第15話 私は童貞でね、君もだろう?
―1―
「最近になって起こった生徒会メンバー連続奇襲事件、あの犯人は狗川黒だ――」
会長の言葉に、僕は頭の中が真っ白になった。
そして、足が震えていた。
「そ、そんな…‥冗談ですよね?」
僕の脳裏に、生徒会四聖天、知床寝床の満身創痍の姿が浮かんだ。
黒いマダラ模様が出来て片腕が吹っ飛び、息も絶え絶えだった彼は、狗川黒に倒された、というのか―
「いや、彼女が見ていた」
会長がそう言うと、セーラー服の上に黄色いパーカーを着て、顔を眼球を模したピンにより完璧に閉じてあるフードで隠した少女、神城褥が一角獣に乗って現れた。
「…‥」
褥は無言のまま、僕の向かい側の椅子に座った。
「み…‥見間違いですよね?」
大体、この人前見えてんのか。
フードが顔を完全に隠しているし。
「…‥いいえ」
と、短く言うと、彼女の制服の裾から、芋虫のような小さな二匹の触手が這い出てきた。
その触手の先端には、眼球がついていた。
この触手が見ていた、ということなのだろう、恐らくは。
「な、なんで…‥黒は生徒会の人を襲っているんですか!?」
そうだ。
彼女と生徒会が戦う理由が見つけられない。
計音委員長に目をつけられたことへの腹いせか、にしては、生徒会全体を敵に回すなんて、大げさ過ぎる。
生徒会と戦うのだから目的があるはずだ、それはもう、大きな目的が――
「彼女は生徒会を壊滅させてここを占拠し、あの『セントモノリス』の力を手に入れようとしているのだ。だから、彼女はこの学校に転校してきたのだ。」
嘘だ。
彼女は、ここに転校してきたのは、僕がここにいるからじゃなかったのか。
家庭の事情で隣町から引っ越してきた、と黒は言っていたが、彼女ほどの完璧人間なら、もっといい高校があるはずだ。
黒が僕に好意を抱いているから、僕がここにいるから、彼女はわざわざここに転校してきたと、雑然と思っていた。
「彼女の狙いは君の『力』、だから君を守っているに過ぎない」
僕の希望を、会長の淡々とした言葉が打ち砕く。
「ち…‥僕に力なんて、ありませんよ。猿白とか、黒ならまだ分かりますけど」
そうだ。
彼女の僕に対する好意は本物だ。
でなければ、こんな何のとりえも無い少年に、あれほど躍起になるものか。
「『デストラグル能力』、あの草花から生まれた最初の人類に近い、清き体をもった選ばれたもののみが使える『力』」
会長は、右手を、雲がかかってしまった太陽にかざす。
すると、その掌から白い光が漏れ出し、太陽を隠した雲を打ち消した。
これが、生徒会長たる彼の力の断片だというのか―
「清き体って…‥」
会長はふん、と笑いながら僕を見つめた。
「私は童貞でね、君もだろう?」
得意げに言う会長。
おそらく、こんなに自信満々にそういうことを告白できる人も、世界中でこの人だけであろう。
というか、僕と違って、この容姿なら卒業のチャンスなんて腐るほどあったろうに。
この人はどこで間違ってしまったのだろう、まあ、あまり興味ないが。
「ま…‥まあ、はい」
そう。
僕は美少女二人に囲まれながらも、純潔を保ったままであった。
さすがは草食系。
いや、単にヘタレなだけであるが。
「ならば君は確実に能力者なのだ、思い出してみたまえ。今まで生きてきた中で、一回は使ったことがあるはずだ」
いやいや、ないない。
というか、なんで断言できるんだこの人は。
どんなに記憶を辿っても、僕はそんな中房みたいな能力、使った覚えがない。
「そんなわけ…‥」
会長の視線が僕に突き刺さる。
絶対的な自信に満ちた瞳に釘付けにされ、僕は動くことが出来なかった。
そして、その背後から緑色の光が差し込んでいく―
「ここでは『セントモノリス』の力で君の思い出す力も増幅されている。大丈夫だ、思い出せる」
セントモノリスが光り輝き、僕は、自分の体に違和感を感じ、頭を抱えて俯く。
それは、自らが忘れていた記憶を呼び起こすような、思い出す能力が増幅していくような、感覚であった。
これがあの石版の、進化を促す力ということなのだろうか。
「ぼ…‥僕は」
そして、僕は忘れられた記憶の断片を、思い出していった――
