表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/24

第12話 やってしまった…‥


 

 ―1―



 黒が転校してきてから、三日目の朝。

 朝日が差し込むステンレスのベッドの上で、僕は自己嫌悪に陥っていた。

 なんてことを、してしまったのだ。


「やって…‥しまった」


 そう、僕はやってしまったのだ。

 ついに、やってしまったのだ。

 初めての、ことであった。

 例え彼女が僕を愛してくれているとしても、許されたことでは、ないだろう。

 自己嫌悪に胸がいっぱいになりながらも、シャワーを浴び、下半身を念入りに洗う。

 まだ宙に浮いたような、フワフワとしたあの独自の感覚が体に残っていた―




 抜いてしまった。




 彼女を、オカズにしてしまったのだ。

 しかも、かなりマニアックなシチュエーションで、僕はトランス状態になっていた。

 その証拠に、昨日の11:25分以降の記憶が断片化しているのだ。

 朝食を終えて自分の部屋へもう一度戻り、僕は周囲を見回して回想する。

 が、やはり、よく覚えていない。


「これはひどぅい…‥」


 ティッシュが、部屋の隅のゴミ箱の周囲に転がっていた。

 大方、投げ入れようとしたのであろう、愚か者め。

 もう、彼女を直視出来ない。

 申し訳なさ過ぎる。

 自分は下劣で、知的生命体の誇りのかけらもないことを、ようやく自覚出来た。

 酷い、ひど過ぎる。

「…‥くっ」

 だが、今日も登校しなければならない。

 どれだけ、現実が厳しかろうと学生は学校に行かなければいけないのだ。

 例え、絶対正義を掲げる生徒会が待っていようと。

 仕方ないのだ、行くしかないのだ。

 それが、今、何も出来ない自分に出来る、唯一のことなのだから――



 ―2―



「黒、どうしたんだ…‥」


 僕は、一人で登校し、自分のクラスの教室へとたどり着いた。

 黒とは、通学路で鉢合わせにならなかった。

 まあ、昨日は彼女が五色米を使い、僕の家まで来たから、一緒に登校出来たのだが、今日はそうでなかった、ということだ。

 よくよく考えてみると、黒との間に、毎日一緒に登校する、という取り決めはない。

 だから、あまり気にする必要はない、と思ってはいるのだが、どうしても気になっている自分がいた。

 黒は、彼女ではないのに。

 僕にはもったいない、女の子なのに。

 それなのに、僕は、一緒に登校できないだけで、ここまで、考えてしまうのか。

 小さい男だ。

 いや、男なのか?

 一応、さっきトイレで用を足しているときに股間を確認したから、大丈夫だとは思うが。

 

「あ、黒、先に来てたんだ…‥」 


 黒は、机に突っ伏して寝ていた。

 すうすう、と寝息をかきながら、僕の机の方を向いて眠っていた。

 やっぱり、こういう姿を見ると、黒猫のようである。

「はふぅ…‥逸珂くん…‥」

 黒の寝言を聞き、僕は昨日の夜の出来事を再び思い出してしまった。

 罪悪感が、胸をチクチクと刺激する。

 僕は、自分のしでかしたことの大きさを、改めて感じた。 

「先輩、おはようございまっス!!」

 黒に対して小さく頭を下げる僕の後ろで、どたん、と勢いよく席につく音が響く。

「さ、猿白かッ?!」

 僕は振り返り、その姿を確認する。

 声の主は、猿白砂麦であった。

 僕より頭半分ほど低い身長で、豊満で、尚且つ弾力性と包容力のあるバスト。

 そして、ポニーテールにまとめられ肩甲骨のあたりまで伸びた緑色の髪。

 すっと通った鼻に、丸い瞳、少し幼い顔立ちの彼女は、今日も笑っていた。


「はい!!MG1/100スケール猿白砂麦っス!!」


 いや、君プラモじゃないから!!

