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第1話 私はあなたの彼女です。

 

 ―1―


 

 その日も、僕は死にたかった。


 朝起きて、顔を洗い、朝食を作って食べ、着替えて、洗濯をして、歯を磨いて、家を出る。

 勿論、かわいい義理の妹や、ヤンデレ気味のお節介な幼なじみなんてテンプレートな攻略対象など僕にはいないので、得に楽しいこともなく、一人で淡々と朝を過ごし、普通に登校し、学校で過ごし、一日の大半が無意義に終わる。

 フラグを立てようにも、相手がいない。

 いや、相手がいないのではない、自分自身のスペックが低すぎて、見合う相手がいないのだ。

 こんな性格であるから、女子と話をするのも億劫(おっくう)になり、それによりコミュニケーション能力も向上せず、故に女子と話せない無限ループの真っ最中。

 メビウスリングからドロップアウトできない、というのは、こういうことである。

 そこからの脱却は、例え隕石をはじき返した、かのサイコフレームが共鳴しても不可能であろう。

 そして、ベルトコンベアに乗せられたかのように、毎日の全てが流れ作業で過ぎていく。

 容姿は普通、いや、中の下くらい。

 身長は173センチで、髪型はギャルゲーの主人公調。

 今は学ランを着ているが、普段はジーンズにパーカーくらいしか着ない。

 趣味は特にないが、ゲームや音楽が好きだ、いつも家の中で熱中してる。

 唯一の自慢は、今まで、ルール通りに、真面目に生きてきたことだけだ。

 でも、そんなことは何の意味もない。

 要領よくやることはやって、見えない所で不正を働く奴らが、一番この世界を楽しんでいると思う。

 例えば不良。

 僕のクラスにもいるが、今は好き勝手にやっている奴らは、将来、彼女とサクサク子供を作って、働いて、幸せになりやがってくれる。

 例えば政治家。

 不正を働いても、ほぼ大丈夫。

 とかく、この世の中、真面目に生きている人間が、バカを見て笑われる。

 それを知ってもなお、ルールに従うしかない。

 ルールに従い生きていけば、他人の言うとおりにすれば、自分に責任を持たずにいきていける、と思っているチキン。

 童貞をこじらせ過ぎて、天使にもなれない、クラス変えの度に見下せる他人を探す最低最悪な人間。

 他人の不幸を聞きつけると、エヴァ量産期のように笑うことが出来る最悪人間。

 とかく、根暗で、真面目人間の皮を被った悪魔。

 童貞が四十を過ぎれば魔法使いになれるというが、そんな事態になったら僕はまずこの世界を片っ端から破壊しているであろう。

 そんなことばかり思考して生きているから、異性どころか、同性の友人すらいないのだ。


 しかし、仕方ない。


 仕方ないのだ。

 僕の責任ではない。

 ウギャーと生まれた頃から、僕を取り巻く状況は最悪であったが、それにしては自分はよくやっている方だ。

 僕が先生なら、自分自身に二重丸をくれているであろう。もちろん、成績はオール5をくれてやる。

 これがのび太くんなら、確実に小学生の頃に自殺しているぞ。

 だから、僕には責任はない。

 全ては親の、社会の、周囲の、ゆとり教育の、政権交代の、不況の、世界の、全宇宙の責任だ。

 そう思い、弱くて自分からは何もしない自分を正当化する、無責任艦長も真っ青なくらいに無責任で、無気力で、無頓着で、無意味に生きている男――



 それがこの僕、桃山逸珂(ももやま・いつか)である。



 都内の高校に通う二年の男子生徒。

 友達はいない、彼女なんて、いるはずない。

 今現在、春だが、別に関係ない。

 出会いの季節だが、それはモテる奴限定の話だ。



 多分、僕のような人間は、何度、輪廻転生を繰り返しても、こんな感じなんだろうなぁ―



「ふあぁ…‥超、眠い………‥」



 だから僕は朝だというのに死んだように机に突っ伏し、窓際の一番後ろの席からクラスを眺めていた。

 ホームルームが始まり、皆は席にしっかりついている。

 といっても、先生の話を聞いているのは、三割程度であるが。

 化粧を直す者、携帯でメールしている奴、隣とバカ騒ぎをしている輩、飯食ってる馬鹿。エトセトラ、エトセトラ…‥

「みんな、リア充ばっかだ…‥」

 死ねばいいのに。

 本当に、そう思った。

 掛け値なしに、僕は皆に対して、そう思っていた。

 まあ、そこで大量殺人を行わないのが、殺人鬼との違いであるが、とりあえず、リア充どもは脳内で4回づつ撲殺している。

 死と4をかけているのである、かかってないか…‥

「はぁーい!みんな!先生の話をきけー!!つうかそこ弁当食うなー!!そこはPSPやってんじゃなーい!!」

 教卓の前に高校生のような女が立ち、相変わらずまとまりのない皆をまとめようと、声を張り上げている。

 彼女は僕のクラスメイトではなく、れっきとした教師であった。

 彼女の名前は初鮫恋春(ういざめ・こはる)

