植物学者A
一瞬、トモくんが戻ってきたかと思ったが、その手の大きさと力強さで、すぐに違うとわかった。
「……だ、誰だ」
大きな男が立っていた。柔道なんかをやっていそうな、逞しい身体に似合わない中性的な顔立ちだ。瞳が灰色っぽく見えるが、外国人か?
「誰だっていいだろ」
ぶっきらぼうにソイツは答えた。
「……どうして、ここに?」
「あんた、意外と鈍いな。こっちはずっとあんた達を見ていたのに」
確かに最近、誰かの気配を感じることがあったが、気のせいだと思っていた。――いや、嫌な予感がして、気のせいと思い込もうとしていた。
「なぜ、わたし達を……?」
質問ばかりのわたしに嫌気がさしそうなものだが、男は真っ直ぐわたしを見据えて言った。
「あんた達の探している鳥――アレは危ない」
「なんだって!! あなたもあの鳥を追ってきたのか? もう見つけたのか?」
興奮のあまり、男の両腕に掴みかかっていた。
「落ち着けよ。とにかく、あんたのお友達が助けを呼びに行ったんだろ? 救助の船で一緒に帰ろうぜ」
そうですね、なんて言えない。わたしがどれほど、あの異能を喰う鳥に会うことを夢見ていたかなんて、この男にわかるわけがない。
「林に火を放ったのは、俺だ」
キーンと耳の中で音がした。こいつ――今、なんて言った?
「どうして……」
混乱のあまり、それを口にするのが精一杯だった。
「お前、聞いてなかったのか? あの鳥は危険なんだ」
そう言う男の瞳は、夜の海のように暗く透き通っていた。
嘘を言っているようには見えない――。
ああ、ここに噂で聞いた『耳取り芳一』がいたなら。
わたしでは尋問は意味を成さない。
「おい、大丈夫か? 顔色が悪いぞ。いいか、俺は植物学者なんだ。この島には偽ミリオンバンブーの研究で来た。なんの後ろ盾もない個人だから、許可がなかなか降りなくて、地元の人間に金を渡して、ボートに乗せてもらったんだ。そして、あの鳥を知った――」
「会ったのか? 異能を喰う鳥、ビリオンバードに!」
なんてことだ。こんな異能の持ち主でも何でもなさそうな、普通の人間の前に現れて、わたしとトモくんには会いに来てくれないなんて。
「ああ、会った。アレは、世界を滅ぼす。とにかく、逃げた先で話すから、今は俺の言うことを聞いてくれ」
「――ごめん。わたしは――わたしとトモくんは――あなたとは事情が違う」
自分から掴みかかった男の手を振り払って、わたしは林へと全力で駆けた。百メートルほどで、その入り口だ。
「おい、待てよ! 俺も行く! ひょろひょろしたあんた一人じゃムリだ」
なんと、名無しの植物学者――仮に植物学者Aとしよう――彼がついて来るではないか。
舗装はおろか、膝まで伸びた草だらけの足元。
よろめきながら進むわたしと違い、植物学者Aは浮いているように軽やかだ。
もしかして、わたしが気が付かないだけで、この男も異能の持ち主だったのか?
林の前に来た。緑の炎が揺らめいている。
「なんて綺麗なんだ……」
語彙が全部吹っ飛んだ。それほど、目の前の荒ぶる炎は圧倒的な『美』だった。
これに焼かれるなら、ビリーバーに会えなかったとしても本望だ。
荒ぶる緑の宝石――その中に一歩、足を踏み入れた。




