表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/34

耳取り芳一

 陰音と陽音。

 俺はそう呼んでいる。


 俺には、物心ついた時から不思議な力が備わっていた。気が付いたのは結構早い。幼稚園の時だ。悪口が聞こえたんだ――。


「ヨシくんは気持ち悪い」「来たら逃げよう」


 そんな内容だったと思う。幼い俺を怖がらせたのは、その友達が目の前どころか遠く離れた場所にいたことだった。


 あの日、俺は高熱で幼稚園を休んでいた。なのに、まるで耳元でささやかれているように、その会話がはっきりと聞こえてきた。


 驚いて子ども部屋を見渡した。枕元には母さんにねだって買ってもらったマレーグマの縫いぐるみがいるだけだった。大袈裟に長い舌を出した表情がひょうきんで気に入っていたのに、急に俺を嘲笑っているかのように見えた。


 気のせいだ――。熱にうなされて嫌な夢を見ただけだ。そう思って身体を横にしかけた、その瞬間だった。


『死んじゃえばいいのに――』


 そう聞こえた。間違えなく、そう聞こえた。あれはタカシくんの声だった。


『きゃははははははは!!!』


 あの声はリサちゃんだ。やめて、やめて、やめて、やめて――。耳を塞いで布団にくるまった。


 翌日、嘘のように熱が下がって登園すると、ほどなく園長先生が言った。


「タカシくんとリサちゃんはしばらくお休みします」


 保護者に残るよう小声で伝えているのがわかった。幼いなりに――いや、言葉の意味が理解できないほど、その空気には敏感になる。これはただ事ではない――そう直感した。


 昨日はあんなに元気に自分の悪口を言っていたのに、何があったんだ。いや、あれは夢か――。そんなことを考えながら、ぼんやり中庭の滑り台を眺めていた。


 何日後か、正確には覚えていない。タカシくんが久しぶりに園に戻ってきた。しんっとなったことだけは良く覚えている。誰も彼に話しかけようとはしない。いや、みんな恐怖と、話しかけて良いものか? そんな問いを小さな脳が処理し切れず、茫然としていた。


 ――タカシくんには耳がなかった。


 あの場の誰より戦慄していたのは俺だ。自分のせいだ、そう思った。それはぼんやりした子どもの想像ではなく、事実だとわかっていた。


 あの日、自分の悪口を聞いたあの日、俺は布団で妙な体験をしていた。きつく目を閉じた時、暗がりの中に『耳』を見たんだ。耳だけがぼーっとそこにあった。


 無意識に手を伸ばした。自分に向けられる悪意を聞きたくないという思いが、目の前の耳を塞ぎたいという衝動に直結した。生ぬるい耳に触れた。その瞬間、それは腐ったようにどろりと溶けて、その場からなくなってしまった――。


 何度か続けざまに現れる耳に触れているうちに、周囲は真っ暗になった。夢だと思っていた。


 タカシくんが耳介を失った原因を聞いた時は、良く理解できなかった。俺が幼かったせいだけではない。


 凍傷――。


『トウショウって何?』


 恐る恐る聞いた俺に、母は答えた。


「体の一部が冷たくなり過ぎて、血が通わなくなって、その部分が死んじゃうことよ。タカシくんはかわいそうだったわね……」


 その顔も明らかに動揺していた。


 その月は八月だった。しかもタカシくんは園の砂場で、一瞬にして『耳だけ』凍傷になり病院に運ばれたという。到着した時には壊死が進んでおり、手の施しようがなかったそうだ。


 その後リサちゃんに会うことはなかった。引っ越したのだろうか?

 リサちゃんは――どうなったんだ?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