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第19話 狗川黒は会長にさらわれました…‥

 


 ―1―


 昨日僕はここで彼女と鍋を囲み、酒を飲み、そして――


「っつ!!」

 僕は思わず、ベッドの中に顔を隠す。

 今、僕は裸の状態だった。

 そう、僕は昨日、ゲロを吐いてしまい、バナナでこけて倒れたのだ。


「先輩!おはようございまっス!」



「ゴセパ ザバギンバシグラ ゴ・ガドル・バザ!!」


 意味不明な叫び声をあげ、僕は赤面する。

 砂麦が僕の隣で眠っていたのだ。

「だ…‥大丈夫ですか先輩?」

 彼女は少し苦笑いをしながら、僕の顔を覗き込む。

 大丈夫か、大丈夫じゃないかでいったら――

「――大丈夫」

 僕は砂麦の頭を右手で支えたまま、彼女の唇に軽くキスをした。

「んっ…‥先輩、あったかいっス」

「ごめん砂麦、昨日、あんなカッコ悪くて…‥」

 僕が謝罪すると彼女はたはは、と笑い、ベッドから降りて立ち上がった。


「お酒入ってたし仕方ないっスよ!」


 やっぱり砂麦は怒らなかった、代わりに、太陽みたいに元気で屈託のない笑顔を僕に見せてくれた。

 あの状態の僕を受け入れてくれた彼女だ、些細なことでは幻滅しないんじゃないか。

 まあ、それに慣れては、男としてダメなんだろうけど。

「制服…‥大丈夫だったの?」

 確か僕、彼女が着ている制服のスカートの上に吐いた気がするんだけど。


「スカートだけ冬服のものを使ってまっス、昨日のやつはクリーニングに出しときました。大丈夫っス、大丈夫っス」


 はは、と笑いながら、ぴらぴらとスカートをめくってみせる砂麦。

 ポニーテールと豊満な二つのメロンが、ふさふさと揺れた。

 というか、僕はなんでそんな場所ばかり見ているのであろうか、発情期のウサギかよ。

「そ、そうなんだ…‥」

 手際がよい彼女に、僕は恐れ入っていた。

 この子は人のフォローをさせたら宇宙一なんじゃないだろうか、恐らく。


「制服と下着はそこに置いてあるんで、着替えたら下に来てくださいっス、朝食作ってあるんで、一緒に食べましょっス♪」


 まあ、なんということでしょう。

 彼女は僕よりよっぽど早く起きて制服をクリーニングに出し、代えの制服と朝食を用意してくれたというのです。

 なんと出来た彼女なんだろうか。

 リフォーム番組のビフォーアフターのナレーションもびっくりするくらいに、よく出来た少女である。

「…‥」

 砂麦が階段を使い一階に降りていく音が小気味よく響く。

 一人になった彼女の部屋の中で、僕は制服に着替えながら、気持ちの整理をしていた。


「そうだ…‥僕が童貞でもただの童貞ではない、あんなかわいい彼女がいるんだから。昨日までの僕じゃ、駄目だ」


 そうだ、こんなにもよく出来た彼女がいるのに、僕がこのままじゃ、釣り合わないじゃないか。

 砂麦は僕のために、数え切れないくらいのことをしてくれたのだ。

 だから、僕は、このままじゃ、いけないのだ。

 普通に生きている人間なら、この時点で具体的な目標を立てることが難しいと思う。

 ただ、僕の場合は明らかに違う。

 どうにもならなくて、昨日の僕が丸投げしていた、問題を解決しない限り、僕は彼女に釣り合う男にはなれない気がした。

 だから、僕は、やれるだけ、やってみようと思う。

 


 とりあえず、今、僕が一番最初に解決しなければいけない問題は――



 ―2―


 砂麦の家の一階のリビングに、僕たちはいた。

 床がフローリングとなっているリビングには、大きな液晶テレビとソファ、ジュークボックスがあり、彼女の家の生活水準の高さを感じさせる。

 そんな広い部屋の真ん中の床に座り、僕と砂麦と朝食をとっていた。

 


「砂麦、僕は黒と生徒会の闘争を、止めたいと思うんだ」



 僕はよく焼けた秋刀魚にポン酢をつけてもぐもぐと食べながら、決意を述べた。

 

