バンブー火災
新種の植物の話も、その島で合った火災の話も、全く知らなかった。自分だけ、パラレルワールドで生きていたような不思議な感覚に陥っていた。世間一般の人にとっては過去の話かも知れないが、異世界の住人の俺としては、今になって俄然興味が湧いてきた。
「そこには以前から人が住んでいたんですか? 火災はどうして起きたんですか? 今、その島はどうなってるんですか?」
矢継ぎ早に質問した。社長が元々大きな目を見開いて、驚いているが、自分でも不思議だ。こんなに何かに興味を惹かれたことは生まれて初めてだ。
「君がそんな姿勢で今回の件に挑んでくれるなら、わたしも心強いよ。一つ一つ答えよう。まず、偽バンブー島にはわたしが移住する以前に人は住んでいなかった。ただ、定期的にH市からの巡回はあったようだ。たまに、島に持て余した廃棄物が投棄されていたり、希少な植物を根こそぎ持って帰ろうとする不届き者がいたというからね」
黙って頷いて先を促す。この部屋に時計はないが、きっともうとっくに就業時間を過ぎているだろう。そんなことは関係ない。何時間でも付き合うつもりだ。
社長もそんな俺の心の内を察してか、満足げに一度頷いて続けた。
「わたしの買った小屋というのも、その島の旧管理人のものだったんだ。部屋が二つと、簡易な洗面所だけのものだ。管理人や動植物の研究者が年に数回寝泊りするだけだから、それでも十分なものさ。それで――二つ目の質問は、火災はどうやって起きたか? だったね……。ちょっと失礼――」
そういうと社長はデスクの直ぐ横にある、小型の冷蔵庫からペットボトルの水を取り出した。この部屋に良く似合う、ラベルなしの無機質なペットボトル。
「すまないね……。君もどうだい? あ、まだコーヒーがあるか……」
俺は軽く自分の右手のカップを上げて見せる。二年前と言えど、社長の中では余程、生々しく記憶に残っているんだ。
「あの火事は――落雷で起った。わたしのせいだ――」
「…………」
落雷なら自然災害ではないか。わたしのせいとは一体どういう――。
「わたしがあんな東屋を作らなければ、あの火災は起きなかったかも知れない」
「あ、東屋に雷が落ちたのですか?」
社長が苦しそうに顔を横に振った。
「いや、東屋のすぐ横にあった大木に落ちた。ただ……あの日、あの東屋に、研究データを保管したノートパソコンを置き去りにしてしまったんだ。天気の良い午後だった――。そんな日は外で仕事をすることも珍しくなかった。というより、そのために建てた東屋だった。急な雷雨だったとは言え、あんな大切な物を忘れて小屋に駆け戻るなんてどうかしていた……」
社長の目に涙が光った。自分よりずっと年上の、しかも立場のある人間にこんな顔を見せられるのは初めてで、動揺する。
「騒がしく鳴いていた鳥の声がピタリと止んだんだ。あの島には偽ミリオンバンブーのような珍しい植物だけではなく、不思議な鳥もいてね……。天気が崩れる直前に、いつも彼らは急に静かになる。あの日もそうだった。それで、急いで、学術書やスケッチブックやら、とにかく紙類だけをバッグにつめて、小屋に戻ったんだ。思った通り、直ぐに雨が降り出した。ドラムのような激しさで。そこで、やっとパソコンを置き忘れていたことに気が付いた。わたしは、その頃、色鉛筆で島の絵を描くのに凝っていてね、自分の作品に気を取られて、肝心の研究データの入ったそれのことをすっかり忘れていた。とにかく、急いで東屋に戻ろうと、レインコートに手をかけたその時だった――」
社長の話を遮るように、突然、雷鳴が響いた。
なんだ? 今日は快晴だったが? ゲリラ豪雨か? この真っ白な窓のない空間からは、皆目外の様子の検討がつかない。
「そう、雷が落ちたんだ――。今みたいにね。炎は降り注ぐ雨という天然の消防車を嘲笑うように瞬く間に広がった」




