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最終話  互いの手を、繋ぎながら――


 ―1―


「おはよう、いつくん」



 目覚めると、僕の部屋のドアのあたりから黒の声が聞こえた。

 朝っぱらから、彼女は僕を起こしに来てくれたのだろう。

 なんと健気な彼女であろうか。

 ほぼ毎日、恋人を起こしに来てくれる彼女など、そうはいないであろう、多分。

 そんな彼女がベッドの横まで近づいてきたというのに、僕は布団の中に潜り、うずくまっていた。

 眠いのだ。

「お…‥おはよう、くろ」

 とにかく、眠い。

 昨日は比較的早く寝たというのに、全身がだるい。

「ねえ、いつくん、起きないの?」

 じれったそうに彼女は言い、そして、僕にかけられていた毛布を強引に剥ぎ取った。

「まだ…‥眠いぃ」

 寝汗を腕で拭い、僕は欠伸をしながら彼女を見つめる―

 眼前の美少女、狗川黒は、僕の彼女であった。

 腰まで届くほどに伸びた、艶やかな黒髪。

 優しい視線を送ってくる、切れ長の瞳。

 少しだけ赤く染まっているシャープな顎のラインと、ぷりっとした唇。

 少し背が高いスタイル抜群のボディラインと、それを包む紺色のセーラー服。

 かなりのサイズがある、放漫な胸。

 上履きと、黒いストッキングを履いている、綺麗で細い脚。

 全身の黒い衣類とその表情から、どことなく、黒猫のような少女であった。

 特に、人間を達観したような視線で見ているその表情は本当に猫のようである、名前は狗川であるが。

 しかし、どこのパーツを見ても、完璧である、服屋のマネキンも形無しである。

 このまま、いい服を着せればファッション雑誌の表紙を飾れるのではないだろうか。

 うっとりするほど綺麗で、本当にかわいい娘である。

 僕が見とれていると、彼女は微笑をたたえながら、壁にかけられたアナログ時計を見つめた。

「ねえ、いつくん。まだ5時半だし…‥」

「朝、早っ!」

 どう考えても早起き過ぎるだろう、眠いわけだ。


「キス、しよ?」


 彼女はそう言って、小さくすぼめた唇を僕に突き出してくる。


「うん…‥ちゅっ」


 僕達は、その後2時間近くキスをしていた――



 ―2―



 あの戦いから、もう三週間が経過していた―


 鬼ヶ島千草生徒会長は、『大姦獄』と一つとなった僕に敗北した。

 その戦いはあまりに中2くさくて、あまりに圧倒的だったので、あまり回想したくない。

 でも、時間が経過した今も思う、やはり、鬼ヶ島千草という男は、以前の僕によく似ていたのだ。

 全てのものが、自分のためにあると思っている、自己中心的な性格。

 他人の不幸を望み、自分の幸せのためなら、いかなるものでも犠牲に出来る、ひたすらに邪悪な存在。

 かつての僕も、そういう存在だった。

 ただ、力がなかっただけで、僕も、彼のように、学校で好き勝手やっている連中を叩きのめしたい、と心の底から思っていたのだ。

 だが、今は違う。

 僕はもう、そんな気持ち、微塵もない。

 僕は変わったのだ、彼女のおかげで。

 

