8.遊園地
「おおおぉ……!」
観覧車、ジェットコースター、なんかそれっぽい着ぐるみのスタッフ。
とても学園敷地内だとは思えぬ光景だ。
ゴールデンウィーク二日目。わたしと直護くんは、開園と同時に遊園地へと入場した。
「そっちの寮からは、観覧車とか見えてなかったのか?」
「見えてたよ、見えてたけど……でも、やっぱり近くで見ると『おっきい!』『楽しみー!』ってなる! どれからいく? ジェットコースター? ジェットコースター乗る?」
「ハイハイ、ジェットコースターな。——ん」
差し出されたのは、直護くんの手のひら。
興奮状態にあった頭がフリーズした。
手のひらと、高いところにある直護くんの顔を交互に見るが、直護くんはニヤニヤ笑ってわたしを見下ろすばかりで、その状態から一切動こうとしない。
——そう、これはデートなのだ。
入学式の日、流れでショッピングに行ったりもしたけれど、ちゃんと計画を立ててふたりきりで出かけるのは、これが初めて。
だから、動きやすいハイウエストショートパンツと、薔薇の邪魔にならない胸元の開いたブラウスも、わざわざゴールデンウィーク前に買いに行ったし、慣れないながらメイクもがんばってみた。
そして何度も脳内シミュレーションして、直護くんに楽しんでもらえるよういろいろと考えてきた。——もちろん、手を繋ぐのもシミュレーション済みだ。
「実乃」
固まっているわたしの背を押すように、名前を呼ばれる。
だったら、直護くんから繋いでくれればいいのに……! と思いながらも、意を決して、けれど控えめに手を重ねた。
「くくっ……すっげぇ顔赤い」
「ううぅ……意地悪ぅ……!」
「それがいいんだろ?」
——その通りですぅ……!
しっかりと手を繋がれ、そしてそのままわたしたちは園内を回ることになった。それこそ、ジェットコースターに乗っている最中も繋がれっぱなしである。
めちゃくちゃドキドキしすぎて、ジェットコースターのドキドキを十全に堪能できないほどだった。
けれど、人間というのは慣れる生き物。お昼が近づくころにはほとんど意識しなくなっていて、ふと気づくといつの間にか恋人繋ぎに進化していてビックリした。
「そろそろ、どっか座れる場所見つけて————どうした? ヘンな顔して」
「いっ……いえ、なんでもないデス……」
実は恋人繋ぎになってかなり時間が経過しているのか、わたしが今さらになって驚いているとはわからなかったらしく、直護くんは首を傾げながらもわたしの手を引いた。
たどり着いたのは、テーブルとイスが並べられているエリアだ。パラソルが立てられていて、日差しも遮ることができる。お昼休憩にはピッタリの場所だろう。
「さて、ある意味今日のメインイベントだな」
「も、もう一回言うけどね、わたしまだ習って二日目だから! 本当に期待しないで、ハードル下げまくってから挑んでね……!」
イスに腰を落ち着け、鞄から取り出したものをテーブルに乗せ、直護くんはリラックスの表情、わたしは緊張の顔で向き合った。
わたしたちは今日、互いに約束していたことがある。
「……直護くんの大きい。重箱みたい……」
「まあ、男だから、これくらいはな。むしろ、実乃のは小さいんじゃねぇの? 小さいっつーか、細い?」
「え、そう? こういう形、たくさん売られてたから普通じゃないのかな? かさばらないタイプ的な」
わたしたちがテーブルに置いたのは、弁当箱。
そう。約束したこととは、手作りお弁当の持参である。自分が食べる量を作って、その上で互いのおかずを交換し合うのだ。
きっかけは調理実習。
珍しいことに、この学園では月一の頻度で調理実習が行われ、そこで直護くんがかなりの料理上手だと知った。
曰く、ブルームの心を手に入れるための手段は多い方がいい。胃袋を掴んでしまうのも大事な作戦のひとつだ! という教えで、幼等部からガーデナーの子たちはずっと料理を勉強しているのだそうだ。そして、そんなガーデナーのなかでも、直護くんは殊更に料理がうまいと時雨くんが言っていた。
