モンスターバード
「ちょっと……何、その顔? せっかくよっしーの分も買ってきてあげたのに」
目の前に、見たことのないデザインのコーヒーショップのカップが置かれていた。
「これは……?」
「ドードーだって」
「ドードー……?」
聞いたことがあるような、ないような。
「新しくできたオーガニックカフェ、売り上げの一部を絶滅危惧種の保護のために使うんだって。それで、カップとか、店内の壁紙とかも、関連したデザインなの。ドードーも絶滅した鳥ね」
イヤ美が溜息をつきながら言った。
「よっしー早退する? 終業まで一時間半だし、バイト代にもそんなに響かないでしょ?」
こんな小娘に時給の心配をされている自分が情けない。
「いえ……。十八時から社長と面談があるので――。あ、コーヒー代払います。おいくらでした?」
頼んでもないコーヒーの料金を払うのは正直気が進まなかったが、こういう洒落た店のはバカ高かったりする。黙っておごられるわけにはいかない。
「あ、お金いらないよ。オープン記念で社員証みせたら三つまで無料だったから。あ、よっしー知らない? あのカフェ、うちの会社の新規事業なんだよ」
「あ、そうなんですか」
そう答えながらも、違和感が拭えない。
バイオサイエンスの会社がカフェ? そうなるとこの豆も遺伝子操作されたものとかなのか? 俺はそもそも生物はおろか、理系ですらないので知らないが。
その時――社長がオフィスに現れた。
多忙な社長は、滅多にオフィスに顔を出さないと聞いていた。
社員全員が立ち上がって、笑顔で礼をする。
……気持ち悪い。この時のためように取っておいたような笑顔も、あんなに電話がなっていても聞こえないふりが出来るのに、社長の気配にはこれほど敏感なことも。
社長がパワハラを絵に描いたような、威圧的な人物なら、まだ少しは理解できる。
しかし、社長は穏やかで小柄な初老の男だ。
今も、立ち上がった社員たちに微笑み「いつもご苦労様です」なんて言っている。
一人、ぼんやり席から立ち上がらずにいた俺に、社長がゆっくりと歩みよってきた。
「少し、時間が早すぎたかな?」
我に返り、慌てて姿勢を正して答えた。
「いえ、大丈夫です。ぼんやりしていて申し訳ありません。ちょっと考え事をしていて――」
「いやいや、わたしの方こそ無理に時間を作ってもらってすまなかった。わたしの部屋に行こう。おや、それは『モンスターバード』のコーヒーじゃないか。嬉しいな、早速試してくれているのか。飲みかけならそれも持ってきなさい」
社長が満面の笑みで言う。
このコーヒーショップは『モンスターバード』というのか。エナジードリンクを置いてそうな名前じゃないか。第一俺が買ってきたわけじゃ……と思いイヤ美を見たが、いつになく真剣な顔でパソコンを覗き込んでいた。……仕事をしているフリか。
飲みかけのコーヒーを持って、先に歩き出した社長の後に続いた。