 そう、僕は逃げないことを、決心したのだ。


 確かに、生徒会に怯えて、転校することだって、出来ないことではない。

 ただ、逃げたくないのだ。

 僕は、猿白の、そして黒の恋人として、恥ずかしくない行いをしていたいのだ。

 僕は、今までとは考えられないほどに前向きで、それでいて、色々と吹っ切れていた。

 悔いのない選択をしたいのだ。


 だから、これ以上悩むのはなしだ。 


 悩んだって、この問題は解決しない。

 自分の過去とか、そんなのは、逃げる理由にはならない。

 僕はもう、逃げない。

 それが、不器用な僕が表現出来る、彼女達への誠意だ。


「そうっスか!では、この猿白砂麦、どこまでも先輩について行きますよ!」


 砂麦はそう言い、ご飯をぱくぱくと頬張る。

 僕が吹っ切れたことが嬉しいのだろうか、彼女の笑顔には、一点の曇りもなかった。

 それほどまでに、僕を信じてくれている、ということなのだろうか。

 とにかく、そんな彼女は、とても心強かった。

 生徒会は未だに怖いけれど、彼女達がいれば、百人力だ。

 僕は、頑張れる気がした。

「あ、砂麦、しょうゆ取って」

「あ、はっいっス」

 それにしても、砂麦の料理は美味しい。

 シンプルな日本の料理ではあるが完成度が高く、家庭の味がする。

 僕も一通りのものは作れるが、彼女くらい美味しいものが作れるかといったら、ノーだ。

 今度、料理も教えてもらおうかな。

 出来れば、彼女は裸エプロンで。

 って、それじゃ、料理覚えられないか。


「っつ!砂麦!これチョコレートソース!!」


 僕は、卵焼きに思い切りチョコレートソースをかけてしまった。



 ―3―



 生徒会と黒の闘争を止める。  


 そんな一大決心をして、戦いを止めるために、どんなに苦難の道であっても話し合いで解決しよう、と思ったのに、その矢先であった。

 僕と砂麦は、家から飛び出し、学校に向かおうとしたのだが、扉を開けた瞬間、そこには、地獄絵図が広がっていたのだ。


「なんなんだ‥…一体」


 何が、起こったというのだ。

 砂麦の家の前の、民家に囲まれた小さな道路。

 そこには、僕たちが通う大帝都学園の三人の生徒が血まみれになり、倒れていた。

「な、なんなんスか…‥?」

 砂麦は瞳を見開き、驚きを隠せずに後ずさりする。

「ど、どうしたって言うんだ…‥こいつら」

 僕は思わず、スポーツバックを地面に落としてしまった。

 それほどまでに、衝撃的な光景が、目の前に広がっていたのだ。

 手前に倒れている、二人の生徒の顔(正確に言えば覆面であるが)には、見覚えがあった。

 二人とも、生徒会メンバー、しかも『四聖天』の人間であった。

「この人は…‥生徒会の人っスよね」

 うつ伏せになってぶっ倒れているのは、知床寝床。

 顔には、いつもの如く『仮死』と大きく草書体で縦に、そしてその下に横書きで『911』と書かれた紙が付いていたが、今日はその紙にも亀裂が入っており、見ようと思えばその素顔も覗けるとは思うのだが、パンドラの箱と。

