彼女の口の動きを読み取ったのだ。

 頑張れ?

 つまりは、この状況を自分で打開しろ、と?

 あなた、どんだけなんですか!!


「えーと…‥あの、初鮫先生のかわいさに今更気づきまして、思わず叫んでしまいました!!フォーマルなスーツを着ているのにかわいさが更に強調されてしまうなんて奇跡です!!それだけです!すみませんでした!!」


 慌てた僕はとりあえずそれらしい言葉を羅列した。

 先生が納得してくれることを祈り、僕は頭を何度か下げ、謝罪する。

「えっ…‥そんな困ります、生徒にイキナリ告白なんかされちゃっても私にはカレが――っていうか気づくの遅ッ!?」

 意外といった表情でビックリする初鮫先生。

 というか自分のかわいさにそこまで自信が!?

 というか先生、独りモンじゃなかったの!?

 クラスの男子共が呻いていた、先生に彼氏がいたという事実が、あまりにショッキングだったんだろう。

「すみません先生!僕の目がフシアナでした!」

 なぜか僕は、更に謝罪の言葉を口にしていた。

 話がそういう方向に向かって全力疾走していたから仕方ない。

 僕にはもう、そうするしかなかった。

「えーい廊下に立って枯れ山水でも見てしっかりお目々鍛えなさい!!」

「はっ!!はい!!」

 初鮫先生は怒っていた、けれど全然迫力がない。

 というか、本当にかわいい。

 失礼かもしれないが、まるで妹に怒られた感覚だ。僕には妹いないけど。

 プンスカ、という擬音がよく似合う人だな、と思った。

 僕はとりあえず頭を下げ、黒と視線を合わせる。

「…‥」

 ごめんね、という意味なのだろう、彼女は無言のまま手を合わせて片目を閉じて、謝罪のポーズをしていた。

 目元と口元が完全に笑っていたが。

 もう、何なんだろうこの人は…‥


 ため息をつきながら、僕はとりあえず廊下に出た――


 

 彼女が僕のポケットに入れた、とんでもない(ブツ)を、気にしながら― 




 つづく


 

18禁バージョンとは、ちょっとだけ違います。

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