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第20話 私がいつくんのカノジョになってあげる!


 ―1―



 狗川黒が連れ去られた。



 その事実を受け入れることが出来ない僕は、立ち尽くした。

「う…‥嘘だろ――」

 何かの悪い冗談だろ。

 きっとそうだ。

 こいつは、ふざけてやがるんだ。

 ふざけた組織のメンバーだから、ふざけやがっているのだ。

「いえ、センパイ方が来る丁度10分前くらいに…‥あの野郎、自分の目的を全部ばらして『ご苦労』とだけ言いやがりました」

 でも、こいつの顔はマジだ。

 本気で、黒は連れさらわれたのだ。

 くそ。

 どうにか、しなきゃ。

 僕は、彼女を助けなきゃ。

「あの――」

 知床寝床が、ふるふると体を震わせながら、僕に話しかけていた。

 舌打ちしながら、僕は彼を見つめた。

「なんだよ…‥」

 ボロボロのはずの知床が、ふらふらと立ち上がる。

 まるで、白いスプレーで塗ったカカシのようである。

 風が吹いたら、すぐ倒れそうなくらいに、不安定な直立をして、彼が僕に尋ねる。


「狗川黒が言ってたんスけど、学校で手を繋ぐことって、そんなに大切なんですか?」


 僕は彼の言葉の意味が分からず、苛苛としながら彼を睨みつける。

「…‥どういう意味だよ?」

 僕が言うと、知床は気まずそうに頭を掻きながら言葉を続けた。


「いやね、狗川黒に聞いたんですよ、なんでそこまで戦えるのかって。そしたら彼女、『手を繋ぐって約束したから』って答まして…‥まあ、その数十秒後にボクはぶっ飛ばされましたが――」


 約束。

 手を繋ぐ、約束。

 黒は、約束のために、戦っていたのか。

「約束――?」

 そんな約束、僕もしたような気がする。

 いや、気がするじゃなくて、確実にしていた―




 学校でも、手を繋いでくれる?



 うん!私は、いつくんのカノジョになるんだから!




 僕の脳裏に、少女と交わした約束が蘇る。

 だとすると、黒が、その約束の相手だったのか。

 狗川黒が、僕が幼い時に助けた少女なのか?!


 いや、違う。


 それは有り得ない。

 なぜなら、その少女は、今、僕の隣にいる猿白砂麦であるはずなのだ。

「嘘だ…‥僕が車に轢かれそうになったところを助けた女の子は、この猿白砂麦のハズだ」

 砂麦は、首を横に振った。

 ポニーテールにまとめた髪が、ふらふらと揺れる。

 ほら、そうだろう。

 砂麦が約束の女の子なのだ。


「え、違いまスよ?」


 って?!

 ええええええええええええええっ?!


「君は…‥僕がデストラグル能力で車から助けた女の子じゃなかったの?!」

 砂麦は顔と手をふるふると振り、違う、と焦り気味ではあるが、明確に示した。

「いえ、私は彼女に轢きそうな車に乗っていた方です。」

 僕は、唖然としていた。

 あまりに衝撃的な事実に、言葉が出なかった。

 そういえば、そうだった。

 少女を轢きそうになった車の中にも、少女がいた。

 幼かった僕と同じくらいの歳の、少女が乗っていた。

 その少女が、猿白砂麦だと言うのか―

「…‥」

 だとしたら、全ての辻褄が合う。


 昔…‥交通事故を起こしそうになった時、あなたに助けられたから――

 

 そう、砂麦は「起こしそうになった」と、言っていた。

 決して「轢かれそうになった」とは言っていない。

 砂麦のあの言葉は、そういう意味だったのだ。

「そ、そういうことだったのか…‥」

 僕は、呆然としながらも、あの時、あの状況が、脳裏に蘇っていくのを感じた。


 今、欠けた記憶が鮮明に蘇っていく――




 ―2―




 いぬくろちゃん。

 


 幼い頃の狗川黒のことを、僕はそう呼んでいた。

 彼女にそう呼べと言われたわけでなく、僕が勝手に、そう呼んでいた。

 

