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花咲くわたしと意地悪な婚約者  作者: はねる朱色


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4.胡蝶蘭

 ガーデナーは運動が得意。

 とは聞いたけど、まさかここまでとは思っていなかった。


「50メートル五秒代……!? ちゃんと練習すれば、なんかの記録を狙えるレベルなんじゃ……!?」

「いや、俺はガーデナーのなかじゃ中間層くらいだから」

「これで!? わ、わたし、下手するとダブルスコアになると思うんだけど……!」

「ダブルスコアってそういう使い方すんだっけ?」


 体力テスト。女子が屋内種目を、男子が屋外種目を終えて、屋外と屋内を交代する移動時間。

 直護くんから記録用紙を見せてもらったわたしは、愕然とするばかりだった。

 50メートル走以外の項目も、軒並み最高得点。このあとやる屋内種目も、全部最高得点を叩き出しそうな予感がする。それくらい、直護くんは自信に満ちあふれているように見える。


「実乃は柔軟だけダントツだな。……くくっ、握力一桁って」

「ち、違う! 中学のときは11……12……13……いや15くらい出てたもん! 今回はあの、あれ…………機械との相性悪かっただけ!」

「そーか、そーか。残りもがんばれよ」


 直護くんは、ひらひらと手を振りながら体育館の方へと向かっていった。

 あの様子だと、絶対に信じてない。

 中学ではテニス部でラケットを握り続けていたから、本当に非力なわけじゃないのに。……まあ、下手っぴだったけども。去年の夏に引退してからは、一切運動してなかったけども。


「み、実乃ちゃん」


 遠くなっていく直護くんの背中をじっと見ていたら、うしろから声をかけられた。

 待っていてくれたあやめちゃんと四季音ちゃんだ。


「あっ、ごめん。行こっか」


 三人並んで、グラウンドへと向かう。

 その最中、あやめちゃんがチラチラとわたしの顔を見てきた。

 不思議に思って首を傾げると、あやめちゃんが控えめに口を開く。


「お……同じクラスって、やっぱりなんか……いいですね」

「なにが?」

「婚約者が、ですよね? わたくしも、甘楽さんたちを拝見していると、少し考えてしまいます。同じ時間に同じ体験をして、結果を見せ合って…………自分たちも婚約者同士同じ年齢であれば、こういったやり取りもできたのかな、と」


