7.申請
「騒ぐな、ウスノロども! 希望者はさっさと並べ!!」
そう叫んだのは、我らがクラスの委員長。時雨くんの双子の弟、夕暮くんだ。
照沼兄弟の顔は、非常によく似ている。ただし、無表情であったなら、という注意書きが必要ではあるが。
性格はともかく、外面は柔和な時雨くん。目元も柔らかく、口角があがっていることが多い。
冷酷苛烈で、鬼のような暴言を吐く夕暮くん。眉も目も常につり上がっており、微笑みを浮かべることなど一切ない。
彼らは非常に似ているのに、すぐに見分けがつくという、おもしろい双子なのだ。
「委員長、委員長! ぼく、二枚ほしいんだよ! 入場の方!」
「跳ねるな、保崎扉! 勝手に取るな! 話を聞いていなかったのか、貴様は! 入場申請書はひとり一枚だ! 生徒以外の同行者分は、身分証のコピーを貼りつけて出せ!」
「でも、ねるこちゃんは生徒だよ! 僕一枚、ねるこちゃん一枚! 一緒に申請してあげたら、喜んでもらえると思うんだよ!」
「先輩は先輩のクラスで申請書を受け取るだろうが! 言葉を理解できん愚者は下がれ! 理解してから並び直せ! 貴様もだ、時雨! 来校申請書は、先に来校予定者名と人数を副委員長に申告してからだと言われただろう!」
「ふふふっ。いつものことながら、うるさいなあ」
現在、委員長ならびに副委員長が立つ教壇前は、クラスメイトでごった返している。
原因は、ゴールデンウィーク期間中の来校申請書と入場申請書。
先刻あったホームルームでの説明によると、来校申請書は普段閉ざされている学園敷地内に、外部の友人家族を招くための書類。そして入場申請書はなんと——ゴールデンウィーク期間中のみオープンする、遊園地への入場チケットなのである。
驚くべきことに、学園の閉塞感を緩和しブルームのストレスを軽減させる目的のため、時折こうした娯楽施設を学園敷地内に作ってしまうのだそうだ。
スポンサーも運営も作業員もほとんど卒業生のガーデナーたちで、施工開始から開園、そして閉園からの解体まで、ひと月の間にすべて完遂予定という狂った計画。いくらガーデナーが優秀とはいえ、人手や時間の不足は如何ともしがたいものだと思うが、実際にどうにかなってしまっているのだから深くは考えないことにした。
ともかく、親しい人の招待も遊園地も、生徒からすれば喜ばしく、大変盛り上がるイベントなのだが。だからこそ、制限も設けられてしまっているそうだ。
たとえば、来訪者を招く日時。たとえば、遊園地に赴く日時。幼等部から大学部までの全生徒がみな同じ日時を指定したとして、果たしてその希望がそのまま通るかと言われれば、そうもいかないとのこと。
ある程度人数が分散するように、警備がしやすいように、という調整がなされてから、各々ゴールデンウィークの予定を立てることになる。
そしてみなが我先にと申請書を求めている理由がここにあって、日程調整をする際、学園側は申請書が手元に届いた順に振り分けていくらしい。つまり、希望日時を押し通したい人は、だれよりも早く申請書を提出する必要があるというわけだ。
そんなこんなで、はしゃぐ高校生という最も手に負えない同級生を前に、委員長が激昂する事態となってしまっている。
「いいか、低能ども! 次に俺の手を煩わせた輩は、窓から外に蹴り飛ばしてやる! 古い電化製品のように、一度衝撃を与えれば頭も回転し始めるだろうよ!」
「夕暮くん、気持ちはわかるわよ。でもね、言い方ってものが……」
そう苦言を呈したのは、副委員長の三箇芽繰ちゃん。
セーラー服の襟につくかつかないかのショートヘアで、制服髪型アレンジ自由な緩い校風なのに、服も髪も弄らずお手本通りの真面目な格好をしている。
中三のとき、四季音ちゃんから副委員長を引き継いだのが彼女だ。成績優秀で、先生からの信頼も厚いらしい。
しかし怒れる夕暮くんの心には、芽繰ちゃんの言葉も響かなかったようだ。
