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花咲くわたしと意地悪な婚約者  作者: はねる朱色


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9.観覧車

「まあ」


 その人に声をかけられたのは、一番最後に観覧車に乗ろうと列に並んでいたときだった。

 真っ白。

 髪も、肌も、着ている着物も、草履も。

 そして、右目を覆うように咲き誇る百合の花弁も、真っ白。

 ただ唯一、左目と百合のおしべの先だけが赤みを帯びた橙色で、ついそこにばかり目を向けたくなるような女性だった。


「おま……遊園地に着物って」


 呆れた顔で直護くんが言う。


「うるさくってよ。わたしがどのような格好をしようと、あなたに関係ないでしょう」


 彼女はツンと顔を逸らした。

 どうもふたりは、気安い仲であるようだ。


「兄さんはどうした」

「家の仕事で忙しいそうで、家族と打ち合わせ中です。まだ学生ですのに、可哀想なこと」

「…………婚約者は」

「…………お聞きになるのね。隣にいない時点で、わかっているでしょうに」


 数秒、気まずい静寂が流れる。

 その空気に耐えかねたのか、直護くんが小さく「わりぃ」と呟いた。

 彼女は少し睨むように直護くんを見やる。


「まあ、そんなことはどうでもよいのです。あなたとお話をするために声をかけたわけではありません。——初めまして、薔薇の方」

「はえっ」


 体が跳ねた。

 まったく予想していなかったことに、狙いはわたしだったらしい。


「わたしは繭宮(まゆみや)調(しらべ)。二年生です」

「は、初めまして。甘楽実乃です。一年です」

「ブルーム同士、よろしくお願いしますね」

「は、はい。よろしくお願いします」


 互いに頭を下げ合う。

 けれど同じ動きだと言うのに、彼女の所作はわたしとは比べ物にならないくらいたおやかで、育ちの違いをまざまざと実感させられた。


「どうぞ、わたしのことは調とお呼びください。わたしも実乃さんと呼ばせていただきますので」

「あ、はい。えと……調先輩」

「わたし、薔薇の方が目覚めたと聞いて、お話ししたいとずっと思っていたの」


 言いながら調先輩の左目は、わたしの頭のてっぺんから足先までをくまなく観察しているようだった。


「とても大きくて、立派なお花ですわね。だけれど、黒というのはほかの花を合わせても珍しいのではなくて? 大衆に紛れるような黒髪で、うっかり見過ごしてしまうところでしたもの」

「おい、悪口言いてぇのか?」

「まあ、まさか。あなたこそ、そのお口の悪さ、控えた方がよろしいと思いますよ」


 ブルームは花開くと同時に、自身の髪色や目の色が変わる。

 大抵は、咲いた花に近しい色へと変化するようだが、わたしは黒薔薇だからか、ぱっと見の変化は起こっていない。強いて言えば、茶褐色だった虹彩が、瞳孔との境が曖昧になるほど黒々としたくらい。

 きっと他人から見れば——とくに髪が白、目が橙になっている先輩からすれば、あまりにも些細に感じられる変化だろう。


「実乃さんも、まだ出会ったばかりだから指摘しづらいのかもしれませんが、わたしたちは相応の品格を求められる身です。直護さんを正すのも、いずれあなたのお役目になるのですからね」

「…………品格?」


 わたしは首を傾げてしまう。

 どちらかというと、わたしは直護くんの話し方が気に入っている。そりゃあ公の場ではしない方がいい言葉遣いというものもあろうが、ここは遊園地。よっぽど下品な単語を大声で発しているわけではないのなら、とくに咎める必要性は感じなかった。

 ラフに気楽に、わたしのことを適度にぞんざいに扱ってくれる現状。わたし自身はとても満足している。

 しかしながら、調先輩の考えはまったく違うようだ。


「もしや、家の話はなにもしていないのですか?」


 またしても調先輩が直護くんを睨んだ。


「ガーデナーは優秀であるからこそ、みなの模範となるべき存在なのです。そのなかでもとくに、わたしやあなたの家は、ほかのガーデナーを導く立場にあります。家格に相応しい礼儀作法や振る舞いを、次期当主であるあなたはもちろん、その妻となるであろう実乃さんも求められるのです。なにか粗相があったとき、恥ずかしい思いをするのは実乃さんなのですよ」

「まだ目覚めて一か月ちょいだっつーの。よその家のやつが急かしてくんな」

「自覚を持つのは、早ければ早いほどよいと思います。学ぶことも多いでしょう。いざというときに、まだマナーを覚えていないから、は通用しません。——実乃さん」

「はいっ」


 強い口調で名前を呼ばれ、ぴしっと背筋が伸びる。


「わたしのお茶会にいらっしゃい」

「え?」

「月に二度ほど、わたしのサロンルームで開いているのです。ほかのブルームの方も数人お呼びしています。お茶会ついでに、みなさんの所作を見て、真似て、学ぶとよいでしょう」

