5.交友
生憎の小雨模様となってしまった土曜日。
わたしたちは学園敷地内のアミューズメント施設へと赴いていた。
「おおぉ……! わたし、こういうとこ来るの初めて!」
ボウリング、アイススケート、卓球などなどの屋内スポーツを始め、体を動かすタイプのゲームがたくさん用意されている。
丸一日使ってもすべてを楽しみつくすには足りないだろうここは、直護くんや時雨くんが幼等部のころからたびたび訪れている遊び場なのだそうだ。
こういった施設は地元にもあったけれど、わたしにとって友達と行く近場といえばカラオケばかりで、なんだか新鮮に思える。
四季音ちゃんは二回ほど来たことがあるらしいが、あやめちゃんも手鞠ちゃんも初めてということで、わたしと同じく物珍しそうにあたりを見渡している。
けれど手鞠ちゃんはすぐにハッとした顔をして、友丸くんへと視線を動かした。
「ト……トモは、なにからしたい?」
あくまでも今回は、手鞠ちゃんと友丸くんが円滑に会話するための集いなのだ。
彼女自身それをよくよく理解しているようで、ぎこちなさはありつつも、積極的にコミュニケーションをとろうと努めている。
「オレは来たことあるから。てまちゃんがしたいやつでいいぞ!」
「し、したいやつ、か……。ええと……」
手鞠ちゃんは困ったような、助けを求めるような目でこちらを見てきた。
「わたしはしたいのがありすぎて、逆に困っちゃうなあ。アイススケートでしょ、テニスでしょ、バドミントンでしょ、ビリヤードでしょ、ダーツでしょ、それからダンスゲームに脱出ゲームも気になるし、アスレチックコーナーも……あっ、あとあれ! ボルダリング!」
わたしが遠くのボルダリングスペースを指さした途端、ふはっ、と直護くんが吹き出すように笑った。
「実乃の力じゃ、ボルダリングできねぇんじゃねぇの?」
「なぁっ……!?」
わたしの一桁握力をからかってるんだ、とすぐに察した。
意地が悪い。ドキドキしちゃう。
顔の火照りを誤魔化すべく、わたしはうつむき気味に反論する。
「だ、だから、あれはわたしの実力じゃなくって……! それに言っとくけど、あやめちゃんもわたしとどっこいどっこいだったからね!」
「えっ……な……流れ弾……!? み、実乃ちゃんと比べたら、あたしの方が上でしたよ……! ボルダリングも、実乃ちゃんよりはできる自信あります……!」
「なにをー!」
四季音ちゃんがくすくす笑っている。彼女の握力は普通に二十キロ台だったから、わたしたちの言い合いをどんぐりの背比べとでも思っているのだろう。
時雨くんの「それじゃあ、まずはボルダリングからだね」という言葉に異を唱える人はおらず、わたしとあやめちゃんは競うようにボルダリングスペースへと向かった。
何度やっても一番簡単な、子ども向けルートすらクリアできなかったのは、わたしだけだった。
◇
「うあぁ~……絶対明日、筋肉痛ヤバい~……。すでに体ギシギシしてるぅ~……」
「ふ……ふふ……情けないですね……。こ……これで思い知ったでしょう……あたしと実乃ちゃんのレベル差を……」
「岸さんも足が震えていらっしゃいますよ。強がらず、座って休むことをお勧めいたします」
お昼も済ませてまたひと遊びしたあと、さすがに体力の限界を迎え始めていたわたし含む女子メンバーは、隅のベンチで休憩することにした。
男子たちは、直護くんVS時雨くん・友丸くんペアでバスケ中だ。遠目に眺めていても疲れた様子は見られず、まだまだ余裕で遊び続けられるとでも言いたげな体力オバケっぷりを披露している。
時折、大きな体の直護くんをかいくぐってシュートを決めた友丸くんが、こちら——というより手鞠ちゃんに向けて手を振ってくる姿が、とても微笑ましい。
それに応える手鞠ちゃんは、変に緊張していたり構えていたりといったふうでもなく、当初と比べれば随分とリラックスした表情をするようになった気がする。
そう思ったのは、わたしだけではないらしい。
「安中さん、きちんと今日を楽しめているようで、安心いたしました」
「え……」
四季音ちゃんに声をかけられた手鞠ちゃんは驚いたように目を瞬かせたあと、恥ずかしげに頬をかいた。
「そう見えているかな……? だとしたら……うん、アタシとしても安心だね」
「もうふたりきりでも大丈夫そ? 不安なら、来週とか再来週もわたしは全然付き合うけど」
「ま……まだここも、遊べていないところがたくさんありそうですしね……」
「……ありがとう、みんな」
噛みしめるようにそう言った手鞠ちゃんは、バスケコートへと視線を投げる。
「今日はトモといつもよりたくさん話せて……なんとなく、心の整理がついた気がするよ」
そしてわたしたちへと向き直ったかと思うと、にやりと意地の悪い笑い方をした。
「とくに……くくっ……実乃が小学生のトモと本気で張り合って勝負していたところなんかは、すごく参考になった」
「な……!?」
「すべてにおいて、文句のつけようもないほどの惨敗でございましたね」
「ふふっ……ふふふふふっ……。あ……あの実乃ちゃんの醜態は、しばらく笑いのタネにできます……」
「みんなひどい!!」
たしかに、今日のわたしはちょっと大人げなかったかもしれない。
けど、でも、小学生相手に全敗っていうのが、許せなかったんだもん……! しかも友丸くん、勝ち誇りつつ、わたしを小馬鹿にした顔してたし!