 四季音ちゃんの言葉に、あやめちゃんが何度も頷く。


「う……。ま、前も言ったけど、普通にしてるだけでイチャイチャとかじゃないからね、べつに。…………その、学校ではもう少し控えるべきかな……?」

「ええっ……!? だ……だめですよ、そんなの……! もったいない……! あたしの楽しみを奪う気ですか……!?」

「あやめちゃんを楽しませるためにやってるわけじゃないからね!?」

「——あら?」


 ふいに、四季音ちゃんが視線を遠くに投げた。

 つられてわたしもそちらを見ると、薄ピンクの髪の女の子が、大股でこちらへと歩みを進めている。

 あの子はたしか——安中(あんなか)手鞠(てまり)さん。

 髪飾りのように胡蝶蘭を咲かせている、クラスメイトのブルームだ。


「安中さん? どうかなさいましたか。集合場所とは逆方向ですが——」


 そう話しかけた四季音ちゃんを無視して、彼女はわたしの前に立ちはだかった。

 女子にしては、かなり背が高い安中さん。

 自然とわたしは彼女に見下ろされる形になる。


「えっと……?」

「甘楽さん」

「は、はい」

「あの」


 彼女はそこで言葉を区切った。

 そして、濃いピンクの瞳でわたしを睨むように見つめながら深呼吸をする。

 わけがわからず、あやめちゃんと四季音ちゃんに視線を送るが、ふたりも困惑している様子だ。

 どうやら安中さんにはよくある行動というわけでもないらしい。


「……あー……安中さん? そろそろ休憩時間終わるし、行かないと……」

「待って!!」

「はっ、はいぃ!」


 高い位置から大声が降ってきて、思わず体が跳ねる。

 いまのは————ちょっと、よかった。ドキドキした。

 けれど安中さんに、わたしのそんな心情など伝わるはずもなく。彼女は一転して、申し訳なさそうに眉を下げた。


「ご、ごめん。違くて…………き、緊張してて」

「緊張?」

「ちょっと……もうちょっとだけ待って。お願い」

「う、うん。まあ、遅刻しない程度なら」


 わたしが頷くと、安中さんは再度深呼吸をする。

 それを十回繰り返したところで、安中さんはようやく本題を切り出した。


「アタシに————恋愛指導をしてくれないか!?」





 ◇





「つまり……婚約者さんとどう接したらいいか悩んでるってこと?」


 グラウンド端の木陰。

 ハンドボール投げの順番待ちグループから違和感がない程度に離れたところで、わたしたち四人は地面に腰を下ろしていた。

 わたしが概要を確認すると、安中さんは背の高い体を縮こめて、顔を真っ赤にしながら一回だけ首肯する。

 あやめちゃんの「こ……こんな手鞠ちゃん、初めて見ました……」という呟きが、辛うじて聞こえた。


「安中さんの婚約者さん、中等部のころ何度か教室へといらっしゃっていましたよね。お名前はたしか……登山(のぼりやま)さん」

「さすが四季音、よく覚えてるね。登山友丸(ともまる)…………初等部の四年生だよ」

「初等部!?」

「シーッ!」


 人さし指を立てた安中さんの必死な形相を見て、わたしは慌てて口を押さえる。

 そろりと周囲を見渡してみれば、先生とは視線が合わなかった。計測作業でそれどころではないようだ。

 ただ、クラスメイトのひとりとは目が合った。

 体力テストにもメイクとヘアアレンジをキメて参加しているオシャレ女子。彼女はブルームではない、一般の女子生徒だ。

 うるさかったかな、と思い、手を合わせて『ごめん』と口パクで伝えてみたが、彼女は無視するようにそっぽを向いてしまった。


「話してる内容、気づかれたかな……」


 安中さんがぽつりとこぼす。


「聞こえたとしても、わたしが叫んじゃった『初等部』だけじゃない?」

「いや……冬優(ふゆ)はトモ——友丸の親戚なんだ。アタシがいて、初等部ってワードが出れば、ある程度は察すると思う」

「へー、親戚。珍し……くも、ないのかな? うちのクラス、双子いるし」

「そうですね。この学校の生徒は、ブルームやガーデナーの血縁者である割合が非常に高くなっておりますので」

「あ……あたしたちの見た目にびっくりしない人を選んだら、どうしてもそうなっちゃうみたいです……」

「あーね、なるほど」


 たしかに、いくら試験を突破できる学力を持っていても、花咲く人間をまったく知らない人は入学させづらいだろう。ブルーム本人とガーデナー本人以外は、高学力な身内から選ぶのが一番無難だということは想像に難くない。


「でもそしたら、あの子……えと、冬優ちゃん——祢宜田(ねぎた)さんだっけ? に相談するのが一番いいと思うけど……」

「こ、婚約者の家族に恋愛相談なんて、一番恥ずかしいやつじゃないか!」

「そ、そう……?」


 そういうものなのだろうか。直護くんの家族にはまだ会ったことがないから、いまいちピンとは来ないけど。


「うーん、でもなあ……。安中さんとちゃんと話したの今日が初めてだし、友丸くんのこと全然知らないし、聞けば聞くほどアドバイスできる気がしない……。わたしだって、まだ直護くんとの距離は探り探りだし……」

「そう……なのかい? 探り探りとは思えないほど、仲良さそうに見えた……どころか、すごく、その……イチャイチャしてるな、と……」

「いちゃ……!? あ、あやめちゃんと四季音ちゃん以外からも言われるなんて……!」


 わたしは思わず顔を覆う。顔が真っ赤になっている自覚があった。


「短期間であそこまで親密になるコツとか秘訣とか、なんでもいいんだ。婚約者としての心得とか……!」

「うぐぐぐ……そんなこと言われてもぉ……!」


 ホントに特別なことなんてしてないし! イチャイチャもしてないし! アドバイスなんて求められても本当に本当に困る……!