「じ、自分のクラスにいきなよ…‥猿白」

 というか、まだこの席あったのか。

 昨日から、ずっとこのクラスにあるぞ、一番後ろの席のはずの、僕の机の背後の机。

 そう、猿白砂麦の机が、まだ、そこにはあった。

 

「いえ、私のクラス、元々、ここでっスもん」 


 な、そうだったのか!?

 僕は、唖然としてしまった。

「隣のA組の生徒って言ってなかった!?」

 確かに言っていたはずだ。

 忘れもしない、彼女と出会ったとき、そう言われたのだ。

 何より、猿白と出会うまで、僕はこのクラスで彼女を見たことがない。

 

「あれは、主な生息地がA組って意味っス。先輩がいるから、元のBクラスに戻ってきたっス」


 漫画なら、思い切りずっこけていたであろう。

 僕はそれほどまでのオーバーリアクションはしなかった。

 しかし、本当に出席日数は大丈夫なんだろうか。

 成績も本人曰く、低空飛行らしいし―

 しかし、黒ほどではないが、猿白も、謎が多い。 

 出自というより、言動や思考が謎である。

 昨日みたいに、優しく抱擁してくれる、意外(といったら失礼だろうけど)な一面も、あるし。

 あれは、よかったなぁ―

「うっ」

 また、僕は思い出してしまった。

 昨日の、夜の出来事を。

 眼前の猿白を、僕はまじまじと見つめてしまった。

 心臓が、早く脈打つのを感じた。

 これは、非常にまずい。

「ん?んんーっ?」

 僕の顔を、猿白が不思議そうにのぞき込む。

 やめろ、やめてくれ。

 近い、顔が近いよ。

「先輩、何か赤いっスよ?保健室、行きます?」

 桃色の吐息が思い切り顔面にかかる。

 やばい。

「い、いい!!だ…‥大丈夫だ」

 僕はカチカチになりながら、猿白と目を逸らし、前を向いて壁にかけられた時計を確認する。

 もうすぐ、ホームルームの時間だ。

 そうだ、いちゃついている時間じゃないのだ、桃山逸珂よ。

「そうっスか。なら、よかったス」

 後ろで、満足げに猿白が言い、の僕のほっぺたを後ろからつまむ。

 やめなさいって。


「はーい!みんなホームルームよー!!席につきやがれー!!」


 教員であり、僕らのクラスの担任である初鮫恋春先生が、勢いよくドアを開け、息を切らせながら教室に入ってきた。

 僕は一瞬、美少女の新キャラかと思ったが、やっぱり僕らの先生であった。

 首に二重に巻いていても腰まで届くほどに長い金髪に、鮫のような鋭い歯、真ん丸い瞳が特徴的な幼い顔立ち。

 身長は僕より頭半分くらい小さい、本当に高校生のようである。

 今日は白いスーツ姿である。 

「せんせー!!昨日もゲームして夜更かしして遅刻寸前ですかー!?」

 男子生徒の一人が、手を上げて先生をからかい、クラスの中がどっと、笑いに包まれる。

「ん…‥んなわけ、あるかー!!」

 先生は確実に動揺していた。

 これは、していたな。

 確実に、していたな。


 ん?


 していた?

 夜にしていた。

 また、思い出してしまった。

 僕も、夜にしていたのだ―

 

「ちゅーか、今日は一年生の生徒会役員の人から連絡があるみたいです!では、先生は一限目の用意をしてきます、以上!!」

 

 先生はそう言うと、皆の反応を見る前に教室から飛び出していった。

 逃げ足が早い!!

 相変わらず、生徒会の権力には弱い!!

 正義感は強いけれど、揉め事とかが嫌い。

 まあ、大人は、そういうものなんだろうけれど。

 しかし、生徒会のメンバーがこのクラスに来るなんて。

 何の、用であろうか――


「おはようございます…‥先輩方、眠いですね、苦しいですね。死にたいですねぇ」


 と、気だるそうに言いながら、彼は教室の中に入ってきた。

 と、同時に、全員が静まり返り、後ろの猿白が僕のほっぺたを離した。

 一応、男女間の接触は禁止されているので、猿白も空気を読んだのだろう、偉い。

 しかし、クラス内が静か過ぎる。

 生徒会に目をつけられないように黙っている、というのは、いつものことである。

 しかし、今、クラス内はこれまでにないくらいに、深い静寂につつまれていた。

 ただ、僕の横の狗川の寝息が、よく聞こえてきたが。


「あ、ボクは『生徒会四聖天』が一人。1年A組、知床寝床

しれとこ・ねどこ

です…‥どうも」

 