 首に二重に巻いていても腰まで届くほどに長い金髪に、鮫のような鋭い歯、真ん丸い瞳が特徴的な幼い顔立ち。

 身長は僕より頭半分くらい小さく、華奢な体型をしている、今日は赤いスーツ姿である。 

 経歴不明で、ボロッちいアパートに一人で暮らしているらしい。

 可愛いのに、彼氏がいないのか。

「……‥」

 どれだけ可愛くても、彼氏がいなくても、僕には意味がない。

 彼女は、僕なんて、その鮫のように鋭い歯牙にもかけない。

 まあ、当たり前だけれど。

 だから僕は、初鮫先生は、嫌いじゃないけど、好きになれない。

 まあ、向こうもそうなんだろうけど。

「今日は転校生の女の子がいます、皆さん、仲良くして下さいね♪」

 先生の一言に、クラス中の男子共が騒ぎ出す。

 僕は、とても居心地が悪かった。

 うるさいなあ…‥

「先生ちゃんが転校生なんじゃねーの?」

 男子の一人が先生を茶化す。

「うっさいなぁー!!」

 先生も先生で、挑発に乗って気だるそうに叫ぶ。

 クラス中がドッと笑ったが、本当に、今の一言は面白かったか?

 僕は寝ぼけ眼をこする、もう眠りにつきたかった。

 ああ、今日も変わらない一日だ。


「先生、私、もう出てきていいですか?」


 意外だった、転校生も僕と同じ考えのようだ。

 閉ざされたクラスの前の入り口あたりから、凛とした声が聞こえた。

 よかった。 

 なんとなく、周囲を拒絶するような声色。

 空気を読まないタイミング。

 なんとなく、僕に似ているのだろうか、まあ、女だから、別に、仲良くなれないんだろうけど。 



「はい、では、ええと…‥狗川黒(いぬかわ・くろ)さん。よろしくお願いします」


 

 先生は真面目な声で仕切りなおしを図った、そこはさすが教師であり、サマになっている。

 しかし、それだけ聞いて、僕は瞳を閉じて、眠りにつこうとしていた。

 夢はいい、夢なのだから。

 何をしても自由だ、責任もとらなくていい。

 教室のドアが開く音が響き、クラスは、なぜか静寂に包まれる。

 そして、静かなクラスの中に上履きの足音、黒板の上をチョークが走る音が、順番に、小気味よく響いた――



「皆さんはじめまして。この通り、難しい狗って字に簡単な川、ちび黒サンボもしくは仮面ライダーブラックの黒で、狗川黒といいます」


 

