ろくろ舌
「ウェルカムワインは赤と白、どちらになさいますか?」
薄暗い蔵ホテルの中で、眩しいほどに白いシャツをきっちり着こんだスタッフに声を掛けられた。
「彼には白を――わたしには赤をお願いするよ。実際に宿泊するのは彼だけなのに、悪いね」
「何をおっしゃるんですか。観光館の次期館長とそのお客様なら、いつでもウェルカムです」
内密に話したかったので、一緒に部屋へ行っていいか尋ねたが、きっぱり断られた。
そのせいで、こうして薄暗いロビーのソファで話を続けることになったのだ。
ホテルスタッフがワインを取りに遠ざかると、青年の方が先に口を開いた。
「どうして、俺が白ワインだと?」
わたしの口元をじっと見ている。思わず手で隠してしまう。口ではなく、舌を――。
わたしの動揺を目にしているはずなのに、淡々とした口調で青年が畳みかけてきた。
「あなたは、耳じゃなく、舌を使うんだ」
「……」
どうしよう――もっと後から話すつもりだったのに。
そう、この青年の目的を聞いてから、わたしにとって最高に有利なタイミングで――。
「あなた……ろくろ舌ですよね?」
その時、目の前にワイングラスが二つ置かれた。
「ごゆっくりどうぞ」
そのスタッフの動きが風のように自然だったので、近寄って来たことにも気が付かなかった。こいつもこの男の仲間か? もう何も信じられなくなってきた。
「俺に隠しても無駄です。俺は本当の声を聞き分けることができる――」
「それ……だけじゃないだろう……」
わたしの方が、異物でいた時間は長いんだ。こいつのことだって聞いたことがある。
「耳取り芳一だな――お前」
青年の表情は変わらない。肯定と取った。本物だ。
ここでにやりと笑ったりされたら、むしろ、わたしは信じない。
「あなたは、ろくろ舌ですよね」
平坦な口調で念を押された。機械より無感情に。
「……偽っても意味がないな。その通りだ」
数秒、黙って互いを見た。相手の内を読もうとしたが、異能同士では力の押し合いになる。仕方ない――。
「本当は何をしにここに来たんだ」
それだけ言うのが精一杯だった。
「偽ビリオンバンブー島で、あの日起きたことを知るために。社長を陥れようとしている人物を特定するために。そして――」
青年がもったいぶるように、白ワインのグラスに口をつけた。
「美味しいな――。最近、白ワインを飲む機会が急に増えた。はまりそうです。――で、もう一つの理由。それは、鳥が本当に絶滅したのかを確かめることです」