それ自体はいいことだろう。料理下手よりは料理上手な方がいいに決まっている。ブルームの胃袋を掴むためだという教育方針も……まあ、実際に掴まれる子がいてもおかしくないから、いいとして。
しかし、その事実を耳にしたわたしは、焦ってしまった。
仮に——あくまでも仮の話だが、わたしと直護くんが結婚して、同居することになったなら。
優秀な直護くんは、きっと大企業とかに就職して、バリバリ働くことになるだろう。そしてわたしは相応の会社で働くか、もしくは専業主婦になると思われる。
もしわたしが就職すれば、家事は直護くんと折半。専業主婦なら、ほとんどをわたしが担うことになるはずだ。
つまりどう転んだとしても、わたしは直護くんに料理を振る舞う立場になる。自分より料理上手な人に、だ。
……もう本当に、ガッカリさせる未来しか見えない。端的に言えば、わたしは料理の腕に自信がなかった。
だってわたし、ごはん関連は全部お母さんに任せっぱなしだったし、調理実習も一番楽な担当をジャンケンで勝ち取っていた記憶しかない。お米を炊いたことすらないという体たらくである。
料理のことだけじゃない。直護くんはブルームのためにと、いろいろな努力を積み重ねてきたことだろう。学園の教育や話の端々から、それが窺える。
それなのにわたしが、目に見えている未来の地雷を取り除く努力をしないなんて、そんなの申し訳なさすぎる。——というか普通に……嫌われるのが嫌だ。
そう思って、一念発起。わたしはこのゴールデンウィーク期間中、予定のない日は寮のハウスメイドさんたちに料理を教わることにしたのである。
それを雑談として直護くんに語ったところ、じゃあ遊園地デートのときは弁当を作って来てくれ、俺も作るから、というような流れになってしまった次第だ。
「じゃ、じゃあ開けるけど……ため息とかつかないでね……!」
「つかねーって。どんな人間だと思われてんだ、俺は」
いっせーの、で同時に弁当箱の蓋を開けた。
瞬間、「えぇええええ!?」と叫んでしまう。
なんとビックリ、直護くん作のお弁当は、はちゃめちゃにかわいらしいキャラ弁だったのである。
国民的キャラクターを中心に彩り豊か。予想もしていなかったベクトルにクオリティが高い。
「ちなみに二段目は、遊園地イメージだ」
「どんだけ時間かけたのこれ!?」
「この黒い薔薇は、お前イメージな」
開いた口が塞がらないとは、まさにこのこと。
国民的キャラクターなら、ネットで調べてそのレシピ通りに作ったという理屈も通るが、遊園地に黒薔薇となれば、つまりこれは直護くんがレシピを一から考案したお弁当ということになる。
未来の直護くんは大企業に就職する想像をしていたけれど、こうなると有名イケメンシェフとかの方が想像しやすくなってきたかもしれない。
「実乃のは……卵焼き、から揚げ、きんぴら…………もしかしてこれ、冷凍ひとつもなしか?」
「よ、よくわかったね。練習にならないから……。そのぶん、形が悪かったり焦げたりしてるけど……」
「すげぇじゃねーか」
笑顔で褒められ、嬉しさ八割、こんなすごいお弁当を前にして褒められてもというやさぐれ心が二割。
複雑な心中ではあるが、まあしかし、嬉しさが大きいのはたしかなので、素直に「ありがとう」と返した。
わたしはフォーク、直護くんは箸を持ち、いただきますをする。
壮大なキャラ弁のどこからフォークを刺すべきか悩んでいると、直護くんはわたしの弁当箱から、表面が茶色のまだらかつ若干ボロボロな卵焼きを摘まみあげた。
「卵焼きは甘いのとしょっぱいの、どっちにするか悩んだんだよな」
「えっ。わ、わたし、なにも考えずに甘いのにしちゃった」
「気が合うな、俺も甘いのにした。卵焼きなら本当は、ガッツリ出汁を入れた柔らかいやつが一番好きなんだけどな。弁当にするには汁気が多いから」
ぱく、と卵焼きを食べた直護くんは、「うん、うまい」と独り言のように言う。
代わりにわたしも、直護くん作の卵焼き、キャラクターのおてての部分をいただくことにした。
まずわたしのと違うと感じたのは、食感である。舌触りなめらかで、しっとりとしている。さらに噛めば広がる甘みは上品で、もちろん焦げの苦みに邪魔されることなど一切ない。朝に味見した卵焼きとは比較にならないくらいおいしかった。