―2―
僕がまだ、幼稚園に通っていた頃。
同じ幼稚園に、一人の少女がいた。
名前は、もう覚えていない。
長い髪に、春夏秋冬問わずいつも長袖の服を着ており、下は長いズボンを履いている、活発的な格好の女の子であった。
しかし、服とは対照的に性格は大人しく、いつも僕の歩くあとをついてくる子であった。
ある日、その少女が一人で横断歩道を歩いていた時、一台の車がそこにつっ込んできた。
その時だ。
その時、僕は確かに使ったのだ、『デストラグル能力』を。
その力で、僕は彼女を宙に浮かせ、歩道まで移動させた。
そうだ、僕は使っていたのだ、異能の力を。
そして、その際、車が弾いた石が僕の頭の天辺を通過し、小さな傷が出来た。
なぜ、その女の子がそこを歩いていたのかまでは思い出せないが、確かに、僕は女の子を助けたのだ。
そして、女の子はいつの間にか、この街から消えていたのだ―
―3―
僕は、髪で隠れている小さな傷を触ってみた。
確かに、頭の天辺には、小さな傷があるようであった。
「まさか、あれが僕の能力?」
思い出した。
そうだ、僕は小さい頃、一人の少女を助けた。
名前は忘れてしまったが、その少女を助けた時に、物体を操る力を発揮している。
それが、僕の『デストラグル能力』だ。
「どうやら…‥思い出したようだね」
呆然としている僕を見て、会長が満足げに口元だけで笑う。
「え、ええ…‥どうやら、会長の言うとおりだったようです」
なぜ、会長は分かったのだろうか、僕は不気味に思ったが、この会長なら、何でもお見通しなのだろう、非常に嫌な感じではあるが。
「そうか、なら、君はその『力』を、どう使うね?」
会長は僕を見下ろしながら問いかける。
力もなにも、物体を動かすだけなんて、それだけじゃ、現状を変えられない。
もっと圧倒的な力さえあれば。
ひたすらに強大で、破壊力に満ちていて、このすかした顔をしやがる会長から全ての決定権を奪うくらいの力があれば、僕は今ここで使っている。
どう使うも、使いようが無いじゃないか。
何をやっても、無駄だ――
「狗川黒の力は絶大でね、能力名『終局の漆黒』。君も見ただろう?今日襲われた寝床は今も保健室で寝ている。彼女は『力』をそういう風に使うのだよ」
それはあんたも同じだろう。
力で人々の意見を封殺し、絶対者になろうとしている。
だから、今もその玉座に座り、僕を見下ろして語っているのだ。
まるで王のように、啓示のように、僕に語ることができるのは、その『力』を圧倒的な暴力に使っているからだ。
黒の気持ちも、分からないでもない。
「もうこちらは、寝床と褥、そして、君は見たことないが『高町くん』の『四聖天』の残りメンバーしかいなくなった。普通の武装した委員長達は皆、彼女の倒されてしまったのだよ」
凄まじい快進撃だな、黒。
しかし、このままでは、互いに潰れるだけだ。
彼女がどんなに強くても、あの四聖天とかいうアブノーマルな連中と、この会長が一気に攻めてきたら、君は負けてしまう。
巻けたら、どうなるかなんて、君は分かっているだろうに―
「そ、そんなバカな…‥そんなの…‥嘘だ!!」
しかし、僕にとって一番認めたくないことは、彼女が僕に近づいた理由だ。
会長の言うとおりに、僕の能力が黒の目的であるはずがない。
こんな能力くらい、他の人でも十分代えがきく。
だから、彼女にとって、僕でなければいけない理由があるはずなんだ。
きっと、僕でいけない、何かが――
「今日、試してみるといい。彼女を誘っても駄目だったら、あの女は自分と君の『デストラグル能力』喪失を恐れている、ということになる」
恐ろしく淡々と言う会長。
確かに、僕の能力が目的なら、自分の能力が惜しいなら、僕が誘っても彼女は拒むはずだ。
まあ、僕が彼女をそういう行為に誘えるほど甲斐性はないのだが。
しかし、会長の言っていることが確かならば、最近、僕との間に距離をおいている彼女の行動に説明がつく。
信じたくはないのだが―
「それと同時に、彼女にとって、君は手駒ということだ」
そんなことはない、と言いきれない自分が悔しかった。
