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花咲くわたしと意地悪な婚約者  作者: はねる朱色


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6/6

6.部屋

 ——一体なぜ、こんな事態に陥ってしまっているのか。

 アイボリーの壁紙。

 ブラウンのカーテン。

 グレーのベッドシーツ。

 洋書があるかと思えば漫画も収められている本棚。

 飾られている賞状とトロフィー。

 なぜかトロフィーと同じ並びにいる、少し子どもっぽい、怪獣の人形。

 ——直護くんの部屋、である。


「あー……飲み物、もらってこようか? 使用人を呼ぶのでもいいけど」

「う、ううん! お昼に買ったお水、まだ残ってるから」


 鞄から出したペットボトル。とっくに常温になっているはずなのに、冷たく感じる。手に汗をかくほど体温があがっているからだろうか。

 ——まさか、こんなに早く直護くんのお部屋に来ることになるなんて。

 原因——はともかく、発端は帰り際、「足パンパンだぁ」とわたしがこぼしたこと。そして、それに乗っかる形で冗談交じりに、「マッサージしてやろうか? めちゃくちゃ痛いけど効くやつ、少し勉強したんだよ」と直護くんが言ったことだろう。……いや、わたしがうっかり「えっ……いいの!?」と目を輝かせてしまったせいかもしれない。

 ただ、わたしも直護くんも、『いますぐに、直護くんの部屋でマッサージだ!』なんてことは考えていなかった。

 一番の問題は、一連のやりとりを時雨くんの横で行ってしまったことだったと思う。わたしと直護くんの関係値が進むのをおもしろがっている時雨くんの横で、だ。


「じゃあ直護の部屋でしてもらったら? せっかくだし」


 にっこり笑顔でそんな爆弾発言をした時雨くんは、わたしと直護くんの腕を掴んで、ガーデナー専用学生寮まで帰宅してしてしまったのである。

 そんなに力を込められているようには感じなかったが、時雨くんの手はどうやっても離れてくれず、体格のいい直護くんでさえ「関節外す気か、この馬鹿力……!」と引きずられていた。

 道中、ご機嫌に話してくれた時雨くんによると、直護くんと時雨くんは学生寮の同じフロア、三つ隣のご近所さんであるらしい。幼等部のころからずっとそうなのだそうだ。

 そうして、わたしたちを直護くんの部室に放り込んだ時雨くんは、「それじゃあ、おふたりでごゆっくり。今度、一から十から百まで全部聞かせてね」とウキウキで自室へと帰り——いまに至るというわけだ。

 男子の部屋にお邪魔するなんて初めてで、しかもふたりっきり。ものすごく緊張してしまって、どうしたらいいかわからずペットボトルを握りしめたまま立ち尽くしているわたしなのだが——恐らく、直護くんもわたしに負けず劣らず緊張している。と思う。たぶん。


「時雨のやつ……」


 迫力のあるしかめっ面でスマホを操作し、時雨くんにメッセージを送っていると思しき直護くんも、わたしと同じく立ちっぱなしだ。

 デスクチェアもベッドも、直護くんにとっては自分のものだから気軽に腰かけられるはずなのに、なんでかテーブルを挟んでわたしと向かい合う形で立っている。緊張しているわたしでも、さすがに違和感を覚える状況だ。

 体感、二、三分はそのおかしな状況が続いた。


「あ……わ、悪い! 適当にそこに座ってくれ!」

「ううんっ、あの、わ、わたしもなんかごめんね!」


 互いに妙な謝り合いをして、それからわたしは直護くんが勧めてくれたデスクチェアへと腰を落ち着ける。直護くんはベッドに座った。

 そしてそこから、また沈黙である。

 本当におかしい。ふたりっきりになることは、もう珍しくないのに。平日放課後は、ほとんど毎日サロンルームでお喋りしているのに。そのとき、こんなに気まずい時間はできなかったのに。

 場所が直護くんの部屋に変わっただけで、心持ちがここまで変わるとは思ってもみなかった。

 ——どうしよう。どうしよう。

 ずっとその言葉だけが頭のなかを空回る。

 そして、この状況に耐えられず、必死に話題を探した結果。

 わたしはもっと慎重に話そうと思っていた事柄を選択してしまった。


「わっ……わたし、ウザかったりするかな!?」

「……は?」

「あっ、間違えた……! あの、違くて、ええと……ク、クラスの子が——じゃなくて、んーと……そう! あやめちゃんたちがよく、わたしと直護くん、イチャイチャしてるって言うから……!」

「……クラスのだれかからウザいって言われたのか?」

「それは本当に言われてないよ!? 強いて言えば時雨くんだけども!」

「…………へえ。時雨にはもう相談してんのか」


 ——なんか、もろもろ全部見透かされてる……!?

