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花咲くわたしと意地悪な婚約者  作者: はねる朱色


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26.準備

 夏休みの登校日。高校というものは一般的にそうなのか、それともこの学園が特殊なのか。お盆が終わってから九月に入るまで、高等部の生徒は週三日の登校が義務づけられている。

 その理由は、文化祭準備のためだ。

 幼等部から大学部まで、全生徒が一丸となって取り組むこの行事は、それはもう大規模なものとなるらしい。そしてそれに伴い、準備期間も長くなるというわけだ。

 わたしは週一活動とはいえ茶道部に属しているので、そちらとクラスの出し物の準備に参加しなくてはならない。

 そして、もうひとつ。準備しなくてはならないものがある。


「うーん。んんんんー。かわいい……けど。かわいくはあるんだけどぉ……!」

「そうですね。わたくしもこれでは……」


 わたし、四季音ちゃん、あやめちゃん、手鞠ちゃんが訪れたのは、学園敷地内のショッピングモール。そのなかでも、わたしたち以外の生徒も多く集っているそこは、特別展開されている『仮装コスチュームコーナー』だ。

 メイド衣装、サンタ衣装、ナース衣装。アニメのキャラクター衣装もある。

 なにも知らない人が見れば、『ハロウィンはまだ先なのに、なんで特別展開?』と思うかもしれない。

 しかしこれこそが、準備しなくてはならないもののひとつなのだ。

 今年の文化祭のテーマ。事件のせいで家族を招待することすら禁止になったお祭りを、精いっぱい盛り上げるための施策。つまり——仮装フェスティバル、である。

 二日間にわたる文化祭だが、どちらの日程も制服ではなく自由な服装で、可能であれば仮装衣装での参加を推奨します、という旨のお触れが出たのだ。

 もちろん嫌な人は制服だったり普通の私服だったりでの参加でも大丈夫なのだが、わたしはそれはもうノリノリの乗り気である。お触れが出た初日にこうしてみんなで買い物に来るくらいには、本当に楽しみにしている。