あの顔を思い出しただけで、また悔しくなってくる。
それが伝わったのか、みんなはさらに笑い声をあげた。
本当にひどい。意地悪。——ちょっとドキドキするじゃんか。
高鳴る胸を密かに押さえつつ、みんなの笑いが収まるのを待つ。
やがて、ひとしきり笑って満足したのか、ふう、と息をついた手鞠ちゃんは、静かに切り出した。
「たぶんアタシは——変化した環境に早く適応しないとって、焦っていたんだと思う。いまはまだ婚約者だっていうことを意識しすぎずに、対等な友達相手みたいな接し方から始めようかなって」
友丸くんを見つめる手鞠ちゃんの目は、どちらかというとまだ、いきなりできた弟を見ているかのような雰囲気を醸している。
「どうせ結婚することになったとしても、最短で八年後の話だ。その間に、互いの気持ちや関係性なんていくらでも変化するに決まってる。もっとのんびりゆっくり、肩の力を抜いてやっていこうと思ったよ」
「うん、いいと思う」
自然に、わたしはそう言っていた。
手鞠ちゃんのポジティブな気持ちが伝わってきたからだと思う、きっと。
「次の休日は、ふたりきりで遊ぶことを提案してみる。……もちろん、またみんなとも遊びたいから、落ち着いたころにでも誘っていいかい?」
「それはもちろん! 休みの日だけじゃなくて、放課後でもいいし! ね!」
あやめちゃんと四季音ちゃんも、同意するように頷いた。
「楽しそうだね」
「あ、時雨くん」
タオルで汗を拭いながら、時雨くんもベンチへとやってきた。
直護くんと友丸くんは、まだコートに残っている。
「僕も一緒に休憩いいかな?」
「どうぞどうぞー」
詰めてベンチのスペースを空けると、時雨くんは「ありがとう」と微笑んでわたしの隣へと腰を下ろした。
「お飲み物はいかがですか? お水でよろしければ、さきほどまとめて買った分がございます」
「わ、気が利くね。それじゃあ、お言葉に甘えて。ありがとう、四季音ちゃん」
「直護くんたちは、まだ続けるって?」
「うん。友丸がスリーポイントシュート成功させたいって言っていてね。直護が手解き中」
「ス、スリーポイント……小四で……?」
幼くともガーデナー。わたしが何度挑戦しようとも、運動勝負で勝てるわけがなかったというわけか……。いやでも、なにかひとつくらいは勝ちたい。全敗のままは悲しい。
わたしでも勝てる勝負……中学でやってたテニスも下手っぴだったし——なんて考えていると。
「今回は友丸たちのフォローって話だったけど」と時雨くんが前置いた。
「実乃ちゃんと直護はどうなの? ちゃんとうまくやれてる?」
「うぇっ!? わ、わたし!?」
「うん。直護がいるところで聞くと、嫌な顔されるし」
「わたしだって嫌な顔するよ!」
「実乃ちゃんがしてもかわいいだけだから、べつにいいよ」
——やっぱり時雨くんって、イイ性格してる人だ……!
