第14話 犯人は狗川黒だ――
―1―
放課後のことであった。
僕は、会長に呼び出され、生徒会室にいた。
本当は、とてつもなく来たくなかったが、生徒会に歯向かい、学校の中で生きていくことは出来ない。
こうするしか、なかった。
だから、僕はここにる。
生徒会室に―
「ここは生徒会室…‥なのか?」
初めて入る生徒会の光景を前にして、僕は驚きを隠せなかった。
この大学園の秩序を守る武力集団、生徒会。
その活動拠点である、生徒会室は、僕が予想していたものとは、全く違う場所であった。
僕は、この学校の生徒会室は、武器が満載しただだっ広い部屋で、赤いじゅうたんが敷かれているプレジデントがいるような豪華でいて尚且つ威厳のある部屋であると、漠然と想像していた。
しかし、この部屋は僕の想像の斜め上をいっていた。
というか、部屋ではなかった。
上を向いたら、青空が広がっている。
僕の身長よりも高いフェンスの隙間から下を見たら、僕の住んでいる町が広がっていた。
「天空の城?というか…‥なんだ、ここは?」
生徒会室。
そこは、一言で言うと、空中庭園であった。
広さは、半径1キロ、といったところであろうか。
どうやら丸い形状をしているらしく、その中心には、互いに共鳴しているかのように緑色の光を放つ白い巨大な石版と、赤い光を放つ黒い巨大な石版が並び立ち、それを取り囲むように、地上では見たことの無いような形状の花が咲き誇っていた。
そして、その石版を中心に十字の形を描くように、床にタイルが張られて通路になっており、僕はその端に立っていた。
「なんか、動物いるし」
タイルが張ってある部分意外の場所は、草木が生え、馬や象などの動物達がそれを食べている。
というか、普通の動物に混じって、一角獣とか、ピカピカ光っている鳥とかいるんですけど。
クラゲみたいな生き物も浮いているし。
どこのファンタジー世界ですか、ここは。
「しかも、空気が美味い…‥」
すう、と深呼吸をすると、生気がみなぎるような感覚がした。
山頂のような、澄み切った空気だ。
「ていうか…‥著作権大丈夫かあれ」
案内もいないようであったので、僕は石版が立つ中央部分を目指してとりあえず歩いた。
その途中で、僕は草木の中を歩く全長3メートルくらいのロボットを見つけた。
茶色く丸みを帯びた形状で、蛇腹のような腕を持つそのロボットの動きは鈍重で、肩に小鳥達を乗せていた。
何度見ても、あのロボットにしか見えなかった。
もしかしてここは、新設されたジブリ美術館か!?
―2―
「やあ、桃山逸珂くん、こんにちは」
庭園の中央に近づくと、二つの石版のすぐ前に設置されている玉座に生徒会長が座っていて、不敵な笑みをもらした。
玉座は白い大理石で出来ており、背もたれの部分が恐ろしく大きく、美しい花々が纏わり付いた階段の上に設置されていて、自然な形で生徒会長は僕を見下ろしていた。
どこの大王様だよ、と。
生徒会長、鬼ヶ島千草
おにがしま・ちぐさ
。
肩まで伸びた黒い髪に、どことなく、聡明な狼のような印象を受ける顔。
そして、スマートで背が高く、僕と同じ形状の白い学ランを着てる。
その制服の肩の部分には『生徒会長』と豪快な字が書かれた腕章が付いて、腰のベルトには物干し竿のような日本刀が装着されており、胸にはいくつもの勲章が輝いていた。
というか、よく考えたらこの人も普通の制服着ていないではないか。
まあどうせ、生徒会の特権なんだろうけど。
「こんにちは生徒会長…‥ここが、生徒会室なんですか?」
僕は、生徒会に呼び出された不安よりも、ここの驚きの方が、若干勝っていた。
会長も不敵であるが笑っているし、即刻僕を死刑、ということはないであろう、恐らくは。
というか、そう信じたかった。
こんな天国みたいな場所から天国に行きたくない、二度手間ではないか。
「わざわざ来てもらってすまないね、桃山くん。ここが生徒会室だ、表に書いてあったろう?」
「た、確かにそうですけど…‥」
確かに、この部屋に入る前、何度も部屋の表札を確認したが、『生徒会室』としっかり書かれていた。
しかし、ドアの中に入ったら、ここにいきなり来たわけであるが。
ドラえもんの道具かよ、あのドアは―
「まあ、座りたまえ。何、緊張しなくても大丈夫だ、君をとって喰らうわけじゃない。ほら、座りたまえ」
「は、はい」
生徒会長に促され、僕は彼の玉座の前に設置されている白いテーブルに座った。
なるほど、そこまで過激な話をするわけではないのか、と、僕は少し安心した、ほんの少しであるが。
「我々は『聖なる空中庭園
エンジェルガーデン
』と呼んでいる。選ばれたものしか立つことを許されない、聖地だよ」
周囲を見渡し、生徒会長は至極真面目な顔で語り、得意げに笑う。
「…‥え、エンジェルガーデン」
厨二くさいネーミングだなあ、と言いそうになり、僕は口を塞いだ。
というか、この人たちの厨二くささは今に始まったことじゃない。
しかし、聖地、というのは、確かに、なんとなくではあるが納得出来た。