 そして、自分のことは『いつくん』と呼ばせていた。

 特に彼女がそうあだ名を付けたわけではなく、僕が考えたのだ。

 逸珂だから、呼びやすいように、いつくん。


 このエピソードだけでも、我ながら一方通行なコミュニケーションだったんだなあ、と痛感する。

 しかし、そんな一方通行の一方、彼女は、いぬくろちゃんは、母親から虐待を受けていたのだ。

 だから、幼稚園では浮いた存在だった。

 全てを客観視しているような、少し歪な少女だっのだ。

 

 彼女はある日、見通しの悪い道路の横断歩道から、左右を確認して飛び出したのだ。


 乗用車が横断歩道に迫るその刹那、偶然その場に居合わせた僕は『デストラグル能力』を初めて使い、彼女を助けた。

 僕は自らの力に恐怖しながらも、彼女に問いただした。

 なぜ、飛び出したのかを。

 すると、彼女の口から信じられない言葉が飛び出した――

 

「お母さんが、私がここで轢かれればお金になるからって…‥」


 少女はぐしゃぐしゃに泣きながら、そう言った。

「私は、必要ないからって――」

 そして、僕から逃げるために、走り出した―

「ちょっ!待っていぬくろちゃん!」

 走り出そうとした僕の手を、もう一人の少女が掴む。 

 車に乗った男性と、その娘も無事だったのだ。

 その時の車に乗った少女、猿白砂麦が、僕の手を掴み、拝み倒していた。


「ありがとございます!何か…‥お礼をさせてください!」


 車から出てきて礼を言ったのは、運転席にいた男ではなく、僕と同じくらいの歳の少女であったが、僕はそれどころじゃないので、早く、とにかく早くこの手をふり解きたかった。

