表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/24

第16話 だから先輩は我慢しなくて、いいんですよ?

 ―1―


 

 僕を取り巻く状況は、最悪であった。


 僕の彼女で転校先で優等生で能力者で美少女、狗川黒は生徒会と全面戦争をしていたのだ。


 しかも、僕に何も言わないで。

 生徒会長の話を全て鵜呑みにするほど馬鹿ではないが、計音と戦った次の日から彼女が僕を避けていた理由も、彼の言っていることで説明がつく。

 彼女は最初から、僕の『デストラグル能力』が目当てで、最終目的は生徒会室(という名の天空の城)の『セントモノリス』の力。

 信じたくないのに、黒は今日も僕の傍らにいてくれなかったから、信じそうになってしまっている弱い自分がいた。

 そんなはずはない。

 そんなことのために、僕に近づくわけがない。

 大体、僕がまだ、あの力を使えるとは限らない。

 使えないかもしれない。

 というか、万全に使えて、更に強力な力なら、この状況に陥った僕は生徒会と表立って敵対している。

 だから、違う。

 彼女は僕の力が目的ではない。

 そう、信じたかった――



「先輩、大丈夫だったっスか?!」



 ドアを開けて薄暗い廊下に戻ると、向かい側の窓際に猿白砂麦が立っていた。

 ずっと待っててくれたのだろうか、ハンカチをくしゃくしゃに握りしめて表情を曇らせていた彼女は、僕が無事であることを確認し、少し安心したようであった。

「さ、猿白か…‥」

 はあぁ、とため息をつき、僕はとっさに彼女と目を逸らす。

 今の僕にとって、彼女はまぶしすぎた。

 いや、元々、僕には不釣り合いなんだが。

「本当によかったっス…‥逸珂先輩、私を置いていっちゃうんスもん!しかもこのドア全然開かないし!」

 べしべし、と重力すら無視出来る筋力を誇る腕で、涙目の猿白は生徒会室の扉をぶん殴る。

 しかし、この校舎の真上にある天空の庭に繋がる生徒会室の赤い扉は、傷一つついていないようであった。

 頑丈すぎるだろう。

「先輩が、無事で…‥」

 猿白は口をへの字にして言葉を呑む。

 そして、赤くなった右手をさすりながら体を震わせ、潤んだ瞳で僕の顔を見つめた―


「でも、猿白…‥僕は…‥っ!?」


 僕はまた、彼女に抱きしめられていた。

 柔らかい胸に包まれ、前かがみに立ったままの状態の僕は視界を塞がれた。

「よかったっス…‥本当に…‥」

 猿白は、ぐぎゅうう、と音が出るくらいに、僕を強く抱きしめる。

 しかし、その柔らかさで、不思議と痛いという感覚はなく、ただひたすらに気持ちが良かった。


「先輩…‥大丈夫だから、もう怖くないから…‥」


 彼女がまた、らしくない口調で、僕に語りかける。

 まるで、無償の愛で包み込むような、優しい声。

 温かく、まふわふわとした感触に、やはり僕は窒息しそうになる。

 セーラー服と、汗と、フレグランスの香りがした。

 この前は、この抱擁でかなり癒されたものだ。

 しかし、今は―

「僕は…‥」

 しかし、今は前回と状況が違う。

 以前のようにはならない。

 僕はもう、選択肢すらない深い絶望の中にいるのだ。

 そう、僕は涙など流さない―


「な…‥なんでだよ――」

 

 そう、思っていたのに、僕は彼女の胸の中で、涙を堪えていた。

 また、この胸で泣くわけにはいかない。

 今の僕は最低すぎるから、そんなことはしてはいけない。

 でも反則じゃねえか、こんなの。 

 癒されるに決まっているだろ。

 気持ちいいに決まっているだろ。

 泣きたくなるに決まっているだろ。

 僕に足りない欠けた心を、彼女が埋めていくような感覚に、僕は包まれていた。

「僕は…‥なんでこんなに…‥無力なんだよ…‥」

 自分の意思を通すことも出来ず、彼女を助けることも出来ず、右往左往するだけの存在。

 そんな僕が、こんなことをしていていいんだろうか。

 こんなに、気持ちよくなっていいんだろうか。

「なんで…‥猿白は…‥僕のことを」

 そうだ。

 君は、なんでこんな僕を好きなんだろう。

 僕は、ルールに縛られた根暗、容姿は中の下か、下の上。

 君たちに会うまでは、なにもなかった男だ。

 黒や猿白に会って、初めて、幸せを感じることが出来たのに。


「昔…‥交通事故を起こしそうになった時、あなたに助けられたから――」


 彼女の言葉に、幼少の頃の記憶がフラッシュバックする。

 僕と仲のよかった少女に起こった、あの事故。

 僕が、デストラグル能力を発動させた唯一の出来事。

 僕は少女の名前も忘れ、事件自体の記憶も欠如していたのに、彼女は覚えていたのだ。

 その頃の面影ももうないだろうに、彼女は、分かっていたのだ――


「そうか…‥猿白、君が――」


 僕は、胸から脱出し、抱きしめられたまま、猿白の顔を見つめる。

 彼女は、瞳を潤ませて泣きそうであったが、必死に笑顔を作っていた。

 泣きそうな僕の前で、精一杯強がって、彼女は笑っていた。

 僕を包み込むために。

 僕を、不安にさせないために。

 彼女は、泣きそうな顔で、笑っていた。

「君が、僕が助けた女の子――」

 君、だったのか。

 幼稚園児だった僕が助けた少女は。

 それが、君が僕を好きな理由。

 それなら、全て説明はつく。

 僕はこの学校で、君に出会ったのではなく、再会を果たしたのか。


 なら―


 なら僕は、君の胸で今、泣いてもいいよね。

 僕は、もう限界だから。

 色々なことが起き過ぎて、でも、選択肢はなくて、自分が無力で最低過ぎるから。

 だから、もう、いいんだよね。

 僕は、また、泣いていいんだよね。

 なあ、猿白――


「だから先輩は我慢しなくて、いいんですよ?」


 人けのない放課後の廊下に、茜色の夕焼けが包み込む。

 そんな世界の片隅で、ちっぽけな僕は、一人の少女の胸に、自らの顔を埋

うず

めた。


 そして僕は、声をあげて泣いた――





 つづく



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