幻想的な動物や、見たことの無い草花には、それを信じさせるほどの説得力があったのだ。
「私の後ろに石版が二つ、あるだろう?」
振り向きもせず、会長は言う。
「え、ええ…‥」
僕は、4メートルほどの距離を置いて並び立っている巨大な石版を見上げた。
大きさは、縦10メートル、横は3メートル、といったところであろうか。
この生徒会室に来て、一番最初に目にとまったのが、この巨大な石版である。
「白い石版が『セントモノリス』、そこにあるだけで人類の進化を促すもので、中に天使が封印されている、と言われている」
緑色の光を放つ白い巨大な石版には、6つの翼を生やし、慈愛に満ちた微笑みをもらす天使が刻印されている。
天使の下には、その絶対的な存在を崇めているかのように手を挙げている人々が刻まれていた。
それはまるで、大いなる存在である天使が、様々な脅威から人々を救済しているかのような絵であった。
「そして、もう一つが『ダークモノリス』。あの中には強大な悪魔『大姦獄
だいかんごく
』が封印されていて、その悪しき力で少しずつ人類に災厄をもたらすのだ」
僕は、黒い石版に目を奪われた。
白い石版は、なにか、綺麗過ぎた。
慈愛の天使が人々を救済するという構図が、まず受け入れられない。
だって、そんなものがいるとしたら、今、こんな状況の僕を助けてくれるはずじゃないか。
それに比べて、黒い石版はシンプルであった。
全てを破壊するほどの『力』を、僕はそこから感じた。
石版には、その『大姦獄』とおぼしき悪魔が刻印されている。
羊のような角をもち、剣道の防具のような殻につつまれた顔とそこから覗く鋭い眼光。
そして、ドラゴンのような翼を生やし、刺々しい皮膚に覆われた、人型の体。
その下には、人々が恐怖におびえているかのように手を挙げて刻印されていた。
不謹慎かもしれないが、僕はどちらかというとこの絵の方が好きだ。
「そ、そうなんですか…‥な、なんでそんなもんが、ここに」
まるでカルメ焼きのようにスケールが大きくなっていく話を、僕はどうにか理解しようと勤めた。
大丈夫だ、まだ中二くさいだけだ、まだ理解できる。
「かつて、天使がに地球に降り立ったとき、選ばれた『人間』という種をあの花から作ったのだ。あの『セントモノリス』はその力の源なのだ」
なんか話がすごい方向へ行っているな。
確かに、あんな綺麗な花なら、人々が生まれてきても、おかしくはないな。
地上ではありえないほどに大きいし。
「そして、悪魔は人間と天使が暮らすこの庭園を襲った。人間が自分達の権威を脅かす存在と考えたのだ。天使は自らの力を全て使い、悪魔を封印し、人々を地上に下ろしたたのだ――」
ああ、なら、その時、人間を滅ぼしてくれれば、今、こんなに僕は苦しまなかったのに。
ということは天使は力を使い果たし、白い石版の中に自らを封印したのか。
ううむ、なんとも香ばしい設定だろうか。
この生徒会室が空中庭園でなく、普通の部屋であったなら、絶対に、全く信じていなかったであろう。
「私は生徒会長になったとき、『デストラグル能力』でこの庭園と繋がる次元断層をようやく作ることが出来たのだ――」
ただ、ここがあまりにファンタジーな世界なので、なんとなく、説得力があった。
あ、今僕の足元を天使の翼が生えたウサギが通っていった―
「おっとすまない脱線してしまった、用件の方が気になるだろう?逸珂くん」
謝罪の言葉を口にしているのに、鬼ヶ島会長の口元は笑っていた。
この人は、自分をどれだけ偉い人だと思っているのだろうか。
恐らくは、自分を神かなんかだと思っているに違いない。
だから、先ほどのような話を恥ずかしげもなく言えるのだ。
「え、ええ…‥はい。僕、学校のルール、破ってないですよね?」
そんな野郎に、こんなに低姿勢な自分がいるのを、あまり認めたくなかった。
強者に媚びへつらい生きていかなければいけないというのか、それが、弱い僕の唯一の道なのか。
なにか「そうだよ」と、石版の天使に言われたようで、意味もなくむかついた。
「ああ、君はルールを破っていない―。彼女と違ってね――」
会長の表情が少し曇る。
その言葉と表情で、僕は確信した。
会長の狙いは――
「黒のこと…‥ですか?」
僕の言葉に、会長は深く頷く。
「随分と親しいようだね。彼女は好きかい?」
「はぐらかさないで下さい…‥」
会長は深刻そうな表情で、僕に問いかける。
黒は好きだ、そう言いたかったが、今はその事が関係あるのだろうか。
僕は、彼女がなぜ、生徒会に目をつけられているか、知りたかった。
前回の計音委員長との戦いの発端は、委員長の個人的な感情だったのではないか。
だからこそ、計音委員長は粛清されたんじゃなかったのか。
「では、単刀直入に言おう――」
こほん、と咳払いし、玉座から身を乗り出す生徒会長。
僕は、思い切り息をのんだ――
「最近になって起こった生徒会メンバー連続奇襲事件、あの犯人は狗川黒だ――」
会長の言葉に、僕は頭の中が真っ白になった―
つづく