 やはり凛とした、綺麗な声だった、少しハスキーな感じがするが、そこもまた、いい。

 しかし、ちびくろサンボとか、あんたいくつだ。

「仮面ライダークウガ世代ですが、一番好きな平成ライダーは龍騎です。好きな芸人はタイムマシーン三号、好きなお菓子はうまい棒です、あとの趣向は秘密です」

 な、なんかマニアックな人だな。

 確かに、僕も一番龍騎が好きだが。

 因みに、次点でブレイドである。

「以上、皆さん向けの挨拶は終わり、ですが――」

 結構、簡素な自己紹介だな。

 他人に理解してもらおうと自己アピールしないと、この学校はやっていけないぞ。

 美人なら男はそれでもいいんだが、女子にはぶられるときついぞ。

 まあ、関係ないけど。

 眠い。

 寝てしまおう。

 どうせ、彼女が美少女だろうが宇宙人だろうが、未来人だろうが、機械生命体だろうが何だろうが、僕には関係ない。

「――くん」

 容姿を確認するまでもない。


「逸珂くん!!」


 先ほどの凛とした声が叫んでいた、と、同時に、僕の脳天にチョークが直撃する。

 いきなりだったため僕は一気に覚醒し、思わず顔を上げた。

「いたあっ!?」

 空気のような存在でいたいから、感情的にならないようにしたいのに。

 あまりに理不尽過ぎて、僕は、思わず叫び、立ち上がった。

「何するんです―か!!危ないじゃ―」

 しかし、僕の言葉は尻切れになってしまう。

 目を奪われてしまった、というのは、このときのためにある言葉なのだろう。 


 あまりに、彼女が綺麗過ぎたのだ。


 チョークの軌道上にいた転校生は、想像以上の、いや、想像していなかったレベルの美少女であった。

 僕は周囲を確認した、やはり、このレベルの女はいなかった。

 腰まで届くほどに長い黒髪。

 挑発的な視線を送る、切れ長の瞳。

 少しだけ赤く染まっているシャープな顎のラインと、ぷりっとした唇。

 少し背が高いスタイル抜群のボディラインと、それを包む紺色のセーラー服。

 かなりのサイズがある、放漫な胸。

 上履きと、黒いストッキングを履いている、綺麗で細い脚。

 全身の黒い衣類とその表情から、どことなく、黒猫のような少女であった。

 特に、人間を達観したような視線で見ているその表情は本当に猫のようである、名前は狗川であるが。

 しかし、どこのパーツを見ても、完璧である、服屋のマネキンも形無しである。

 このまま、いい服を着せればファッション雑誌の表紙を飾れるのではないだろうか。

 クラスが静かになったのも頷ける、皆、彼女に見入っていたのだ―― 


「大好きなあなたを振り向かせたかったのよ。私のかわいい桃山逸珂クン」

 

 彼女は小悪魔のように微笑みながら右手を腰にあて、左手でこちらを指差し、僕の瞳を真っ直ぐに見つめて近づいてくる。

 綺麗だった。

 まるで吸い込まれそうなほどの、目力であった。

 ん?

 なんで、僕の名前知ってるんだ?

 ん?

 というか、今、、最初と最後に何て言った?


「私はあなたの恋人です。文字通り私の全部をあげるから、覚悟をしなさい。」


 立ち上がっていた僕の目の前に、彼女が接近した。

 気がふれて僕が手を出せば、その豊満なバストが余裕でつかめるくらいの至近距離、完全に他人ではない間合いである。

 僕は耳と目と脳を疑った。

「なっ…‥」

 言葉が出なかった。

 意味が分からなかった。

 転校生の美少女が、いきなり僕に告白をした。

 いつフラグが立った?


「ふふっ、やっぱり驚いているようね、嬉しいわ。でも、こんなのは序の口よ。あなたと私の桜色のスクールライフは今、始まったばかり。授業中、昼休み、放課後、登下校、どの時間も私と一緒にいられるのだから、まあ、楽しむことね。私も楽しみだわ、というか、今凄く楽しい。ゾクゾクするわ」

 

 彼女は頬を真っ赤に染め、身震いしながら、僕を見つめて言葉を紡いだ。

 僕はわなわなと震えて、ただただ彼女の言葉を聞いていた。

 一応、人違いの可能性も考慮し、周囲を見回した。 

 クラスは騒然としている、みんな瞳をおっぴろげて、口を半開きにして、のけぞっていた。

 失神している奴もいるみたいだが、さすがにそれはオーバーだろう、いや、そうでもないか。

 初鮫先生も、自分の金髪で首を絞めていた、どこのデスメタルですかあんたは。


 「ふふっ、以上、逸珂クン向けの自己紹介はあなたのお口の恋人、狗川黒が提供しました…‥」


 君はどこかのお菓子メーカーですか!!

 なんということだろうか。

 みんなの目の前で、ホームルーム中に告白されてしまった。

 意味不明。

 支離滅裂。

 とりあえず、僕は彼女に対してろくなリアクションがとれなかった。


「なっなんなの…‥」


 僕は、力なく呟いた。

 初めての感覚に驚きながらも、僕は思考を整理しようとしたが、やっぱり無理だった。

 腰が抜けたわけではないが脱力してしまい、ふらふらと机に座った。

 彼女はクラスの皆に一礼する、皆は、のけぞった格好のまま、小さく頷いた。

 そして、彼女はそのままの位置から、僕の隣の席の男子に「そこ、いいかしら?」とだけ訊き、そいつを移動させた。



「ってことで、これからよろしくたのむわね。逸珂クン♪」



 そして僕を含むクラス中の皆がほぼ固まっている中、いきなり告白し、驚くべき手際で僕の隣に座った少女、狗川黒(いぬかわ・くろ)は少し控えめに笑い、ウインクをした。

 ストイックな感じがしたけど、全然禁欲的じゃない!!

 欲望丸出しじゃないっすか!!

 いや、突っこむべきはそこじゃない、この際、そこには触れないでおこう。



 ってことでって、どういうことですか!!




 つづく




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