「くうぅ……! わたし、もっとがんばるね……!」
「ふはっ。ま、口に合ったならなによりだよ」
この理想形卵焼きに少しでも近づけるよう、しっかりと味を覚えなくては。
ついでに、直護くんは出汁たっぷりの柔らかい卵焼きが好き、というのも頭のなかにメモしておく。このバージョンの卵焼きも作れるようになりたいから、明日ハウスメイドさんに共有しよう。
「んんん~! ハンバーグもおいしい……! 冷たいのに固くない!」
「肉が好きって言ってたろ? だから、それ系はとくに力入れてる」
「あ、待って! もしかしてこの揚げ物って……!」
「そ。しっぽとってんのによくわかったな。エビフライだよ」
「やったー! …………ハッ」
ひょいひょいおかずを取りまくってから、はたと手を止める。
「ご、ごめん、直護くんのばっかり食べてた……」
「いいよ、お前に作ったやつだし。好きなもんを好きなだけ食べろ。俺もこっち食ってるから」
そう言った通り、わたしの弁当箱は直護くんの手によってすでに半分以上が空になっている。おかずどころか、不格好なおにぎりまでも直護くんのお腹のなかだ。
「等価交換になってない気がする……」
「変なこと気にしてんなよ。————あ」
ふいに直護くんがわたしの背後の向こうへと視線を送り、頭を下げる仕草をした。
振り返ると、同じように軽く頭を下げる初老の男性。それと、その周りをきゃあきゃあ言いながら走り回っている、ちっちゃな子どもたち。
「…………知り合い?」
「ああ。幼等部んときの先生。あの人もガーデナーだよ。周りのチビどももな」
言われて、もう一度男性へと目を向ける。
もう彼はこちらを見ていなかった。子どもたちに手を引かれ、ズボンを引かれ、メリーゴーランドを目指しているようだ。
そうか、と今更ながら思う。
直護くんは、あんなに小さいころからここにいたんだ。ゴールデンウィークも定められた時間しか親と会えず、引率の先生と遊ぶしかない。国に保護され、高等な教育を受けるという名目で、ガーデナーはみんな大人になるまでこの学園の中で過ごすことになるのだ。
ほとんど生まれたときから在籍していることは聞いていて、知識としては知っていたはずなのに、ようやくいま、きちんと理解できた気がする。
「……直護くんもああいう感じだったの? 先生の手を引っ張って、メリーゴーランドに乗りたいって」
「ん? んー……幼等部のころ……遊園地には来てない気がするな」
直護くんは、箸を動かしながら答える。
「こういう休暇の娯楽は毎年ランダムで、あれくらいのときは動物園とか釣り堀とかの記憶が——ああ、そうだ、プールだった年、身長制限でウォータースライダーに乗れなくて泣いたような覚えがある」
「えー、あはは、かわいいっ。写真とかないの?」
「あっても見せねぇ」
「時雨くんに言ったら、おもしろがって見せてくれそう」
直護くんは渋い顔をした。
わたしがそれに笑うと、直護くんは気持ちを切り替えるかのように黙々とお弁当を食べ進め、とうとうわたし作のものは、ひとかけらも残さず綺麗になくなってしまった。
どう考えたって直護くんのよりは劣っているごはんを、嫌々どころか積極的に食べきってしまうなんて。嬉しいやら、むず痒いやら、だ。
直護くんのことを知れば知るほど、わたしにはもったいない人だと思える。けれど同時に、直護くんのために、とも思うようになってきた。
さまざまな制約を受け、自身も不自由な身でありながら、己の境遇に腐るわけでもなく、ブルームに寄り添おうとしてくれる人。
わたしが学園に来てから、不自由はないか、困っていることはないかと気遣ってくれているのは、言葉にしていない間もずっと伝わってきている。わたしのために時間を割いてくれていることも含め、いろんな面で努力してくれているのも伝わっている。
——こんな素敵な人、好きにならないわけないよなあ。
たとえば祢宜田さんを傷つけている自覚がありながらも、直護くんとの距離を離そうとしないのは、接し方を変えなくていいと言われて安心しているのは、きっとそういうことなのである。




