表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/32

第一章 氷る耳  サイレン

 全部、凍ってしまえばいいのに。

 物理的にも、心理的にも。心底そう願っていた。


 まだ六月後半だというのに、朝から四十度近い猛暑。

 やっとクーラーの効いたオフィスに入り、自席に座った途端、電話が鳴った。


 嫌な予感がした。俺のこういう予想はたいてい当たる。

 電話は生きている。架電者の気持ちを反映して、着信音を微妙に変えてくる。


 外線だ。既にオフィスには十人近いスタッフが座っている。誰が取っても良いはずだ。

 どうして誰も出ないんだよ――。いつものことながら――いや、いつものことだからこそ、苛立ちが募る。


 思い出したように席を立つ者。

 わざとらしくパソコンの画面を眺める者。

 全員どうかしている。


 仕方なく、暑苦しく叫び声をあげる受話器を取った。


「お電話ありがとうございます。トモバイオサイエンスです」


「…………………」


 ――無言。無音ではなく、無言だ。

 後ろでサイレンの音が微かに聞こえている。


「あの……こちらの音声は届いているでしょうか」


 引きかけた汗が、再び滲んでくる。


「……いるか?」


「すみません、お声が遠いようなのですが――」


「逃ゲラレルカ!!!!!」


 鼓膜が破れそうな大声で、相手が叫んだ。


「あの……」


 こういう時、どう返すのが適切なんだ。

 周囲を見渡すが、全員知らん顔だ。


 くそっ……。俺はまだ入社二週間目のバイトだぞ。


「申し訳ありません。お名前とご用件を――」


 ぶつっと通話が切れた。


 何なんだ一体。この電話の主も、周りの人間も全員、何だ。


「またあの人?」


 斜め向かいのデスクから、若い女がタメ口で声をかけてきた。

 新卒で入社し、今年二年目だか三年目と言っていた。俺より十歳は年下だ。

 こいつも電話が鳴り出した時から自席にいたが、イヤホンを耳に突っ込んで、スマホを凝視していた。


「また、とは?」


「よっしーと入れ違いに辞めたバイトのおばさんも言ってた。最近、変な電話が多いって」


 確かに俺の名前はヨシカズだが、こいつによっしー呼ばわりされる覚えはない。

 第一、そんな電話がしょっちゅう掛かってくるなら、なおさら社員が対策しろ。


「……どんな電話と言ってました? 今のは『逃げろ』とか、そんな風に聞こえましたが……」


 心の声を押さえこんで尋ねた。


「あ~なんか、『サイレンの音がする』って」


 サイレン……。

 さっき、あの電話の向こうでも微かにサイレンの音がしていた。


「そういう電話が多い日だと、二十回以上もかかってくるようになって、それがストレスでおかしくなっちゃったみたい」


 にやつきながら言う女に嫌悪感を覚える。


 そうだ――着信履歴から電話の主のヒントが得られないか。


 そう思って、手元の置き電を操作した。

 そもそもベンチャー企業のくせに、この過去の遺物のような電話はなんだ。

 近代的なオフィスで完全に浮いている。


 それに、俺のデスクの電話だけが、みんなのそれよりさらに色褪せているのは被害妄想だろうか。


「あれ……」


 番号が出ていない――。

 非通知でもなく、今さっき取ったばかりの電話の着信履歴そのものがないのだ。


 戸惑う俺を横目に、女が立ち上がる。


「わたし、ミーティング行ってきま~す」


 こいつの言動すべてがわざとらしくて癇に障る。

 大体、こいつの名前も思い出せない。


 気になるこの電話については、ミカミさんが出社したら聞いてみよう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