 ——しかし、ここで問題が発生した。

 当然のことではあるのだが、ショッピングモールで売られている仮装衣装というのは、一般的な人の体型に合わせて作られているものだ。

 よくてS・M・Lの三種類。衣装によってはフリーサイズで、選ぶ余地がないパターンもある。

 あまり極端な体型に合わせた衣装は販売されていない。——そう、胸にどでかい花が咲いている人間用の衣装なんて、あるわけがないのだ。


「ぐぬぬぬぬ……! このメイド服かわいいのに……! 胸元が……!」

「わたくしも足が……。この和装風の衣装など、茶道部の方でも活用できそうでちょうどいいのですが……」


 わたしは胸元。四季音ちゃんは足の付け根に近い太ももまわり。ここに布地がある衣装は、ことごとく却下しなければならないのだ。

 そうなると、選択肢がほぼゼロになってしまう。露出の多い仮装はNGという決まり事もあるため、恐らく胸や足を大胆に晒すような衣装は売られていないのだろう。


「アタシとあやめは、そのあたりの共感はできないからなあ……」

「よ……四人でおそろいとかしてみたかったんですけど……ちょっと残念です……」


 花が頭にある手鞠ちゃんと、指にあるあやめちゃんは、わたしたちのような悩みは持たない。ふたりとも、もう買うべき衣装を見つけてしまったようだ。


「えー、どうしよー……。買ったやつの胸元を切って縫うとか……?」

「さ……裁縫、得意なんですか……?」

「まーったく。授業でエプロン作ったときも、ガッタガタで何回もやり直しさせられたもん」

「一回、是橋くんに相談してみるのはどうかな。料理が得意なくらいだから、もしかすると裁縫もいけるかもじゃないかい?」

「えっ……手鞠ちゃん、ナイスアイデアすぎる」


 その観点はなかった。たしかに、直護くんはめちゃくちゃ器用だから、ワンチャン裁縫も得意かもしれない。帰ったら聞いてみよう。


「わたくしは……下は制服のこのショートパンツにして上だけ仮装、という線で考えた方が無難でしょうか。一旦、家にあるもので代用できないか考えてみます」

「メイド服は?」


 本物のメイドさんなんだから、花が咲いている状態でも着られるものを持っているんじゃないかと思って気軽に問いかけてみたけれど、四季音ちゃんは首を横に振った。


「それは仕事着でございますから。楽しむ場では、あまり……」


 持ってはいるが、文化祭で着たくはないということか。四季音ちゃんのメイド姿、ちょっと見てみたいんだけどな。

 ——というよりわたし、仮装系のなかでは一番メイド服が好きなんだよね。

 とくに学園内にはメイドさんがたくさんいて、しかも役割とか担当場所ごとに少しずつ衣装が違うから、高等部食堂のメイド服かわいいな~とか、寮掃除係のメイド服クールですてき~とか、チラチラ視線を送ってしまうくらいだ。あと、執事服もバリエーションがあって、眺めているだけで楽しい。

 だから仮装フェスティバルと聞いて、しかも金銭面に不安がある生徒はメイドさんや執事さんたちから服を借りるのもオーケーという話も耳にしたので、いまからいろんな生徒たちによるメイドさん&執事さんを見ることができるのかと非常にワクワクしているのだ。

 できれば、四季音ちゃんにもメイド服を着てほしかったけど——なんて考えていた脳裏に、ふと手鞠ちゃん以上のナイスアイデアが浮かびあがった。


「わ……わたし、先に帰るねっ!」

「え? ええ、承知いたしました……。是橋さんへのご相談のためですか?」

「そうだけどそうじゃないけどそう!」


 仮装フェスティバルのお触れが出たのは今日。直護くんは、まあ適当にするか、くらいの反応で、仮装にめちゃくちゃ積極的という雰囲気ではなかった。

 であれば——であれば!!

 はやく帰ってお願いすれば、執事服を着てくれるかもしれない……!!





