わかったら終わり
「ねえ、ちゃんと手も動かしてよ」
ミカミさんに言われて、我に返った。背中にじんわり汗が滲んで気持ち悪い。
人に注意するだけはある。ミカミさんは息継ぎをしているのか心配になるほどの速度で話を聞かせてくれたのに、その間も、普段と何ら変わらないスピードで事務処理をしていた。
「すみません……今朝の電話を思い出して――それに、今の話だと『アレ』はこれから、毎日かかってくるってことですよね……? それも、俺しか電話に出ない時間を見計らって……」
既に、入社二週目の今なら即日辞めても大丈夫だろうか、次の仕事が決まるまで生活することは可能だろうかと、忙しく思考していた。
「辞めるなんて言わないわよね」
カタカタとキーボードを打つ手を止めて、ミカミさんが俺の顔を覗き込んだ。
「え……」
まさに今考えていましたとは言えず、絶句する。
「大丈夫よ~! だってミーコちゃんは『わかっちゃった』からいけなかったのよ。わからなければ大丈夫ってことじゃない」
力強く言うミカミさんだが、そんなことは可能なのか?
ミーコちゃんだって自分から調べたりは……そうだ――。
「ミカミさん、俺、今朝電話を受けたあと、着信履歴を確認したんですよ。何かの手がかりになると思って。でも――」
「履歴は残ってなかったんでしょ」
重たい声で遮られた。ミカミさんのものとは思えない――。
もしかして、ミーコちゃんも俺と同じことを言っていたのか?
「ヨシカズさん、何も調べない方が良い。あんな電話、適当に返事をして、切ってしまえばそれで良い。それがあなたのためよ」
その日、ミカミさんの勤務終了時間まで、あの電話がかかってくることはなかった。
時刻は十六時半。派遣さんが全員退勤した、ここからが勝負だ。
こうなると、もう仕事はうわの空だ。
「よっしーどうしたの? ぼーっとしてる」
電話を眺めていた俺に声をかけてきたのは、斜め向かいのイヤ美だ。本名が覚えられないから、嫌味のイヤ美と呼ぶことにした。――もちろん心の中だけでだが。
「いえ、別に――」
画面に目を戻した俺に、イヤ美がしつこく絡んできた。暇なのだろう。
「ミカミさんからなんか聞いたの? あのお局さんのことなんて、信じないほうがいいよ~」
ネイルアートというのか? 人工的な柄付きの爪をいじりながら、イヤ美が言った。
ミカミさんを盲信しているわけではないが、このネイル女よりは信頼できる。
「ミーコちゃんのことを聞きました」
意を決して言ってみた。
「なんて言ってた? お局さん」
興味を持ったのか、にやにやして身を乗り出してくる。
良く見れば、整った顔立ちの女だ。化粧に埋もれていて気付かなかった。
まあ、俺の好みではないが。俺は見た目も性格も優しくてかわいい女が好きだ。
「俺の前任者が、会社の秘密を知ってしまったから、殺されたんじゃなかって」
ミカミさんはそんなこと、一言も言っていなかったが、ちょっとこのイヤ美ネイル女をからかってやりたくなった。
ところが――。
「あ! わたしもその噂聞いたことある! ねえ、よっしー調べてみてよ」
女が目を輝かせて言った。