いまだって柔和な顔でにこにこ笑っているけれど、発言が全然柔和じゃない。あやめちゃんに至っては「お……女たらし……」という悪口まで呟いている。
しかし、わたしたちの反応を意に介した様子もなく、時雨くんは「それで? どうなの?」と詰め寄ってきた。
「ど、どど、どうって……ふ、普通だよ。普通に仲いい……と、思う」
「普通って、曖昧だなあ。もっとこう……うーん、そうだな……キスした、とか」
「キ!? ななななんでそんなこと聞くの!?」
「え? おもしろいから。直護で遊ぶネタになる」
——直護くん、この人と友達で大丈夫かな。
お節介ながら、そう思わずにはいられなかった。心配度合いの違いはあれど、この場の全員がそう思ったと思う。
「だけどいまの感じだと、まだみたいだね。つまらないなぁ」
「…………もしいつかすることになったとしても、時雨くんにはバレないようにする。絶対に」
「ふふっ。実乃ちゃん、わかりやすいから、たぶん気づけると思うよ」
「むぐぐ……」
「でも、そっかあ。学校ではあんなにあからさまだから、もっと進んでるかと思ってたけど」
その言葉で、わたしはふと思い出してしまった。
「……目に余るくらい、あからさまに見える?」
「ん? あ、もしかして、だれかから目に余るっていじめられた?」
「うっ」
「ふふふふっ。本当にわかりやすいなぁ」
「い……いじめられてるんですか、実乃ちゃん……!?」
「目に余るという発言から鑑みるに、同じクラスの方でしょうか」
「困りごとなら遠慮なく言ってほしい! アタシの相談に乗ってくれたんだから、今度はアタシが相談に乗る番だ!」
「ま、待って待って! いじめられてないから! そんな深刻な話じゃないから!」
慌てて手を振って否定するも、みんな訝しげな目でわたしを見ている。
まるで、わたしがいじめられていることがもう確定事項であるかのような反応だ。
「ホントにね、あの……一対一のお話合いというか……た、たぶんなんだけど、直護くんのこと好きな子が、わたしにちょっと物申したかっただけ……みたいな? そんな感じで」
「ああ……だれが物申したのか、わかっちゃった」
「えっ、うそ!? これだけで!?」
「うん」
にっこりと時雨くんが微笑む。
「直護のこと好きな子で、一対一で喧嘩売りに行けるタイプでしょ? で、クラスメイトとなれば——」
「言わないで、言わないで! 犯人探しみたいなことしないで!」
「……申し訳ございません。わたくしもわかってしまいました」
「四季音ちゃんまで!?」
どうやら、祢宜田さんが直護くんを好きなことは、わりと知られているらしい。……いや、あやめちゃんと手鞠ちゃんはまだだれの話か気づいていなさそうだ。時雨くんと四季音ちゃんが、特別機微に鋭いだけかもしれない。
とりあえず、気づいていないあやめちゃんと手鞠ちゃんの前で祢宜田さんの名前を出されるのは困るので、わたしは早口で言葉を重ねていく。
「もう忘れて! ほら、あの、前にあやめちゃんたちは直護くんとの接し方変えなくていいみたいなこと言ってくれたけど、そうじゃない意見もあったから! それで、もっとほかの人がどう思ってるのか聞きたくなっただけ! 時雨くんもべつに変えなくていい派ってことだよね! それがわかれば十分! ハイ、この話おしまい!」
「まあ、教室でキスし始めるレベルになったら、僕も派閥を変えるけどね」
「しないよ!?」
さすがにそのレベルにまで行ったら、怒鳴ってとめてくれてもいいくらいだ。
あやめちゃんが「そ……そうなったとしても、それはそれで……」とか言っているけれど、そうなる未来は絶対に来ないと断言できる。意地悪されるのが好きなわたしだが、衆人環視のなかで羞恥プレイをする趣味はない。そんなことされたら、普通に直護くんのこと嫌いになると思う。
「ひとまず、僕からアドバイス的なことを言っておくと」
時雨くんがバスケコートへと顔を向けた。
どうやらスリーポイントシュートが成功したようで、ぴょんぴょん跳ねながら友丸くんが手鞠ちゃんへアピールしている。
「他人の意見より、直護の意見を聞いてあげた方がいいんじゃないかな。急に距離感が変わったら、直護も困惑すると思うよ。それで、実乃ちゃんになにかあったのかって聞くと思うし、実乃ちゃんはわかりやすいから目障りでウザいって言われたことバレると思うし、言った犯人のこともバレると思う」
「目障りでウザいとまでは言われてないけど!?」
わたしがツッコむと、時雨くんは楽しそうに笑った。
直護くんたちは一段落つけることにしたようで、ゆっくりこちらへと向かってきている。
時雨くんは、わたしたちの話もここまでだとみなしたらしい。なんでもなかったふうを装って立ち上がり、「おつかれー」と直護くんたちの方に行ってしまった。




