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知らぬが勝ち

「社員さんには言っちゃダメだからね」

 ミカミさんが声を潜めた。幸い、同じ島の社員たちは全員まだ別室でミーティング中だ。


「と、いうと?」

 俺もつられて小声で尋ねる。


 ミカミさんは三年前からこの会社にいる情報通の派遣のおばさんだ。若く見えるが五十代だろう。うらやましいほど、逞しく、明るい性格の人だ。


「ミーコちゃん――って、あなたの前のアルバイトの人だけど、冗談にできない病み方して辞めたのよ。不安になってあなたまで直ぐ辞めちゃったら困るから、今まで黙ってたんだけど……」


 この人は普段、病気を冗談にしているのか。


「ミーコちゃんって……そんなペットみたいな名前の人だったんですか、俺の前任者は――。いや、そんなことより、どんな風に病んでしまったんですか? 原因はやっぱり電話……ですか?」


「そうなの。ミーコちゃんって元々は、わたしより元気な子だったのよ」


 ミカミさんより元気ってすごいな、と思ったが、余計な口は挟まずにただ頷いて先を促した。


「彼女は一回り以上年下だったんだけど、あっという間に打ち解けて、プライベートの連絡先も交換するくらい親しくなったの。でも……ある日、あの電話を彼女が取っちゃったのよ――」


 その後のミカミさんの話は長かったので、要約すると、ミーコちゃんが入社したのは一年前。その半年後に、最初の謎電が鳴った。


 ミーコちゃんも最初は、元来の明るい性格で笑い飛ばしていたそうだ。俺も既に気が付いている通り、ここの正社員は代表電話に出る気がない。バイトや派遣の仕事だと思っている。


 派遣のミカミさんも積極的に電話に出る人だが、問題は出社時間が遅くて退社時間が早いことだ。


 このクソ会社には、意外なことに仕事のできる派遣が揃っている。バイトの俺より時給も高いが、勤務時間は俺より短いなんて。経費をケチってるんだろう。


 必然、朝と夕方の電話はフルタイムバイトの俺が取ることになる。


 ミーコちゃんの時も、あの電話はその時間に集中してかかってきたそうだ。


 電話が鳴り始めて三日目、ミーコちゃんは仲良しのミカミさんにその話を打ち明けた。


 ミーコちゃんの受けていた電話も、俺が今朝取ったのと同じような、聞き取りにくい誰のものともわからない言葉と、微かなサイレンが混じったものだった。


 ミカミさんは、もし自分がその電話に出たら、相手を問い詰めてやると鼻息を荒くして答えたそうだ。


 変化は徐々に起きていく。


『サイレンが追ってくる――』


 それから一週間ほど経った日、ミカミさんが席につくと、ミーコちゃんが虚ろな目で呟いた。最初、何かの歌詞の一部かと思ったが、どうやら、あの電話の中のサイレンが日に日に大きくなってきているのだと言う。


『わたし、わかったかもしれない』


 それが、ミーコちゃんの最後の言葉だった。


 翌日顔を合わせたミーコちゃんは、声が出せなくなっていたそうだ。嗄声――の、究極にひどいやつと言えば良いのか、無理に声を搾り出そうとすると、締め殺される鳥のような声が喉から漏れて、無理をしないでと言うのが精一杯だったという。


 ミカミさんの配慮で、黙々とできる事務作業だけをミーコちゃんに回す。ミカミさんも、数日で回復すると思っていた。


 しかし、ミーコちゃんは何日経っても声を出すことはなかった。失った声に反して、目だけは異常に爛々と光っていて、誰が見ても尋常ではない様子だったという。


 そんな状態が二週間続いた後、突然ミーコちゃんは会社を去った。

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