 皆が押し黙ったのは、彼の格好が、異様だったからだ。

 肩まで伸びた黒い髪。

 顔には、『仮死』と大きく草書体で縦に、そしてその下に横書きで『911』と書かれた紙が付いており、エヴァ量産機のように、ニヤリと笑っている口元だけが見えた。

 そして、ひょろ長で、まるでゴボウのような体型をしており、猫背で、ふらふらと立っている。

 色も、缶スプレーのグランプリホワイトを使い漂白剤で洗ったのか、と言うほどに白く、言葉からも生気を感じられなかった。

 アレキサンダー大王とか、呂布とかの死体を掘り出したほうが、よっぽど生き生きとしているのではないだろうか。

 その二つの死体が土葬されているかどうかは、別として。 

 僕もクラスの連中と同じく、言葉が出なかった。

 昨日の出来事を、思い出していたのだ。

 生徒会四聖天の一人、天秤計音委員長と黒の心理戦。

 そして、生徒会長鬼ヶ島千草

おにがしま・ちぐさ

と、四聖天神城褥

かみぐすく・しとね

による粛清。

 その全てがショッキングだったのだが、猿白のおかげで、なんとか、学校に来ることが出来ている。

 よかった、彼女がいて。

「彼が四聖天の一人…‥」

 僕は、小さく呟く。

 生徒会四聖天。

 彼が、あの計音委員長や、触手女の神城褥

かみぐすく・しとね

と同じ、生徒会で会長の次に大きな権力を持っている、この学校の実質的なナンバー2。

 というか、こいつらみんな制服ちゃんと着ろよ。

 パーカーとか…‥服装がちゃんとしているの、計音委員長だけじゃないか。


「今日は連絡事項がありましてぇ、先輩方のクラスに来ました…‥計音先輩は、昨日不祥事起こしてしまいまして、謹慎中なんでぇ」


 寝床は、まるで先輩を先輩とも思わないような、いかにも面倒くさくて仕方ない、といった口調で語る。

 学校側の計音委員長への対応を、僕は初めて知った。

 先生達は、基本的に学校の治安は生徒会に全部任せなので、面倒が起きた生徒は、基本的に謹慎か休学なのだが、彼女は前者だったのか。



「で、連絡なんですけど、今朝、一年生の生徒会役員のメンバーが一人、登校中の生徒を取り締まろうとした所、何者かにより襲撃され、病院送りにされましたぁ」



 彼の言葉に、静まり返っていたクラス内が、流石にざわめき出した。

 そりゃそうだ、僕も驚いている。

 生徒会役員が、やられた?

 ありえない。

「先輩、生徒会って確か…‥」

 後ろから、猿白が身を乗り出して僕に耳打ちする。

「ああ、銃器でしっかり武装している…‥ハズだ。一年の時に見た」

 あまり思い出したくない記憶なので、薄れかかっているが、一学年3クラスのこの学校の合計9人のクラス委員長(生徒会メンバー)は、皆、武装している。

 だから、やられるはずはないのだ。

 彼らは学校の『秩序』と『正義』の象徴なのだから。

 誰なんだ一体、襲った奴って―

「幸い命に別状はなかったんで安心して下さい。でも、物騒ですよねぇ、怖い怖い」

 まるで他人事のように言うので、何となく鼻についた。

 でも、命に別状がなくてよかった。

 流石に人死にがあっちゃ、たまったもんじゃない。

 しかし、そんなことを、誰がしたというのだろうか――


「生徒会はこの襲撃してきた犯人を捜しています。心当たりのある人は、生徒会のメンバーに言って下さい。因みに言ってくれた人の身の安全は生徒会が保障します」


 首を思い切り、後ろに傾けながら、寝床は言う。

 そして、教壇から降りて教室の窓に足をかけた。

 な、危な―


「以上が連絡事項です、では、みなさん、さようなら」

 

