表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/31

雷が鳴る前に

 青年がなかなか車を降りようとしないのは、大粒の雨のせいではない。


「ここ……以外ないんですか? 俺はもっとこう、ビジネスホテルみたいなところでいい――のですが」


「嫌ですか」


 思わず詰問口調になってしまった。


「いえ、そういうわけじゃ……。でも、ここ、『蔵』というより『倉庫』みたいじゃないですか」


 確かに――。これは横浜にある赤レンガ倉庫の一棟のような構えだ。違いは、こちらは明らかに和風の蔵であること。


 全体が白い壁塗りに、黒い切妻屋根。しかも今は、それが濡れた巨鳥の翼のように、重たい威圧感を放っている。


 確かに、見ず知らずの街で、初対面の男にこんな場所に泊まれと連れて来られたら、警戒するのも無理はない。


 今まで控えていた舌を解放した。一言だけでいい。


「ここは、わたしの実家なんです」


 また沈黙――。この車の中だけ、外と違う世界にあるように、時間が滞った。


「……そういうことにしておきましょう」


 青年が言って、助手席のドアを開いた。


 濡れながら駐車場に降り立つ。その黒のシャツ姿を見ながら、震える手を抑えきれなかった。


 こいつ――やっぱりだ。いや、そうでなければおかしいんだ。


 雨の音が自分の心臓に直接響いているような気がする。動悸? いや、同期しているのか? あの日のフラッシュバックだ。お願いだ――雷よ、鳴らないでくれ――。


「どうしました? 大丈夫ですか?」


 青年が振り返った。立場が逆転している。駄目だ――。雷が鳴る前に『蔵』に入らなければ。


「いえ、大丈夫です。この年で雷が怖いんですよ。ほら、何だか今にも鳴りそうでしょう? お恥ずかしい」


 早口に言い訳を唱えながら、車から出る。


 さっきまでは、完全に自分の方が優位だと信じていた。


「あの――島のことですか?」


 車のロックをかけるのと同時に、青年の口から出た言葉に、今度こそ背筋が凍りついた。


 思わず、雨の伝う唇を舐めた。


「中で話しましょう」


 薄暗いロビーに入った。


 外の天気など、この蔵の中では関係ない。雨の音さえも遮断された。安心感とともに、青年への恐怖も薄まっていく。


「どうです? なかなか雰囲気のある宿でしょう?」


 自分の声が広いロビーで何倍にも大きく聞こえる。よかった、わたしはもう大丈夫だ。


「先にあなたの部屋の鍵をもらってきます。わたしの名前で取っていますから。あなたの名前をどう書くか聞きそびれてしまったもので。ちょっと、そっちのソファで待っていてもらえますか」


 オレンジ色のランプのような照明しかない薄暗いロビー。重厚なソファと背の低いテーブルが数組置かれている。


 青年は特に不信がることもなく、その一つに向かって行く。


 真っ黒な石でできた床の上を滑るように――。


 駄目だ。また主導権を奪われそうだ。ここはわたしのホーム。しっかりしなくては。


 だが――わたしたち異能に、果たして居場所なんて関係するのか?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