死んだはずの人
「どこですか?」
ヨシカズくんが声を潜める。明るかった海に、急に雲の影が落ちた。
「あ、あそこだ! 僕たちがさっきまでいた崖下! 岩の影に隠れてしまった!」
トモくんは動揺を隠そうともしない。
「誰です? どんな人物ですか? 俺たちを追ってきたんでしょうか? それともトモくんさん以外にも、この島を訪れる市の職員がいるんですか?」
まるで尋問のようなヨシカズくんの質問に答えず、トモくんがゆっくりわたしの方を振り返った。
「あれは――植物学者だ」
「そんな……まさか……」
指で自分の顔をなぞる――。
この顔こそが、植物学者のものだ。あの日、死んだはずの人間――。
「すいません、ちょっと良くわからなくなってきた」
困惑しているヨシカズくんに、簡略的に説明をした。
中性的な容姿の混血の外国人、彼こそわたしが顔を奪った植物学者。そして、あの火事の夜、死んだ。だから、ここに現れるはずはない。
何故ならその顔をわたしが奪い、今、表の顔として利用しているのだから。
「では、その人の兄弟とか、顔のよく似た人物という可能性は?」
ヨシカズくんの問いはもっともだ。
「そこだよ。トモくん、君ははっきり顔を見たのかい?」
ぶんぶんと頭ごと横に振って、トモくんが言う。
「そこまでちゃんとは見てない。でも、間違いないよ。僕はあの日からずっと彼のことを思い出さない日はないんだ」
深刻なトモくんに、意外なほど柔らかい笑顔を向けたのは、わたしではなくヨシカズくんだった。
「大丈夫ですよ。錯覚じゃないですか? あなたの罪悪感や、この場所、いろんな条件がそろって、ありもしないものを見せたんだ」
あまりに自然な言いっぷりに、トモくんだけではなく、わたしもすっかりその言葉を信じてしまう。彼にはろくろ舌の力もあるのではないだろうか。
「そうかな……」
「そうですよ。こんなテンプレシチュエーション、何度もドラマで見たことがある。さ、早く管理人小屋に案内してください」
まだ背後を気にしながら、トモくんがそろりと歩き出した。
わたしも非常に気になったが、ここで自分まで動揺しては、ヨシカズくんに示しがつかない。
何気ない調子で、懐かしい道を歩き始めた。
崖から少し進むと、鬱蒼と木々が生い茂る林に入る。
夏でもひんやりとしたこの場所。わたしのお気に入りの一つだった。
木の偉大さを思い出させてくれる場所だ。
狂暴なほどに降り注ぐ太陽の光も、バラバラと叩きつける雨からも守ってくれる。
わたしの数少ない、本当のわたしでいられる場所――。
「この木が偽ミリオンバンブーですか?」
ヨシカズくんがそう思うのも無理はない。
「いや、偽ミリオンバンブーはこんな立派な木じゃないよ」
「え?」
「後で一緒に行ってもらうけれど、偽ミリオンバンブーはもっとこう――弱々しい木なんだ」
敢えて『繊細な』とは言わなかった。あれは弱い木なんだ――。
わたしのように。ずっと自分と重ね合わせて見ていた。
「そうですか――」
ヨシカズくんはそれ以上なにも聞かなかった。




