ボクの親友
結局わたしは移住を選んだんだ。
最初は一年という契約で。
部長は驚いた顔をしていたけれど、同時に安堵していたことを、わたしは見逃さなかった。
わたしの噂は町中の人が知っていた。だから、わたしを知らない人間――つまり観光客と接する時間の方が遥かに多い、観光課の窓口を長年担当していたのだ。人と接するのは元来好きだ。
噂とは――。
わたしが話したことは『現実』になる、というものだ。
そんなことを周囲の人々が話していると知った時は笑った。
それは本当だった。わたしの舌が特別な思いを込めて話したことは『現実』になる。
ただし、わたしの望み以外。
誰かの強い願い、それがわたしの舌に乗って世に放たれた時、それは現実になる。良い願いも、悪い願いも。
それに気が付いた時、わたしは喜びよりも先に恐怖した。
この辺のことは割愛しよう。辛くなる。
消えてしまった方が良いのではないかと、毎日考えていた時に出会ったのが、彼――やっくん。トモバイオサイエンスの社長だよ。
社名に、僕の名前を付けてくれていたのを知った時は感激したな……。いや、先を続けよう。
やっくんもわたしと同じ、この世の異物だった。
ただ、彼はわたしより遥かに賢かった。この世で異物として生きて行く術を心得ていた。上手く能力を隠して、級友からも、大人からも好かれていた。
そんな彼に、最初はやっかみと憧れが混じった、複雑な子ども心を抱いていた。
ある日、彼がわたしを家に招いてくれたんだ。
てっきり他の子たちも一緒に誘われたのかと思い、気まぐれで「行く」と言ったが、放課後になってわたし一人だけが呼ばれたのだと気が付いた。
彼は、秘密基地みたいな路地裏の先にある、大きな一軒家に住んでいた。市営住宅で暮らしていたわたしにとっては、良く手入れをされたその家に入るだけで、彼が王子のような存在に格上げされた。
彼の美人なお母親が、マンゴージュースを置いて「ゆっくりしていってね」と立ち去った。今なら珍しくもないだろうが、当時はマンゴージュースなんてスーパーにも売っていなくてね。
初めて体験する味を、舌でちびちび確認していた時だった。
「ボクと友達になってくれないかな」
国語の教科書の音読のような調子で、彼が言った。
「え……? 友達? キミとボクが?」
他に誰がいるというのだ。馬鹿だと思われただろうか。
「そうだよ。だって、キミもボクの仲間だろ? 初めて会ったんだ。ボクと同じ――異物に」
「……」
答えないわたしが怒っていると思ったのだろう。彼は心配そうに付け加えた。
「ごめん――異物だなんて。いやなら良いんだ……」
「なるよ! ボクたち仲間だ! 友達になろう!」
今度はわたしが興奮して、彼の手を取った。
あの時から、わたし達はずっと親友だった。
だから、わたしに一言もなく転校してしまった時は本当にショックだった。親友と思っていたのはわたしだけで、彼にとってはクラスメートの一人にすぎなかったのか? 舞い上がっていたのは自分だけだったのか?
悔しさと恥ずかしさで、彼を憎んだ。いや、憎もうとした。けれど無理だった。その溶岩のような感情すら流れ込めない確かな鉱石が、わたしの中にはあった。
「会いたい――」
そう口に――いや、舌にしてみた。
わたし自身の願いは叶わない。でも、もし彼も同じ気持ちでいてくれるなら。
彼と再び会えることはなく、月日は流れる。