 やっぱり短絡的に話題にすべきではなかった。緊張と焦りで早まってしまった。

 後悔してもあとの祭り。さきほどまで緊張一色だった直護くんの目が据わってしまっている。


「実乃」

「はひ」

「時雨に話したこと、全部俺にも言えるよな?」

「い……えないですぅ……」

「実乃」

「だ、だってぇ! だれとの話のことなのか、時雨くんすぐ気づいちゃったんだもん! 直護くんも絶対気づくに決まってる! わたしは、わたしが問題行動しちゃってるなら直したいなって思っただけで、べつにその子のことどうこうしたいとか思ってないもん!」


 しばし、わたしと難しい顔をした直護くんは見つめ合う。

 根負けしたのは、直護くんの方だった。はあぁ、と直護くんがこれ見よがしにため息をつく。


「わーったよ。これ以上は聞かねぇ」

「直護くん……!」

「ただし。——ちょっとこっち来い」


 強めの口調で言われ、胸が高鳴った。

 引き寄せられるように直護くんのもとへ行くと、さらに続けて命令される。


「座れ」

「はいぃ……!」


 直護くんの隣、ベッドへと腰を下ろす。


「お前の希望は汲んでやる。その代わり、いまから俺がやることに、あとからとやかく言うなよ」

「はわ……!」


 ——すごい。まずい。やばい。期待で胸がはち切れそう。

 一体なにをするつもりなのか、なにをしてくれるのか、と直護くんを見ていると、彼はわたしの前に跪いた。

 顔を伏せているせいで表情はわからないが、直護くんのつむじが見える。新鮮な光景だ。


「……マジで文句言うなよ。お前の望みでもあったんだからな」


 そうして、わたしの足を持ち——、


「いっ……!?」


 わたしの足裏に、思いっきり親指を突き立ててきた。

 全身が縮みあがるほどの激痛。叫びそうになった口をとっさに押さえたが、漏れ出る呻き声までは抑えることができない。


「いた、たたた……いぃいっ……くぅうう~……!」

「……もう少し弱めた方がいいか?」

「ダメ最後までやめないでもっと強くてもいいから!!」

「………………おう」


 土踏まず、踵、指や指の付け根。力の強弱でメリハリのある痛みを与えられつつも足全体を満遍なく刺激され、そして次は逆の足。

 もうわたしは耐え切れず、背中からベッドに倒れ込んだ。


「あああぁ……! しゅごいぃ……!」

「くるぶしからふくらはぎの方も触るぞ」

「お願いしま————いったァい!!」


 ——ああ……最高すぎる……! ちゃんと的確に何度も何度も何度も痛いとこ突いてくれてる……! こんなすごいのされたら、直護くんのこと好きになっちゃう……!

 あんまりにも幸せすぎて、もしかしたら記憶が飛んだかもしれない。

 それくらい、あっという間の時間だった。


「ふえへへぇ……。もっと長くしてくれてもよかったのに……」

「マッサージはやりすぎてもよくねーの。…………あと、できれば早めに起き上がってくれると助かる」

「待って……。ちょっといま、軽く腰が抜けちゃってて……力が……」

「……マッサージとか整体の店、迂闊に行かない方がいいぞ」


 ベッドで横になっているわたしの隣に座る直護くんは、頑なにこちらを見ようとしない。

 心身ともに落ち着いてきて冷静さを取り戻しつつあるので、わたしもその理由がわからないわけではない。そこまで鈍くない。

 わたしだってこの状況、ちょっと恥ずかしいと思っている。……まあ、もっと恥ずかしい姿を晒してしまった気はするけど、それはそれ。

 男の子のベッドに寝転がっている——そんな自分を誤魔化すため、無理やりにでも話を広げることにする。


「そういう系は、たぶん行くことないと思う。わたしも自分のことながら、どこまで我慢できるかわかんないし……人様に迷惑かけたくないし……。病院とかと違って、絶対行かなくちゃいけない場所って感じでもないしね」

「なんなら、やり方教えるけど。自分でするときは、ちょっとコツが——」

「あ、それはいいや」

「……そうか? 痛みがありつつ怪我しないってのは、あんまりほかに選択肢ないような気がするが……」

「べつに痛いの好きじゃないし、自分でしても指疲れるだけで楽しくないじゃん」

「……うん……? 痛いのは好きじゃない……?」


 直護くんが首を傾げる。

 痛いのが好きじゃないのは普通じゃない? 不思議そうにすることじゃないと思う。


「……ちなみに実乃のお母さんは、マッサージのときどれぐらいの強さでやってたんだ?」

「え? うーん……全力でやってくれてたと思うよ。もちろん、直護くんより力は全然弱いんだけど。でもね、お母さんは力よりなにより容赦なくって……! 痛いって言ったところを重点的に押してくるし、痛すぎて泣いても絶対やめないの! このまま三十秒我慢しなさいって、もうすっごい冷たい声と目でわたしを……! はあぁ……思い出したらホームシックになりそう……」

「…………オッケー。また少し理解を深められた気がする。……俺もやってて若干楽しいと思えちまってんだから、もう始末に負えねぇな」

「じゃあ、またしよう! また!」

「ハイハイ、またな。……対のガーデナーとブルームが相性いいって、こういうことなのか……? なんか想像してたのと違うな……」


 直護くんはなにやら考え込んでしまったけれど、わたしは『また』と約束してもらえたのが嬉しくて、にまにまと笑ってしまう。

 けれど、「ああ、そうだ。それと」と直護くんが続けた言葉により、わたしの笑顔は引っ込んだ。


「ウザいなんて思ってねぇよ。外野がなんと言おうと、実乃が嫌がってるわけじゃないなら、俺は言動を変えるつもりはない。もしよそよそしい態度でもとろうもんなら、次はお前に余計なこと吹き込んだやつを教えてもらえるまで、徹底的に追及するからな」


 祢宜田さん。申し訳ないけどわたし、あなたの望むような振る舞いはできそうにないです。

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