 エヴァ量産機のようにニヤリと笑っている口元は、だらしなく半開きになり、血をだらだらと流している。

 色も、缶スプレーのグランプリホワイトを使い漂白剤で洗ったのか、と言うほどに白い肌や、対照的に黒い学ランはところどころに傷つき、茶色い砂をかぶっていた。

 目だった欠損はなかったが、片腕を失っていた時以上に、今の彼は虫の息であった。

 もしかして、本当に死んでいるのでは―と、僕は少し怖くなった。

「それでいて、この人は…‥あの時の」

 そして、その知床の横の豪快に倒れている小さい女子は、生徒会四聖天の一人、『神城褥』。

 セーラー服の上に羽織っている黄色いパーカーはボロボロに破れ、顔に被ったフードの前面を閉じている眼球を模したピンも、半分以上砕けていた。

 彼女の周囲には大小様々な触手の残骸が無数に転がっており、血なまぐさい臭いが鼻をつく。


「で、あちらは…‥どなたでしょうっスか?」


 砂麦が恐る恐る指差した、二人の背後に倒れていた少女だけは、僕は見たことがなかった。

 セーラー服のスカートがふくらはぎに届くほどに長いが、純白のその布は真っ赤な血で汚れていた。

 また、制服の腕部分にとりつけられた生徒会副会長という腕章は、真っ二つになり、全身傷だらけであった。

 黒くて長い髪をツインテールに結んでいるが、その髪により半分以上は隠れていた顔はまるで死んでいるかのように生気がない。

 どうやら、他の二人よりも傷が深く、昨日の知床のように、黒いマダラ状の模様をした液体が全身を覆っていた――



「そ、その人はボク達生徒会が誇る『四聖天』最強の少女、『コンプリート・オブ・エース』高町あねは先輩…‥です…‥」



 ぐへっ、と大量に吐血しながら、足元の知床寝床が顔を上げた。

 どうやら、起き上がることすらままならない深手を負ったらしく、触手の死骸を枕にごろんと寝転んだ。

「って…‥生きてたのか」

 あまりの惨状に、不死能力をもつ彼も流石に死んでしまったのかと、一瞬思ってしまった。

「とりあえず勝手に殺さないで下さい、一応生きてますよ。その二人も大丈夫でしょう、恐らく」

 知床はそう言いながら、首をきょろきょろと動かし、残る二人の生徒会メンバーの姿を確認して、「あ、やっぱ大丈夫」、と頷く。

「な、何があったんスか…‥これは」

 砂麦は、この惨状を前にして、ふるふると足を震わせ、僕の制服の端をつかむ。

 だが、それでも、彼女は僕の隣に立ち、真相を知ろうと、知床に問いかける。

 本当に肝の据わった少女である。



「ええとですね…‥僕達『四聖天』は鬼ヶ島会長の指示で、狗川黒を撃滅するために…‥ここを歩いていた彼女を強襲して…‥そりゃもう、絵にも描けないくらい凄まじい戦闘をしていたんですわ…‥」