 少女の髪は肩まで伸びており、フリルが沢山ついたワンピースを着ていた彼女は、どことなく生活水準の高そうな感じがした。

 僕は気が動転していたからよく分からなかったが、運転席の男も僕と同じく呆然としていたらしい。

 だから、この少女が、僕に何回も頭を下げていた。

 僕は、いぬくろちゃんを追いかけなきゃいけないのに。


「お礼なんていい!今は君と話してる暇はない!」


 だから、僕は彼女の手を振り払った。

「そ、そんな…‥お礼をさせてください!お父さんはあんなだし…‥連絡先だけでも!」

 その振り払った手を、彼女は両手で掴む。

「また会ったらな!今はそんな時間ないんだ!ほら、頭の傷が目印になるだろ!」

 僕は石がかすって出来た浅い傷が出来た頭を指差し、彼女の手を完全に振り切った。

「それ、前からじゃ見えないですよぉ!」

 距離をとり、走り出した僕を、彼女は追いかけようとする。

 しかし、僕の方が走るのが速く、彼女との距離はどんどん開いていった。


「じゃあ天井でも歩け!僕はもう行く!」


 急いでいた僕は、少し言葉が荒くなってしまった。

 それほどまでに、僕は焦っていたのだ。

「あっ…‥」

 そして、僕は彼女――猿白砂麦に捨て台詞を吐き、いぬくろちゃんを探して街中を走り回った。

 息が切れるまで走り回って、数十分後、僕はようやく彼女を見つけ出した――




 ―3―




 いぬくろちゃんは、街の外れの橋の下の河川敷にいた。


 全く手入れされていない河川敷は雑草が幼かった僕のお腹くらいに伸びており、足元は泥でぐちゃぐちゃだった。

 彼女の着ているTシャツと半ズボンも、水や泥で、かなり汚れていた。



「自分の価値なんて、他のひとに決められることじゃないよ…‥」



 僕ははぁはぁと息を切らしながらも、膝を抱えていたいぬくろちゃんに、そう言っていた。

「…‥いつくん」

 彼女は涙を流し続けていたようであった。

 目が少し充血しており、鼻水を必死にすすっていた。

「なんで…‥いつくんは私がいるの?」

 なぜ自分が必要なのか、彼女は分かっていなかった。

 幼い僕も、ようやくそこで理解した

 僕は、寂しかったのだ。

 彼女が、僕には必要だったのだ。

「君がいないと…‥僕はさびしいから」

 僕は、自分の気持ちを正直に言い、彼女を抱きしめた。

「僕は…‥いぬくろちゃんが好きだから」

 そう、僕にはいぬくろちゃんが必要だった。

 一緒にいてくれる存在が、僕には必要だったのだ。 


「でも、お母さんは、私がいらないって―」


 一番大切で、一番愛してくれるべき母親に価値を否定された彼女は、それでも自分の存在を無意味だという。

 そして、彼女は僕を真っ直ぐに見つめて、自分の体から引き剥がそうとする。

「それでも……僕は…‥」

 僕は、それでも、彼女を抱きしめていた。

 子供心に、このまま離したら、彼女がどこかに消えてしまうような気がして―


「それでも僕は、いぬくろちゃんにいてほしいんだ…‥そばにいて、ほしいんだ…‥」

 

 そう僕が言うと、いぬくろちゃんは、とても驚いて目を見開き、おとなしく僕に抱きしめられていた。

 そして、小さく震える声で、「ありがとう」とだけ言った。

 そしてその日、僕はいぬくろちゃんを連れて、警察に行った。

 次の日、彼女の母親は逮捕され、僕は悲しいけれど、安心していた。

 これで、彼女を傷つける人はいなくなった。



 幼かった僕は、彼女を守ることが出来たのだ― 



 ―4―



「ありがとう、いつくん…‥」 



 お別れの日、僕の家の玄関の前で、彼女はそう言って小さく頭を下げた。

 僕は、彼女の母を逮捕させてしまい、恨まれているかと思ったから、その行動が意外であった。

「ごめんね…‥僕のせいで」

 僕は、お礼に対して謝罪の言葉を口にしていた。

「ううん、いつくんのおかげで、今、生きてる。だから―」

 彼女は、僕とキスをしていた。

 小さな僕は、普段はおとなしい彼女だけに驚いた。


「いつか、同じ『がっこう』に行けるようになったら、私がいつくんのカノジョになってあげる!」


 そして、彼女は僕の手を握りながら宣言する。

 僕のために、彼女になってくれる、と。

 一緒の学校に、行く、と。


「いつくんが自慢できるくらい完璧なカノジョになって、私の全部をあげる!ずっと一緒にいてあげる!」


 そして、これからも頑張り続けることを。

 彼女がとんでもない逆境の中にいることは、幼い僕でも分かった。 

 だから、僕は彼女の約束が嬉しかった。

 彼女が前向きに生きていこうと思ってくれていることが、嬉しかった。

 この上なく、嬉しかった。


「じゃ、じゃあ、『がっこう』でも、手をつないでくれる?僕と、キスしてくれる?」


 そして僕は興奮し、勝手に色々な約束をとりつける。

 しかし、彼女は嫌な顔一つせず、うんうん、と頷く。


「うん!私は、いつくんのカノジョになるんだから!」


 そして、感極まった僕は、彼女に今、何かしてやれないか、幼いなりに考えた。

「じゃ、じゃあ…‥これ、あげる!」

「な、これ…‥いいの!?」

「うん!あげる…‥君だから、あげる!」

 僕はそう言って、ポケットから、リボンを取り出した。

 それは、幼稚園の制作の時間で作ったリボンであった。

 古い服を流用した赤い布で作られているそのリボンはチープなことこの上なかったが、彼女は喜んで、頭につけてくれた。


「それで、『がっこう』に行くようになったら、僕が守るから!いぬくろちゃんを絶対に守るから!」


 僕は、彼女を守りたいと思った。

 母に酷い仕打ちをされ、自分に価値がないとすら言った彼女を、守りたいと思ったのだ。

 僕と、一緒にいてくれた人だから。

 大切な、人だから。


「ありがとう、本当にありがとう…‥いつくん、らいしゅき!」

 

 そう言って、笑いながら、彼女は迎えの車へと走っていった。


「またね!いぬくろちゃーん!」


 僕は走り去る車に手を振りながら、泣いていた。

 後部座席で、彼女は泣きながらガラスに張り付いている。

 僕は嬉しいけど、寂しくて、泣いていた。

 そして、僕は、彼女と別れた――

 

 僕が助けたのは、二人の少女であった。





 それが、僕の欠けた記憶の真実だったのだ――





 つづく


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