緑の炎
それから五分後、わたしたちは偽ミリオンバンブーの林に向けて東屋を後にした。
当時の自分の軽率さが恨めしい。
重たいパソコンを東屋の木の椅子に置きっぱなしにしてしまったんだ。ここら辺は、ヨシカズくんには敢えて隠していた話だ。
カメラと観察ノートだけは必要なのでリュックに入れ、保存と管理用のパソコンは東屋に置いていくのは、この島に来てから珍しいことではなかった。
ここに来て三ヶ月近くになるが、一度も知らない人に出会ったことはない。防犯意識なんて、そよ風と共にどこかに飛んでいっていた。
あの晩もそうだった――。
天気予報もマメに確認していたが、にわか雨の予報すらなかったので、すっかり気が緩んでいた。
なんなら、今夜こそはビリーバーに会えるかもしれない――そんな淡い期待すら持っていた。
「ああ……今夜はなんだか特別きれいに見える……。何故だろう? 季節の変わり目だからかな?」
遠くに見えてきた偽ミリオンバンブーの林を見て、トモくんが呟いた。
「確かに――いつもと違って見えるな」
わたしの心に、言葉にできない不安が広がった。
木々の色がいつもより鮮やかなグリーンに見えることもあるが、さっきから誰かの気配を感じる――。
わたしたちのものでも、獣のものでもない。
それは林の中にいる。偽ミリオンバンブーの木々の中に身を潜めている。
「トモくん、嫌な予感がする。急ごう」
言い終わる前に走り出していた。
「え?」
理解できていないようだが、トモくんもわたしに合わせて足取りを早めた。
どんどん近づく、偽ミリオンバンブーの林。
スフェーンのように繊細に色を変えて光っていた木々が、今、緑色の炎のように見える。
間違いない――これは森林火災だ。
「トモくん、火事だ。市に連絡を!」
「火事? あれが? やっくん、正気かい?」
トモくんが疑うのも仕方ない。わたしだってあんなものは初めて見る。しかし、この近づくほどに顔に当たる熱――これは炎だ。
「わかった――急いで管理人小屋へ戻ろう……って、やっくん?」
その場に立ちすくんでしまったわたしに、トモくんが心配そうに声をかけた。
「ごめん――わたしはここに残る。もしかしたら、あの鳥が出てくるかもしれない。もし見つけたら足止めをしておくから、君は電話をしたら、また戻ってきてくれ」
「うん……」
トモくんがまだぐずぐずしている。
「何してるんだ! 早くしないと偽ミリオンバンブーが燃え尽きてしまうぞ!」
トモくんに向かって声を荒げたのは、後にも先にもあの時だけだ。
「やっくん……無茶をしちゃだめだからね」
そんなトモくんの声を聞いた気がする。
彼の足音が遠くなると、わたしは改めて偽ミリオンバンブーの林と向き合った。
燃えるような緑の木々なら見たことがある。しかし――葉のように燃える炎を見るのは初めてだ。
だめだ――ここからじゃ。
今さっきトモくんに注意されたばかりなのに、足がフラリと林の方へ向かって動いた。
顔にヴェールのようにかかっていた熱さが、一歩進むごとに確かな熱波になる。
比喩ではなく、緑の炎――。
その揺らめきに、憑りつかれたように身体が引き寄せられる。
あれが爆ぜる音を聞きたい。焦げる匂いを嗅ぎたい。
「待て!!」
誰かに背後から肩を掴まれた。