「会長は――僕にどうしろと言うのです?」
そうだ。
なぜ、僕をここに呼んだのだ。
わざわざ、そんな事実を伝えるためだけに、僕を呼ぶほどこの人は暇じゃない。
何か他に理由があるはずだ。
この人にとって、圧倒的にことを有利に運ばせるような何かが―
「君に生徒会のメンバーに、そして『四聖天』の一人なって狗川黒の拘束に力を貸してほしい。そして、その後は学園秩序の回復に努めてほしいのだ――」
会長が、小さく頭を下げていた。
そんなに、こんなちっぽけな力が必要なのか。
「そ、そんな…‥僕が」
明確な答えを出さない僕に対し、会長は少しだけ眉をひそめる。
「生真面目な君はムカついていただろう?ルールを平気で破る輩に。私も、そういった人間のクズには憤慨している」
確かに、そうだ。
いや、そうだった。
僕はルールを平気で破る奴が、大嫌いだった。
それでいて、リア充な奴なんて、みんな死ねと思っていた。
そして、その調子こいたリア充を粛清してくれる生徒会を、心の底から正義の味方だと思っていたのだ。
しかし、それは、『だった』に過ぎない、過去形なのだ。
「だけど…‥僕は」
僕は、黒にからかわれるのが、楽しいと感じた。
猿白の胸に抱かれて、安心した。
ルールに縛られて完全に荒んだ僕の心を助けてくれた彼女達との関わり合いは、学校のルールからは外れている。
だが、僕は確かに、そのルールから少し外れた彼女達の行動に、助けられたのだ。
黒と、猿白と出会う前であったのなら、会長の誘いに即答しているであろう。
しかし、今は違う。
生徒会の崇高な理念に従いながら学園生活を送るのは、苦痛だ。
僕には、ルールよりも大切なものがある―
「君は騙されているんだ、あのルール破りの狗川黒に。君が協力してくれるなら、なんとかそんな彼女でも捕獲できるこもしれない、特別な便宜を図ろう」
だけれど、僕には今の現状を変える力はない。
だから、せめて彼女を助けるために、会長に助力した方がいいのではないか、という考えが頭をよぎる。
しかし、会長が特別な便宜など図るわけがない、ありえない。
状況は完璧なまでに八方塞りであった。
「このままでは、私が『本気』で戦わなければいけなくなる、そうなったら、彼女に未来はない――」
会長は玉座から立ち上がり、壇上から跳躍した。
「そ、そんな…‥」
そして彼は僕の傍らに立ち、ぽん、と肩を叩いて、僕を真っ直ぐに見下ろした。
「もう時間がない、なるべく早く、答えをくれ。そして覚えておいてくれ、我々、生徒会は君の味方だ」
相手に選択させるつもりなど微塵も感じさせない口ぶりで、会長は僕に言う。
「…‥」
強きものの言うことを聞き、自分よりも弱いものを見下す。
それが、十数年の人生の中で身につけた僕のなけなしの処世術である。
だから、本来ならば、生徒会長の言う通りにするのが、僕の選択肢なのだが。
「…‥明日には、答えを出しておきます」
僕は、そう答えていた。
あまり時間がない、というなら、明日でいい。
こんな気持ちのままでいたくない。
なら、明日が期限でいい。
「そうか。いい答えを期待しているよ」
会長が口元だけで笑う、もう、彼は僕を生徒会にいれたつもりなのだろう。
僕はその場から、駆け足で逃げ出していた。
不思議動物や、ロボット兵などにわき目も振らず、僕は地上の学校と繋がる扉へと、来た道を戻っていく―
「なんなんだよ…‥なんなんだよ、なんなんだよ、なんなんだよおぉぉ!!」
情けない声をあげて、僕は通路とフェンスの間にある、赤い扉につっ込んでいく。
もう、何が何だか、分からなかった。
黒は、僕が好きだから。
僕も黒を、好きだから。
黒に、好かれていると、今でも思っているから。
それなのに、なぜ、彼女を疑うような気持ちが、沸いてきているのだろうか。
もう、僕では、何も出来ない。
強い力を持った絶対的な存在、それこそ、あの石版に刻まれた悪魔のようなものよ、僕を救ってくれ―
「誰でもいい、誰か…‥僕を助けてよぉ!!」
叫びながら、ドアを開け、僕はその場から逃げ出した。
もう、二度と来たくはない、天国のような、地獄から――
つづく