「優しく言って従う連中なら、俺もそうしたがな。才能に胡坐をかき、努力もせず甘やかされて育ったガーデナーどもには、これでも足りんくらいだ。それから、ブルームもだぞ! ガーデナーや学園がお前たちの甘えを許そうとも、俺がこのクラスを率いる限り、秩序を乱す野蛮人どもに容赦はせん。おい、聞いているのか、棚原育代! そのひまわり引きちぎるぞ!」
途端に、ブルームやガーデナーたちから「さいってー!」「鬼畜眼鏡!」「暴力反対!」「セクハラだぞー!」とブーイングが飛びまくる。
わたしが入学してから、こんな光景は日常茶飯事だ。けれど案外、夕暮くんは嫌われているわけではなく、人望もそこそこあるらしい。
とくにガーデナーの人たちからは、媚を売らず、己の努力だけでガーデナーの才能に食らいついてくる珍しい人間扱いされているとのこと。……まあ一部、打てば響くオモチャ扱いしている人もいるようだが。
申請書争奪戦には参加せず、怒鳴る夕暮くんを遠目に眺めている隣の直護くんも、なにやら楽しそうに見える。
わたしも夕暮くんの暴言や高圧的なところは好ましく思っているので、騒ぎを収めるお手伝いよりも観覧を優先させてもらっている。というかむしろ、あの争奪戦にまざろうか悩んでいる最中だ。
「直護くん、直護くん」
「ん? ……ああ、遊園地行くか?」
名前を呼んだだけなのに、察したらしい。ちょっと嬉しくなってわたしが何度も頷くと、直護くんが意地悪く笑った。
「ふたりきりで?」
「う……」
——教室でそんな顔しないでほしい。ドキドキするから。
わたしは直護くんから目を逸らすようにして、争奪戦の方を見た。
あやめちゃんと四季音ちゃん、ふたりともスマホを触りながら列に並んでいる。恐らくだが、スマホで婚約者と連絡を取っているのだろう。
あやめちゃんの婚約者さんは大学二年生。四季音ちゃんの婚約者さんは社会人とのこと。
同じ敷地内で生活しているあやめちゃんの方はまだしも、四季音ちゃんはこういう機会でもない限りなかなかデートもできないはずだ。ブルームに覚醒したばかりのころは、特例でよく様子を見に来てくれていたそうだが、高等部に進学してからは、春休み以降会っていないと言っていた。
ふたりを誘うのは憚られる。そう思って、次に自席にいる手鞠ちゃんを見るが——こちらも状況はふたりとほとんど変わらない。友丸くんを誘おうとしているのか、スマホを必死の形相で睨んでいる。
……こうなるともう、選択肢は限られてくる。
「ふ……ふたりで」
めちゃくちゃ小声になってしまったかもしれない。
けれど笑みを深めた直護くんが「オッケー」と答えたので、きちんと聞こえたようだ。
「日程はどうする? 最終日はなんとなく避けたい気分だが」
「わたしはいつでもいいよ。なんにも予定ないし」
「ご両親は呼ばなくていいのか? たしか仕事、カレンダー通りの休みだったよな?」
「うーん……あれって、婚約者じゃない家族は、最長でも三時間の枠になるんだよね? 東京に住んでる人ならいいんだろうけど、九州からわざわざ来てもらうのもな……。話すだけなら電話でもできるし」
「了解。んじゃ、入場申請書だけだな。二枚もらってくる」
「あっ。わたしも行かないと、委員長に蹴り飛ばされるよ!」
「は? これも駄目なのか? 同じクラスなんだから、枚数が足りなくなることはねぇだろ」
直護くんはさっさと歩いて、列の最後尾に立つ。
すると、間髪入れずに「話は聞こえていたぞ、是橋直護! 貴様もボンクラ集団に名を連ねたいのか!」という声が飛んできた。
「なんで聞いてんだよ。地獄耳がすぎるだろ……」
直護くんのぼやきを耳にしながら、わたしは振り返る。
夕暮くんの怒声に紛れて——舌打ちが聞こえた気がしたからだ。
わたしの二列うしろの席。周りは争奪戦に行って空席ばかり。
祢宜田さんがわたしを睨みつけていた。
「甘楽実乃! 貴様は貴様でとっとと並べ!」
「あっ、はぁい!」
祢宜田さんから目を逸らし、直護くんのうしろに並ぼうと足を踏み出した瞬間、また舌打ちが聞こえたような気がした。




