25.通話
「ひさしぶり~」
画面の向こう側で、お母さんがにこやかに手を振っている。
「ひ、ひさしぶり。えーっと……元気?」
「元気元気。少なくとも、そっちよりは平穏無事にすごしてるわよ」
夏休み。多くの生徒が帰省を選択するなか、わたしは実家に帰らないという選択肢をとった。
理由はひとつ。ボディーガードにくっついて回られるのが苦手だからだ。
以前であれば、ボディーガードは帰省の道中や外出する際にのみ雇っていればそれでよかったらしいが、今回は違う。実家のなかにいる間もずっとボディーガード必須だし、家の周りには警備員も配置しなければ、帰省申請の許可は下りないとのこと。
それもこれも、事件続きなせいである。学園敷地内で遊ぶときですらボディーガードさんがついてくる始末。だから、基本的に買い物や学校に用事があるとき以外は、寮に引きこもるようにしている。
そんな状況で、直護くんから提案されたのが、このビデオ通話だ。
お盆でご両親も連休なんだから、と直護くんからノートパソコンを借してもらい、初めてやってみた……のだけれど、なんだか緊張する。
けれど、わたし以上に緊張している人もいるらしい。
「ほら、お父さんも。……服なんてどうでもいいから、早く!」
お母さんが画面外に向かって手招きをする。
やや間が空いてから、お母さんの隣に無表情のお父さんが腰を下ろした。
「……ひさしぶりだな」
「う、うん」
「…………最近、どうなんだ」
「え……べつに、普通」
「………………そうか」
「もう、なにそのつっまんない会話」
お母さんにばっさり切り捨てられ、お父さんは無表情のまま黙り込む。
そして、お母さんはそんなお父さんを無視して、身を乗り出すように問いかけてきた。
「直護くんは? そこ、リビングでしょ?」
「親子水入らずの方が話しやすいこともあるだろって、図書室に。いた方がよかった?」
「あらら、目の保養が……。まあでも、よく連絡はくれるからいっか。あんたよりも直護くんとの方が電話してるくらいよ。まったく、こっちからかけないと電話も寄越さないんだから。薄情な娘~」
「べ、べつに、そんな話すことないでしょ」
「せめて事件があったときくらいは言いなさいよ。直護くん、毎度毎度申し訳なさそうに報告してくるんだから、こっちの方が申し訳なくなっちゃう」
「う……それは……ハイ」
そこからわたしはお母さんに促され、寮侵入事件のこと、薬混入事件のこと、体調のことなど、一度は直護くんから聞いているであろう情報を、自分の口で説明するはめになった。
こんな辛気臭い話より、もっと気楽で他愛のない話をしたい——そんな思いで何度もお父さんに目配せをしたが、お父さんは手持ち無沙汰そうにお茶を口に運ぶばかりで、お母さんの追及を止めてくれはしなかった。
一通り話し、質問にも答えきったところで、ようやくお母さんは「うん、いいでしょう」と満足げに頷いた。
「次からは——次なんてない方がいいけど。ともかく、もし次があったら、元気になってからでいいからちゃんといまみたいに実乃も報告してきなさい。顔も見せない、声も聞かせてくれないじゃ、実乃が本当に元気かとか、困ってないかとか、悩んでないかとか、お母さんたち気づいてあげられないからね」
「あい……。ごめんなさい……」
「それじゃ、いまの悩みは?」
「えーっ! まだ続くの?」
「ここからは事件に関係ないことでいいから。少しはあるでしょ? ほら、ちょうど直護くんもいないんだし。一緒に生活しててここが大変ーとか、ここ直してほしいーとか。それとなく直護くんに伝えてあげることもできるし、愚痴を吐きたいだけなら秘密にしてあげるし。ないなら、お母さんがお父さんの愚痴を吐くけど」
「えっ!?」
お父さんがビックリ顔でお母さんを見つめる。かわいそうに。お母さんに遊ばれてらっしゃる。いつものことだけど。
「悩みとか愚痴って言われてもなぁ……。直護くん、わたしにはもったいない人すぎて……」
「それは知ってる。でも人間同士なんだし、ちょっと喧嘩することもあるくらいが自然でしょ?」
「あー……喧嘩……。強いて言えば、直護くんが心配性すぎたり、とか……? そのせいで自分の体のことないがしろにしようとするから、そういうので怒っちゃったりはあるけど……」
「うーん……それだけ? このぶんだと、直護くんにお悩み相談室を開いてあげた方がいい気がするわね。きっと実乃の方が直すべきところはたくさんあるし、迷惑かけまくってるんだろうから…………一応聞くけど、お尻ペンペンやってほしいなんて言って困らせてないでしょうね」
「お……お尻ペンペンは頼んだことないもん」
「いまの答えでわかった。ほかの迷惑は思いっきりかけちゃってるのね。もー、ホントお父さんそっくりに育っちゃって。子育てって難しすぎ……」
——子育て。
ため息まじりに吐かれたその言葉は、まだ悩みとまでは言えないほんの小さな不安をわたしに抱かせた。
「お、お母さん。その……わ、わたし、直護くんとの結婚、前向きに考えてるんだけど」
「あら。……あっ、ちょっと!」
お父さんがお茶をこぼした。
濡れたのは自分の服だけのようで、ソファーやテーブル、パソコンは無事らしい。お母さんに「部屋着のままで正解だったわね。ティッシュはあっち」と冷たく言われ、お父さんはしょんぼりしながら画面外へと行く。