 そんなわたしへの助け舟なのか。代わりに四季音ちゃんが口を開いてくれた。


「放課後の親睦会はどうしているのですか?」

「……実は、二回だけしか。お互いをニックネームで呼び合おうって決めて……それ以上はなにを話したのかも覚えてない。ブルームについての説明も、先生からしてもらったんだ。そのとき、トモはまだ小三だったしね」


 その回答を受けて、今度はあやめちゃんが口を開く。


「あ……あの……じゃあ、休日に会うとかは……?」

「デートをしようって誘ってくれるんだけど……その、気まずくて。いつも『勉強が』とかいろいろ理由をつけて、断ってしまうんだ」

「……登山さんが何度も教室までいらっしゃっていたのは、寂しかったからでは……?」


 わたしも四季音ちゃんの意見に同意だ。

 聞いた限りでは、一方的に安中さんが婚約者を避けているように感じる。

 もちろん、いきなりできた婚約者に戸惑いがあるのは理解できるし、年の差もあるからその戸惑いはわたし以上のものなのだろうけど……これじゃあ性格の相性がよかったとしても、仲が深まることはないように思える。

 安中さんも婚約者を嫌っているふうではないから、まずは会って、少しでも話をするところからだろうか。

 そう考えて、ひとつ提案をしてみることにした。


「もしよかったらなんだけど……みんなで遊びに行ってみる?」





 ◇





「見つけたぁ! てまちゃん!」


 かわいらしい声が食堂に響いたのは、体力テスト終了後の昼休みのことだ。

 食事を終えて教室に戻ろうとしていた直護くんを捕まえ話をしていたわたしは、入り口の方を見て驚く。そこにいたのが、半ズボンの制服——初等部の制服を着た、幼い男の子だったからだ。


