東屋の夕べ
「思ったよりちゃんとした小屋だ」
管理人室に入って、最初に口を開いたのはヨシカズくんだ。
「綺麗にしていてくれてたんだな……トモくん……ありがとう……」
懐かしい事務机に触れながら、そうこぼした。
わたしの残していった文具までそのままだ。
「まあね。ちょくちょく来て、掃除をしてたから」
六畳ほどのフローリングの部屋が二つ並んでいる。ドアが取り付けられていないので、行き来は自由だ。
狭い台所と、トイレ、シャワールームもある。
玄関――というか、靴脱ぎ場に近い方を仕事場兼わたしの寝室、その隣をトモくんが使っていた。
「じゃあ、まあ、椅子もなくて申し訳ないけど、そこらに直に座ってよ。僕は紅茶をいれるから――」
もちろん、わたしとトモくん用の椅子はあったが、客人用の準備などない。
ここにある備品だって、ほとんどは市役所の倉庫に使われずに眠っていたものを譲り受けたものだ。
わたしもヨシカズくんと一緒に、フローリングの床に腰を下ろした。
手をついても埃っぽさは全くない。トモくんに改めて感謝だ。
部屋から見える台所で、コップにペットボトルの紅茶を注ぐトモくん。ずっとわたしたちのお気に入りの飲料メーカーのものだ。
「さあ、どうぞ。これからの話は喉が渇くかもしれないから、ボトルはここに置いておくよ。あとはセルフで頼む」
そう言って、トモくんも床に座った。
殺風景な部屋の中央に、大人の男三人が輪を作った形だ。
「じゃあ、話そうか――あの日のことを……」
あれは八月の下旬だ。
この地方の秋はあっという間にやってくる。それに続く冬もね。
夕方――十六時頃だったかな、わたしはこの管理小屋から、さらに東の方に十分ほど歩いた東屋へと出かけた。
トモくんはその時、台所で夕飯の支度をしていた。
「今晩はシチューにしたよ。と、言ってもレトルトだけどね。支度が終わったら、僕も東屋へ行くよ」
朝晩、すっかり冷え込むようになってきていた。
トモくんの料理は全部美味しい。レトルトとか関係なしに。
「うん、待ってるよ」
そう微笑んで、管理小屋のドアを閉めた。
太陽が、瑞々しいブラッドオレンジの切り口のように反射する海に、しばし心を奪われていた。
大人四人が集まったとしても余裕のある、開放的な東屋。
そこに贅沢に一人腰掛け、世界とつながる海を眺める幸福。
わたしはこの時間が何より好きだった。
だから、トモくんはいつも、わざと少し遅れてきてくれる。
「さ……少し進めようか」
そう誰にともなく呟くと、わたしはリュックからノートパソコンを取り出した。当時のそれは今よりずっと重くて大きかったけど、外で仕事をできるようになったのは、わたしにとって素晴らしい革新だった。
当時、書いていたのはレポートというよりも、小説に近いものだった。
わたしが興味を持っていたのは、偽ミリオンバンブーではなく、それを食料にしている鳥、ビリーバーの方だ。
ビリーバーのことは人に聞いただけで、未だ実物を目にしてはいない。
存在の痕跡すら見つけられていなかった。
何の根拠もない話――。
仕方ないので、存在が確認されている偽ミリオンバンブーの写真やスケッチ、外的特徴、生態記録といった本物のデータに、わたしの聞いている鳥の情報を合わせたものを書いていた。
『伝説では――』とか『地元を知る人の話では――』とか、それっぽくだ。
それを読んだ人から、さらなる情報が得られたら良いと考えていた。自分も鳥に異能を食べてもらったことがある――なんて名乗り出てくれたら最高だ。
少しの間、夢中になって画面に向かっていた。
夏の終わりの夕方にだけ吹く、煌めきを含んだ風に頬を撫でられ、ふと我に返ったのは一時間後くらいだろうか。
「やっくん、執筆は進んでるかい?」
東屋のそばにトモくんが立っていた。
トモくんの正体は風なんじゃないだろうか、そんなバカげたことを思った。
「ああ、つい熱中していたよ。やっぱりここは集中できるな」
照れ隠しに、海の方へ視線をやった。
トモくんは気が付いていないかもしれない――いや、絶対に気が付いてないが、彼は美しい。
たまにじっと見られると、その目に映る自分の顔がのっぺらぼうに見えて息苦しくなった。
わたしの場合は本当にのっぺらぼうなのだが、同じような気持ちになる人は少なからずいるはずだ。
子どもの頃、彼にわたし以外の友人がいなかったのも、そのせいだろう。
さりげなく、前髪を伸ばすことを勧めたのはわたしだし、眼鏡は勝手に近視になってかけるようになってくれたおかげで、今はだいぶましになった。
「もうすぐ、偽ミリオンバンブーが光りだすね」
そうだ、陽が落ちる頃、あの木は光りだす。
「やっくんの区切りの良いところで、林に向かおう」