 なぜ、こんな場所を、黒は通っていたのだろう。

 いや、この際、そんな事は大した問題ではない。

 生徒会の最強の四人(今は一人減ってしまったが)が総出で、黒を倒そうと戦ったのである、砂麦の家の前で。

 そこまで、彼女を倒したかったのか、この生徒会という組織は。

 全てのメンバーを犠牲にしてまで、一人の少女を、倒したかったのか。

 わからない。

 それでも、この三人を倒す黒の底の知れない力も理解できないが、それ以上に、なぜ、ここまで、生徒会が彼女を倒そうとするのか、理解出来なかった――


「なんでそこまでするかって…顔、してますよね、桃山センパイ」


 知床が、僕の顔を下から覗き込み、苦笑いする。

「あ、ああ…‥なんでだ、なんで黒をあそこまで―」

 気持ちが高ぶり、語気が少し強くなる。

 寝床は、枕にしていた触手の死骸をぶん投げ、小さく舌打ちした。

 ここまでボロボロにされていらいらしているのはなんとなく分かるが、これ以上街を散らかすな。


「ああ、酷いんすよ…‥生徒会長のヤツ、本当の狙いは狗川黒の『能力』だったんすよ…‥腹立たしいことなんですがね」


 僕は、少し驚いていた。 

 なぜ、彼は生徒会長に対し、苛立っているのか。

 生徒会は、一枚岩の組織ではなかったのか。

「どういう意味なんだ…‥黒の能力って…‥昨日言ってた『終局の漆黒

ブラックエンド

』か?」

 知床はボロボロの体をごろごろと動かし、苛苛を全身で表現していた、全力で。

 相当、彼は気が立っているのだろう。

「そうですわ、昨日『生徒会室(エンジェルガーデン)』で見た、ダークモノリス』があるじゃないですか」

 ああ、あったなそんなもん。

 エンジェルガーデンとは、某天空の城の庭を彷彿とさせる生徒会の活動拠点である。

 そして、『ダークモノリス』は、その庭の中心部にある巨大な石版。

 強大な悪魔『大姦獄(だいかんごく)』が封印されていて、その悪しき力で少しずつ人類に災厄をもたらすもの、と会長は言っていた。

 しかし、その『ダークモノリス』が、どうしたというのだ。

 この話に関係あんのかよ。


「会長は『終局の漆黒(ブラックエンド)』を使い、狗川黒を生贄にして『大姦獄』を完全に封印するつもりなんですわ…‥」


 僕は思わずしゃがみ、知床に掴みかかっていた。

 心の中で、何かがぷちん、と弾けたのを感じる。


「何が封印だ!生贄にされた黒はどうなる!お前達はルールを無視している生徒を粛清するのが目的じゃなかったのか!ふざ…‥けんな!」


 僕は、激しく知床を叱責した。

 ふざけるな。

 こいつらには、こいつらなりの正義があるから、ルールを破るものと戦っていたんじゃなかったのか。

 それがあるから、こいつらは、黒とここまで戦ったんじゃ、なかったのか。


「そんなにキレられても…‥つうか、ボク達だって…‥そう思って戦ってたんすよ。でも、この件に関して会長は最初から狗川黒の能力が目的だった。だから、ボク達には真相を隠して…‥唯一、最終目的を知っていた天秤計音委員長の口も封じた――」


 寝床は胸倉をつかんでいた僕の手を振り払い、力なくうつ伏せの状態になった。

「そんな…‥馬鹿なこと――」

 そうだったのか。

 こいつらは、生徒会長の言う正義を信じて、間違っているなりに、戦ったというのに。

 最初から、黒が転校してきた時から、もう既に会長は彼女の能力が目当てだったというのか。

 計音委員長が今そこでぶっ倒れている神城に粛清という名目で陵辱されたのも、その最終目的のため、だったのか。

 だから、あの時、計音は、理不尽そうな顔をしていたのか、黒を倒す目的通りに動いたのに、その指示を出した人間に裏切られて―

 でも、それはもう人のすることじゃない。

 人間のしていい、ことじゃない。

「そんなのって…‥ないっスよ!」

 僕の隣で、砂麦が震えながらも憤慨する。


「そこまで…‥やるのか、鬼ヶ島千草という男は―」


 僕は、もう怒りを通り越して、憎悪すると共に、半ば感心していた。

 そこまでやるのか、と。

 そこまでして、あの童貞生徒会長は、自分のやりたいことをやるのか、と。

 全てを犠牲にして、生徒会のメンバーにすら嘘をつき、そこまでして彼は学園の秩序を守りたいのか。

 いや、もうこれは、秩序を守るとか、そういう綺麗なもんじゃない。

 彼は、世界を自分の思うとおりにしたいだけなのだ、きっと。

 僕も童貞であったのなら、黒や砂麦と出会ってなかったのなら、その欲望はまだ理解出来たであろう。

 世界を自分の思い通りにしたい、あまりに幼稚で、独りよがりで、勝手で、残虐な欲望。

 その気持ちをもってしても、僕は具体的な行動は何もしてこなかったが、鬼ヶ島生徒会長は、違う。

 彼には、力がある。

 だからであろう、周囲の人間の価値などない、全て、自分のためにある、と思っているのだろう、本気で、心の底から。

「歪んでる…‥おかしいよ、そんなの…‥」

 僕は、過去の僕に対しての戒めの意味も込めて、小さく呟いた――

 


「そして、僕たちはそうとは知らずに三対一で何とか彼女と相打ちにまで持ち込みまして…‥満身創痍の狗川黒は会長にさらわれました…‥」


 僕は、一瞬、耳を疑った。

 僕の全身の血が凍ったような感覚に陥り、ただただ、僕は立ち尽くす。

 憎悪の感情が消え、一瞬、思考が完全に停止した。

 狗川黒は、こいつらを倒して、逃げていったんじゃんかったのか。

 理不尽な戦いでも、なんとか、凌いだんじゃなかったのか。

「なんだっ…‥て?」 

 僕は、耳が悪くなったのだろうか、それとも、聞き違いだろうか。



 狗川黒が、さらわれた。



 そう、うつ伏せになった彼が言った気がしたのだ――




 つづく



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