「トモ……!?」


 しかし、男の子に駆け寄る安中さん——手鞠ちゃんの姿が見えたことで納得した。

 あれが件の登山友丸くんというわけか。


「どうしてここに……!」

「だって、てまちゃんが連絡くれたから、早く返事をしなきゃって! 今週末、空いてるぞ!」

「メッセージで返してくれればいいのに……! ほら、初等部に戻らないと昼休みが————」


 ふたりは連れ立って食堂を出て行く。

 なんだ、全然普通に話せてるじゃん——と思っていると、直護くんが喋りかけてきた。


「今週末で決定か?」

「あ、うん。そうっぽいね。どう? 男の子が友丸くんだけっていうのもあれだから、もし暇なら来てくれると嬉しいんだけど」

「もちろんいいよ」

「ほんと!? やった!」

「どこ行くかは決まってんのか?」

「それはこれからで——」

「いいなあ、デート。僕もまぜてよ」

「えっ」


 わたしは直護くんの横へと視線を移す。

 よく直護くんと一緒に行動をしている、直護くんのお友達——照沼(てるぬま)時雨(しぐれ)くんだ。

 直護くんと並ぶと非常に線が細く見える美人さん。一応、彼もガーデナーであるらしい。まだ婚約者はいないとのことだけれど。


「……時雨、お前な」

「いいでしょ? 本当にデートってわけじゃなさそうだし」

「なら、デートにまぜろとかいう言い方すんじゃねぇよ。気色わりぃ」

「ふふふっ、ひどいなぁ」


 辛辣な物言いの直護くんにも臆した様子はなく、時雨くんは柔らかな笑顔を浮かべる。

 わたしは挨拶以外で言葉を交わしたことがまだなかったけれど、彼がだれに対しても穏やかに接する人物だということは普段の様子を見て知っている。


「えと、照沼くん」

「時雨でいいよ。夕暮(ゆうぐれ)がいるからね」


 夕暮というのは、同じクラスにいる彼の双子の弟ことだ。

 みんなは彼らを名字では呼ばず、中等部時代からずっと学級委員長を務めている弟くんのことを『委員長』もしくは『夕暮』、お兄ちゃんのことを『時雨』と呼び分けている。


「……じゃあ、時雨くん。一応目的は手鞠ちゃんと友丸くんのフォローだから、ただ遊ぶだけじゃなくなっちゃうかもなんだけど……大丈夫そう?」

「大丈夫、大丈夫。かわいい女の子たちと休日を過ごせるなら、どんな目的でも問題ないよ」


 ——あれっ、と思った。

 柔和で、穏やかで、人当たりがいい。それが彼の第一印象だったが……もしかすると、その通りの人ではないかもしれない。

 直護くんの「またお前は……」という呟きが、その予感を補強する。


「……一応の一応で言っとくけど、女子メンバーは手鞠ちゃんとあやめちゃんと四季音ちゃんで、全員婚約者がいるからね?」

「うん、知ってる。ブルームに手は出さないよ、面倒だからね。鑑賞用、鑑賞用」


 気のせいだろうか。柔らかい微笑みが、なんだかうさんくさい微笑みに見えてきた。


「まあ、破局したらその限りではないけれど。人の心って移ろいやすいよね」

「……俺とうまくいかなかったとしても、こいつにだけは靡かないでくれよ。頼むから」


 いまのところ直護くんと破局する予定はまったくないけど、わたしは全力で頷いておいた。





 ◇





 花絆学園に通うにあたり、高校受験が無駄になってショックを受けたわたしであるが、実際に通ってみて『サイコー!』『この学校に入学してよかった!』と思ったこともたくさんある。

 その最たるものが、トイレがめちゃくちゃに綺麗で広いことだ。

 ホワイトとウッド調のなんかオシャレなデザインだし、コンセント付きのパウダールームも完備されているし、一日に最低二回はプロが清掃してくれている。ちょっとした商業施設にも全然負けていないくらい、パーフェクトなトイレなのだ。

 なにより個室の数が多くて、昼休み終了五分前に駆けこんでも絶対に空いているのがもう最高。万歳。

 ブルームにストレスをかけないってモットーは伊達じゃないね——なんて考えつつ、とはいえ悠長にしている余裕がないのはたしかだ。

 ささっと済ませて、手を洗って、ハンドドライヤーで乾かして、ふと鏡を見たら前髪が気になったのでちょいと弄って、リップクリームを塗って、全身が映る姿見の前で最終チェックをして——よし、とトイレを出る。


「ねえ」


 一瞬、自分に話しかけられたのだと気づかなかった。

 通り過ぎそうになって、声を発したのがクラスメイトだとわかって、その子がわたしをまっすぐに見つめていたから、立ち止まることができた。

 トイレ入り口の壁に背を預けて——まるでトイレから出てくるだれかを待っていたかのような出で立ち。ブレザー制服を着崩した、メイクバッチリオシャレ女子、祢宜田冬優さんがそこにいた。


「……わたし?」

「いろいろ特殊なのはそうなんだけどさ。ここが学校ってわかってる?」

「えっ?」


 なにを言われたか理解できず、わたしはただただ祢宜田さんを見つめ返す。

 そんなこと、もちろんわかっている。わかっていないわけがない。だから、彼女が言いたいのは字面通りの意味じゃないんだろうけど。


「目に余るって言うのかな、こういうの。もっと空気読みなよ」

「えーっと……ごめん、なんのこと?」

「……ふうん、わかんないんだ。わたしたちにとっては、あれくらいフツーですよって? フツーじゃないことに気づきなよ。…………是橋くん、あんな人じゃなかったのに」


 ——ああ、なるほど。

 なんとなく、ピンときた。


「あなたの後学のために、はっきり言っといてあげる。ブルームとガーデナーの制度、好意的に思ってる人ばっかりじゃないんだよ。……少なくとも、学校内は勉学の場だってこと、忘れないで」


 言いたいことだけ言って、祢宜田さんは足早に去っていった。

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