 狗川黒という、少女のおかげで― 



「…‥」



 朝食を済ませた僕は、先ほどまで彼女と交わっていたベッドの上に座り、自らの右腕に白くて真新しい包帯を巻いていた。

 黒は僕の横で気ま自分の黒髪をいじりながら、その様子をまじまじと見ている。

 彼女の切れ長の瞳にはさっきまでの明るさはなく、少し気まずそうであった。


「その手、よく…‥ならないの?」


 彼女が深刻そうに訊いて来るので、僕は苦笑してしまった。

 こんなこと、気にすることはないのに。

「あ、別に…‥僕は気にしてないよ」

 そう、これは仕方ないのだ。

 あの戦いの中で、僕と『大姦獄』は、完全に一つとなってしまった。

 そのお蔭で、僕は鬼ヶ島生徒会長を圧倒し、彼を謹慎処分にさせることができた。

 いや、彼は自ら、謹慎処分を申し出た。 

 何か、思うところがあったのだろうが、僕にはよく分からなかった。

 この両腕に巻いている白い包帯は、その力が暴走しないように制御している拘束具なのである。

 まあ、怪人の姿から戻れないと思っていたから、反動は少ない方だと思っているのだが、なんとなく自分のナリが生徒会の面子のようなデザインになっきているような気がした。

 これで顔を隠したら、確実に、完璧に旧生徒会メンバーのナリである。

「私のピンチに駆けつけてくれたいつくん…‥本当にヒーローみたいでかっこよかった」

 彼女は瞳をキラキラさせて、あの日のことを回想する。

 というか、駆けつけたときは気絶してたような気がするんだが。

 は、恥ずかしいな、おい。 

「生徒会をばっさばっさと倒してたくろもね」

 恥ずかしさ隠しで、以前から思っていた本音がポロリと口から出た。

 僕は眩しい日差しが差し込む窓際で、胸の中央部分を中心に赤い十字が描かれ、包帯の手入れがし易いように袖の部分がまくってある、黒い学ランを着た。

 学ランは、胸の中心から端にかけて、赤い十字が描かれており、威圧的な感じを醸し出している。

 これを着ると、完全に旧生徒会のような面子である。

 だが、見た目は、あまり関係ない。

 問題は中身だ。

 確かに、外見は大切かもしれないが、人間、大切なのは大体が中身だ。

 だから、今、僕が着ている服は華美であるが、気にしない。

「もう、使えないけど…‥まあ、別にいらないわ、あんな力なんて」

 そして、彼女は僕の部屋から出て行き、階段を降りていく。

 僕も、そんな彼女の後をついて行った。

「だって、いつくんが守ってくれるから」

 彼女が、僕の腕を掴んでにこりと笑う。

 あの頃、見ることができなかった満面の笑顔が、今、ここにはある。

 僕は、この笑顔を守っていきたいと、思った。

「うん、僕が君を守るよ、僕はくろの彼氏だから」

 そう、ずっと、ずっと守っていく。

 どんな時でも、僕は、君を守る。

 それが、狗川黒と、僕が交わした約束だから。

 僕は、君が好きだから。

「いつくん…‥」

 黒は、外て靴を履いて、ひたすら真っ直ぐに僕を見つめた。

 そして、まるで僕との身長差や、玄関の段差を埋めるかのように、ぴん、と爪先立ちをした―


「ありがとう、いつくん―」

 

 僕は、彼女と唇を重ねていた。

 彼女の爪先立ちが終わるまでの、短いキス。

 でも、僕達は、それで、どうしようもないほどに、満たされていた。

 まるで、欠けた月が、満ちていくような感覚。

 それを、僕は味わっていた―

「さて、行こうか」

 僕は、靴を履き、玄関の壁にかけられているマントを学ランの上に羽織る。

 表側が黒く、そして、内側が血のように黒味を帯びた黒いマントを靡かせ、僕は勢いよく玄関の外に出た――

「行きましょうか」 

 玄関を開けると、真っ直ぐな道が広がっていた。

 ここをただひたすらに歩いていくと、校門前の桜並木が右手に繋がっている。

 僕達は、ここを歩いて、学校に行く。

 春も終わり、蒸し暑い季節が近づいてくる。 

 夏休み前の地獄のようなアスファルトの通学路も、どんと来いだ。

 僕は、彼女と行くのだから―― 



「学校へ――」



 二人の声が、重なる。

 僕と彼女は、玄関から出て、眩しい日差しの中、青く晴れ渡った空を見上げる。

 黒は僕の隣で瞳をきらきらさせて、こちらを見つめた。

 僕は、顔をほころばせながら、一歩を踏み出す。

 そして、僕たちはゆっくりと歩き出した――



 互いの手を、繋ぎながら――




 おわり




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