「前向きなのはいいことね。逃がしたらもったいないわよ、あんな優良物件」
「え、あ、うん。えーと、それでね……こ、子どもについて、お母さんたちどこまで聞いてる?」
「子ども?」
「ブルームが産む子どもについて……」
「ああ……たしか、一番目の子は絶対男の子で、ガーデナーになるっていう————あ、待って。逆にこの話、実乃は知ってんのよね? ブルームの義務とか面倒くさいところは、直護くんの口から話すって聞いてるんだけど」
「大丈夫。たぶん、全部話してもらってる」
「あら、そう。だったら、そうね……その第一子のガーデナーは、学園敷地内で産んで、そのまま学園施設に引き取られることになってるから、来校者受け入れ期間以外で孫に会うのは難しいかもっていうのは聞いたかな」
「そ、そっか。うん。そっか……」
「で、それがなに?」
不思議そうに首を傾げるお母さん。わたしは一旦間をあけて、深呼吸する。
そうして発した声は、すごく小さくなってしまった。
「……ぎ、義務とかじゃなくて、子どものことも前向きに考えてるんだけど……」
お母さんがぱちくりと瞬く。
「え、なに? まさか、もう妊娠したの?」
「してないよ!?」
「あら。もったいぶるから、てっきり」
「そ、そういう話じゃなくて……! あのね、たとえば……たとえばね、わたしが高校卒業してすぐ子ども産むってなったら、どう思う? 早すぎるかな? 反対する?」
「はやいッ!!」
答えたのは、お父さんの声。遠くから叫んでいるような音質だった。
「お父さんには聞いてない。ねえ、お母さん、どう思う?」
「そうねー、実乃とお母さんとじゃ、状況が全然違うからねぇ」
遠くからさらに「まだ高校生なんだから、子どものことなんて——」と聞こえてきたが、お母さんは「うるさい」と一喝して話を続けた。
「もし実乃が普通の女子高生だったら、お母さんも早いって言ってたかもしれないけど、花が咲いてる限り——子どもが生まれない限り、気軽にお外にも行けないって話になってくるとねー……」
「べつに外に行けないから早く産みたいっていうのも違うんだけど……」
「うーん。ちなみに、進路はどうするつもりなの? 直護くんも含めて。いくら子育ては学園側に任せる部分が大きくて、助成金ももらえるってことになってても、ふたりして大学生で収入がないままじゃね、さすがに」
「あ、えっとね、わたしはまだちゃんと決めてないんだけど、直護くんは大学の単位、もう取り始めてるから。たぶん、飛び級……? みたいな形で、すぐ就職するって言ってた。順調にいけば、だけど」
「あらま。飛び級って外国みたい。やっぱりすごいわね。でも、実乃のちゃんと決めてないっていうのは、悩んでるってこと? 進学か就職か、それとも専業主婦?」
「就職は、あんまり考えてない……」
「じゃあ、進学か専業主婦かってことか。大学、行きたい気持ちはあるのね?」
控えめに頷く。これは、直護くんにもまだ言ったことがない話だ。
「その、ふわっとしてるんだけど……ここの大学、ガーデナーとブルームのこと勉強する学科があるから……。それはちょっと興味あるかも……くらいのレベルで……。学校の勉強は難しいけど……なんていうか、こう……みんなレベルが高くて、やりがいがあって楽しいし……。あ、でもほら、ブルームは妊娠しても学校に通いやすいようにいろいろしてくれるって話だから、進学したとしても——」
「お母さん、まだそっちの大学のことよく知らないから、なにか資料とかあるなら送ってくれる?」
話を遮るようにして、お母さんが言った。
「妊娠したあとの保障とか、制度なんかが載ってるやつも。直護くんにも言ってくれれば、揃えてくれるの手伝ってくれるでしょ」
「う、うん。わかった……」
「で、ひとつ! お母さんからアドバイスをします!」
「えっ。あ、ハイ」
画面の向こうのお母さんが、握りこぶしを作る。
そして、そのこぶしに力と感情を込め、「妊娠、出産、育児ってほんっとぉーに大変だから!」と語った。
「産休・育休をとって、しばらくは仕事との両立を考えなくてよかったお母さんだって、ものっすごく苦労したの! それが学業との両立なんてことになったら、お母さんだったら絶対にストレスでどうにかなっちゃうと思う! 絶対!」
「えと、でも、無理に両立しなくても、たぶんお休みはできるよ?」
「学生のお休みについて、もうちょっとしっかり考えた方がいいわよ。そりゃあ、支援はしっかりしてるんだろうし、休学もしやすいんだろうけど。休むってことは、勉強が遅れるってことなの。このあたりの感覚は、仕事を休むのとはまた種類が違うと思う」
「……そういうもん?」
「仕事は代わりの人に頼んだりできるけど、勉強はそんなことできないからね。とにかく、お母さんだったら大学に通いながら出産なんて無理! 実乃ががんばるっていうなら応援も手伝いもするけど、もうちょっと自分のやりたいこと、じっくり考えてみなさい」
そう言ってお母さんは、にかっと笑った。
——やっぱり、もっとこまめに電話するようにしようかな。
お母さんの笑顔は、そう思わせてくれる頼もしさがあった。




