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「ちょっと待ってください」

 せっかく良いところだったのに、ヨシカズくんに止められてしまった。


「何かな? まだ、鳥の話も火事の話もこれからなのに」


 あんなに渋っていたくせに、一度話し出してしまうと、やっくんとの思い出を自慢したくて仕方ない。


「あなたの話は本当のようだ」

「当たり前だ。キミの正体を知って嘘を言っても仕方ないだろう」


 この青年の繊細な心を抉るような嘘を吐こうものなら、わたしの耳がちぎり取られる。


「わからないのは、俺が社長も異能であるということに気が付かなかったことです。あの人は全くそんな素振りを見せなかった。偽りなんて、俺には通じない」


 ああ……大事なことを端折っていた。


「すまない、隠すつもりじゃなかったんだ。自分にとってあまりに当たり前のこと過ぎて、説明するのを忘れていた。君が彼の異能に気が付かなかったのは、きっと、彼が他人の仮面をつけていたからだ」


「……仮面? わかるように話してください」


 彼には遅かれ早かれ知れることだ。わたしの口から話しても、やっくんは許してくれるだろう。


「やっくんの異能は――」


 わたしがそれに気が付いたのは、遠足で近くの湖に行った時だ。


 秋だった。記憶というフィルターで美化する必要など微塵もない、完璧に美しい秋だった。


 わたしは当時、石を集めることに熱中していた。


 こういうと、鉱物に興味のある賢い子どものようだが、実際のところ集めていたのは、道端や公園に落ちている、ちょっと変わった色や形の石ころだ。


 きっかけは遊ぶ友だちがいなくて、地面を見ている時に見つけた、エメラルドグリーンのスベスベした石だ。


 実は今でも、職場の机に入れてあるんだ――。


 そんなことより、やっくんの話だ。


 その日、わたしは興奮していた。湖の近くの林には、街中では見かけない、不思議な形の石がたくさんあった。


 目についた物を手に取っては、これはと思ったものを、ズボンや上着のポケットに入れた。


 いつの間にか、同級生の騒ぐ声や、それを注意する先生の声も聞こえなくなっていた。かなり奥まで来てしまったらしい。


 構うもんか。どうせ自分がいようがいまいが、アイツらは気にもとめないだろう。


 その時だ――。数メートル先の大きな岩の陰に、生き物の気配を感じた。しめった呼吸の音が、風に乗ってわたしの耳元に届いた。


 明らかに人間のものではない、野生の息。


 熊だ――。そう直感した。わたしも野生の熊に遭遇したのはその時が初めてだったが、以前から、この付近には目撃情報があり、度々ニュースになっていた。


 恐怖で身体が少しも動かない。代わりに心臓だけがもの凄い速さで動いているのを感じた。


 姿はまだ見えない。きっとあっちも警戒している。


 走ってはだめだ。背中を見せて走り出したら追ってくるのは犬だって同じだ。


 どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう……。ここで死ぬのかな? 痛いのは嫌だ。痛いのは苦しい。


 助けて――。


 その時だ。誰かの背中で視界が覆われた。


「動かないで」


 鋭く、短く、小さな声が聞こえた。


 やっくんだ――。この声も背中も。


 助けに来てくれたんだ――。彼はヒーローだ。


 でも……この匂いは?

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