 ◇





「あー……悪い。親に今年の文化祭は来校無理そうだってメッセージ送るついでに、仮装することになったって伝えたら、俺の衣装は実家の方で用意するって話になっちまった」

「えーっ!?」


 ボディーガードさんと一緒に走りながら急いで帰ってきたというのに、まさかの手遅れだったらしい。

 疲れも相まって、わたしはソファーに倒れ込んでしまう。


「直護くんの意地悪執事が……見れない……! 絶対似合うのにぃ……!」

「意地悪執事……?」


 直護くんの不可解そうな声。——初めて聞いた単語みたいに言わないでほしい。難しい言葉じゃないでしょ。

 ソファーに倒れた体勢のまま顔だけ直護くんの方に向けると、直護くんは片手でスマホを操作しながらこちらに近づいてくるところだった。


「いやまあでも、さすがにまだ手はつけてない、か……? いや、つけてそうな気も……。一応、実乃の要望も送っとくから、そんなに落ち込むな」


 ソファー前の床に腰を下ろした直護くんは、わたしの頭を撫でてくれた。

 ——はあ、しゅき。

 意地悪な直護くんも好きだけど、優しい直護くんも好きだ。

 しかし、なでなでを堪能できたのも束の間。スマホが振動し、直護くんが「あ」と声をあげた。


「もう型紙起こしはやったらしい」

「うわーん! 意地悪執事がぁ~!」

「けど、それ捨てて執事服にするってよ」

「ええぇ~っ!?」

「よかったな」


 感情が忙しない。だからこそ、喜びに振り切る前に一回立ち止まる。


「い、いいの!?」

「あ……いま追加で、実乃の服も作らせてくれるならとか言ってっけど。メイド服」

「いいのぉ!? やったー! ぜひぜひぜひ!」


 渡りに船。あまりにも嬉しすぎるご提案。思わず踊ってしまいそうになった。

 しかし、はたと気づく。


「……作るの? どなたが?」

「俺の母親」

「…………んえ? お母さんが、執事服とメイド服を? イチから??」

「言ってなかったか? この学園の制服とかをブルーム用にアレンジすんのが仕事なんだよ。実乃の制服も体操服も、母さんが作ったやつ」

「そうなの!? 初耳!」

「ま、趣味の延長みたいなもん————ん?」


 直護くんが首を傾げる。どうやら電話がかかってきたらしい。

 しかし、なかなか応答しようとしない。不思議に思って「だれ?」と聞くと、「母さん」と返ってきた。


「服のことで話があるとかじゃない? 出てあげた方がいいと思うけど……」

「ビデオ通話でかけてきてんだよ。嫌な予感がするっつーか……たぶん、実乃も顔見せることになるぞ」

「えっ」


 慌ててソファーにきちんと座り直し、髪とか服を整える。


「めんどくせぇし、このまま無視するか?」

「い、いいよ、大丈夫。ちゃんとご挨拶したことないし、せっかくだし、がんばる」

「実乃がそう言うならいいが……嫌になったら言えよ。すぐに切るから」


 そう言って、直護くんは床からわたしの隣に移動し、スマホをタップした。一拍置いて、画面に女性のお顔が映し出される。


「あ、やっと出ましたね、もう。今日はご機嫌ナナメで出てくれないモードなのかと——まあっ。まあまあまあ! いやだ、実乃ちゃんがいるじゃない!」

「こっ、こんにちは、はじめまして……!」

「はじめまして! わあぁ……ちいさい……かわいい……! ちょっともうナオくんってば、いきなりなんてヒドイでしょう。いつもみたいにお部屋にひとりでいるのかと思って、お化粧もお洋服も全然——ああっ、エプロンが糸くずだらけ……! ちょっと待ってちょうだいね!」


 携帯を伏せたのか、カメラをオフにしたのか、画面が真っ暗になる。

 その隙に、とわたしは直護くんの耳に顔を寄せた。


「お母さん、美人さんだね……!」

「そうか?」


 ひそひそ声で伝えた言葉は、直護くんにはピンと来なかったらしい。息子からしたら、なんとも思わないのかもしれない。

 細面で、目鼻立ちがくっきりしている美人さん。口元のあたりが直護くんに似ていた気がする。

 そして、本人は化粧云々と言っていたけれど、お肌も綺麗で全然問題ないように思えた。というか、すごく若く見える。もしかすると実際に、わたしのお母さんよりずっと若いのかもしれない。彼女も元ブルームだ。早くに子どもを望まれて、十代のうちに直護くんを産んだ可能性がある。

 ほんの少しの間を挟んで、エプロンを外した直護くんのお母さんが、再び画面に顔を出した。


「ごめんなさい、お待たせしました。ええと、それで…………あら? わたし、どうしてナオくんにお電話したんでしたっけ?」

「……衣装かなんかの話があんじゃねーの」

「あっ、そう! そうなんです! よくわかりましたね。サイズのことで、ナオくんから実乃ちゃんに確認をとってもらおうと思って。実乃ちゃんもいるなら、ちょうどいいですね」

「サイズ、ですか?」

「実乃ちゃんのサイズデータ、お仕事用のパソコンに入ったままだとは思うんです。でもこういうの、お仕事以外で使うのってよくないじゃないですか。少なくとも実乃ちゃんの許可がないと、って……」

「あ、なるほど」


 いずれ家族になる間柄だし、そのあたりは勝手に——ともいかないのが仕事というものなのだろう。


「全然いいですよ。というかむしろ、ありがとうございます。直護くんの服だけじゃなくて、わたしのまで……」

「わたしの方こそありがとうございます、ですよ。ペアルックのコスチューム……一回作ってみたかったんです。あ、メイド服で大丈夫でした? 違うお洋服を着たかったとか——」

「ないです! メイド服がいいです!」


 つい食い気味に答えてしまった。

 くすくすと笑い声が聞こえてきて、恥ずかしくなる。


「それならよかったです。気合いを入れて作っちゃいますね。——と、そうだ。危ない危ない、忘れるところでした。ナオくんは成長期早かったみたいで、もうほとんど背は伸びていないからいいんですけど、実乃ちゃんはどうですか? サイズが変わっていそうなら、測り直しておいた方がカッコよくかわいく衣装を着こなせるんですけど……」

「あ、わたしも身長ミリ単位でしか伸びてないんで、だいじょ————」


 ——果たして本当に、大丈夫だろうか。

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