「は、はい……?」


 曖昧な相槌。わたしとしては、急な提案に混乱して出た返事だった。

 しかし調先輩には、了承と解釈されてしまったらしい。にっこりと微笑んで、「決まりですね」と頷いた。


「ちなみに、ほかのブルームからお誘いを受けたことは?」

「な、ないです」

「よろしい。あなたはわたしのサロンに呼ばれたのですから、ほかの方の誘いは断るように。詳しい日時はまた追ってお伝えします。では、ごきげんよう」


 立ち去る姿も洗練されていて美しい。

 尊敬すべき、見習うべき先輩なのだろう——けれど、なんだか面倒なことになった気がする。


「派閥に巻き込む気だな、あいつ……」

「派閥?」

「とりあえず、乗ろうぜ」


 どうやらちょうど順番が回ってきたようだ。

 直護くんに手を引かれ、観覧車に——というところで気づいた。わたし、調先輩と話している間も、ずっと直護くんと手を繋ぎっぱなしだった。

 そうして手を繋いだまま、わたしは観覧車の座席、直護くんの隣へと腰を下ろす。

 ……こういうの、ふたりだったら普通は対面に座るものだと思うんだけど。こんなにくっついて……しかもよくよく考えれば、狭い密室だ。

 それを意識すると途端に緊張してきて、わたしは無理やり窓の外の景色へと目を向けた。


「調の家は、うちと昔から仲が良くてな。見た通り百合のブルームとして覚醒したが、もともとは桜のガーデナーの妹なんだよ。高三の兄さんの方には、俺もよく世話になってる」


 直護くんは緊張なんてしていないらしい。

 落ち着いた声色で話を続ける。


「ガーデナー直系でありながら、よその花系(かけい)のブルームになるってのはかなり珍しくてな。特殊っつーか、特別扱いっつーか……本人の性格も相まって……あー、なんつったらいいかな……学園のカーストトップ、みたいな言い方で伝わるか? ブルームに関する取り決めは二年生ながら調が仕切ってるんだよ。調にとって都合がいい方向になるようにな」

「ふ、ふーん……? とりあえず、なんかすごい先輩ってことだね。覚えとく」

「で、その調の立場を奪える可能性があるのが、お前」

「えっ!?」


 わたしは思わず、景色から顔を背けて直護くんを見る。


「な、なんで!?」

「ガーデナーの家のなかで、桜と薔薇がかなりデカいんだよ。ガーデナーと対のブルームが産まれるかどうかは完全に運だが、うちは千年以上途切れることなくブルームを迎えられてる。歴史が長いんだ。桜の方も同じくな」


 ——なるほど。だから調先輩は、品格がどうのと口にしていたのか。

 納得すると同時に、そんな家の一員になる可能性を考えると、少し気後れしてしまう。


「調はあくまでも桜の末っ子で、桜のブルームじゃないからな。べつに比べる話でもねぇが、調の性格的に、自分の方が下だとか思ってんじゃねぇの? それで、奪われる前に先手を打って、自分の派閥に取り込んどこうって魂胆なんだと思うぞ」


 わたしの顔を見た直護くんが、ニヤッと口角をあげる。


「めんどくせぇなって思っただろ」

「う……」


 肯定も否定もしなかったけれど、表情でわかったらしい。


「調の性格自体がめんどくせぇからなー。お茶会、嫌なら行かなくていいぞ。できるだけ関わらなくて済むように手配するし」

「うーん……嫌ってレベルまではいかないかな……。それに、お茶会無視した方がめんどくなりそう」

「それは言えてる」


 ゴンドラはどんどん高度を増していく。

 学園の敷地を囲む塀の向こうが見えてきた。周りに背の高い建物はなく、植木を挟んで敷かれている三車線の道路は車で賑わっている。

 まったく知らない景色だ。

 福岡から羽田空港に降り立ったあと、わたしは窓の外が見えないリムジンでここまで運ばれてきた。学園が東京にあることは知っているが、東京のどのあたりに位置しているのかは知らないのだ。スマホもいろいろとフィルターがかかっているものを支給されているため、学園に関することを調べることもSNS投稿することもできない。

 塀の内と外。いまのわたしの日常は、数か月前のわたしにとっては非日常。なんだか不思議な気分だ。

 派閥とか、品格とか、長い歴史とか、だれか上でだれが下かとか。そういうことも、いつかは日常になるのだろうか。


「実乃」


 直護くんが、握ったままのわたしの手を持ち上げた。


「本格的に婚約の話が進んでいけば、調の言っていた通り、礼儀作法だとかなんだとか、いろいろと面倒くさいことも求められるようになる。実乃の負担になることもあると思う」

「直護くん……」

「——それを踏まえて、考えてほしい」


 直護くんの手に力が入る。

 さっきはいつも通りだと思ったのに、いま見上げた直護くんの顔は、緊張しているように見えた。


「結婚を前提に、俺と付き合ってくれるか?」

「…………え」

「いままでも、そりゃそうだったが……まあ、ほら、しきたりでそうなっただけの婚約者だったからよ。面倒事も含めて前向きに考えてほしいっつーか…………くそ、うまく言葉が出てこねーな……」


 直護くんの耳の先が、うっすらと赤くなっているような気がする。

 けれど、きっとそれ以上にわたしの顔は赤くなっていたに違いない。

 だって、義務とか決まりとかそういうのをとっぱらったとしても、わたしといたいって思ってくれたってことでいいんだよね。わたしのこと……好きってことで、いいんだよね。

 ——嬉しすぎる。

 その気持ちを伝えたいのに、嬉しさのあまりわたしもうまく言葉にすることができなくて、何度も何度も頷くことしかできない。

 それでも直護くんは、安堵したように息をついた。


「改めて、よろしくな」


 恥ずかしそうに、眉をさげて笑う直護くん。

 その少しかわいい笑顔も合わせて、すごくすごくいい思い出になった一日だった。

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