 そして、彼は窓から飛び降りた。

 ここは、二階である。

 皆が戦慄し、女子は叫び、数人が気絶した―


「なっ?!…‥なんなんだよ!!」


 僕は窓の外を見下ろすが、彼は無事であった。

 いや、脚以外の間接のいたるところが折れているようであったが、彼は砂を被りながら校舎の前の花壇に立っていた。

 ありえないことであるが、あれが、彼の『デストラグル能力』なのであろう、恐らくは。

 不死能力、か―


「皆さん安心して下さーい!!やっぱり死ねませんでしたぁー!!あーあ、死にたーい!!」


 先ほどまでとは違い、寝床は元気そうに叫ぶ。

 そして彼は両腕をぷらぷらとさせながら、首を元の位置に戻して笑った。 

 怖い、スプラッタ映画のようである。

 女子がまた数人、気絶した。

 誰が、保健室に連れて行くというのだ。

 おい、責任者戻って来い。


「先輩方ぁぁ!!ボクを殺せる生徒募集中でーす!!」


 生徒会のメンバーの中でも、こいつは特に常軌を逸していやがる、と、感じた。

 自殺願望の塊なのか。

「しかし――生徒会メンバーを襲うなんて…‥誰なんだ」

 なんなんだ、何が起きているんだ。

 生徒会はこの大帝都学園の絶対の権力、それが揺らぐことは、ない。

 その運命に抗おうとする奴が、いるというのか。

 一年の時に、彼らの『力』は嫌というほど、僕らに示されたというのに。

 だから、僕達は逆らう気力すら、ないというのに。

 一体、誰なんだ――


「重力に逆らえないなんて、不憫なやつっスね」


 僕の後ろで、猿白が呟く。

 あのね猿白さん、人間は九割がた、そんなもんなのよ――


―2―


「今日は、大体平和だったな…‥」


 深夜、僕はベッドの上で眠りにつこうとしていた――

 常軌を逸している生徒会のメンバーがホームルーム中に現れたものの、今日は以外に、特に何も起こらなかった。

 平和だ。

 そして、一日が過ぎていった。

 ただ、狗川黒は授業中は寝ているし、昼休みはどこかへ消えてしまうし、放課後はまたバイトが入ったらしくすぐに帰ってしまい、僕は少し物足りなさを感じていた。

 まあ、猿白が一緒にいてくれたから、淋しくはなかったが.

「猿白砂麦か…‥」

 ごろん、と寝返りをうち、僕は間接が許す限りにダンゴ虫のように丸まった。

 彼女は、なんで天井を歩けるのだろうか、本当に、筋力で重力に打ち勝っているのか。

 父子家庭なんだろうか、母は、いないんだろうか。

 そして、僕と出会うまで、なぜ隣のクラスにいたのだろうか。

 謎は尽きない。

 まあ、黒ほどではないのだが。

 いや、その謎は、まあ、後々分かればいい。

 一番、知りたいのは、なぜ、僕なんかを好きでいてくれるのだろうか、ということだけだ。

 それが分からないから、少し不安になるのだ。


「さて……‥今日は早く寝よう――」


 僕は、瞳を閉じて、羊を数え始めた。

 変な気分になってムラムラする前に、寝てしまおう。

 彼女達を想うと、どうしても、そっちの方向にも妄想が膨らんでしまう。

 僕は健全な男子高校生なのだ、無理も無い。

 早く、羊を数えて寝るのだ、自分。

「寝ろ、自分…‥」

 人間には、唾棄すべき欠陥がある。

 ゴリラだってネズミだって、そんなジレンマは感じないのに。

 なぜ、一人でエンジンをふかしているんだ。

 我慢せねばならん。

 今、僕は試されているのだ。

「何時だろ…‥」

 僕は携帯を開いた――



 この夜、僕がどうなったのかは、僕自身よく覚えていない。

 と、いうことにしておいた。



 つづく


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