20.薬
退院した初日、直護くんは夕食にハンバーグを作ってくれた。おいしくておいしくておいしくて、涙が出るほど嬉しかった。
翌日は、朝にエッグベネディクト、昼にお弁当、夜に魚の煮つけを作ってくれた。これまたおいしくて感動した。
さらに翌日、朝はお味噌汁と卵焼き、昼にお弁当、夜に肉じゃがを作ってくれた。……さすがにおかしいと思った。
「あの……直護くん?」
「ん? 味付け、もっと濃い方がよかったか?」
「ううん、肉じゃが、お母さんのよりおいしくて好き。……じゃなくって」
わたしは箸を置いて、表情の変化を見逃さないよう、直護くんの顔をじっと見ながら問いかける。
「直護くんのごはんおいしいし、最高だし、ありがたいけど……なんで? 学校の食堂もあるし、寮のごはんもいままで通り用意してもらえるはずだよね……?」
「……気分。作りたくなっただけだよ」
「そうだとしても、テストもあるのに……しかも、三食全部って。さすがに申し訳ないよ……」
「俺が作りたくなっただけなんだから、気にすんなよ」
「いや、気にするよ。これで気にせず『わーい、じゃあ明日からもよろしく!』なんて言う頭すっからかん女なら、むしろ直護くんはわたしを捨てるべきだよ」
すっ、と直護くんが目を伏せた。
どう考えたっておかしい。絶対なにかを隠されている。
「わたしのご機嫌とり……っぽくはないよね。なんだろ……ごはん作らなくちゃいけない理由……。雑な言い訳で誤魔化そうとしてきたのは、本気で隠しごとしようとは思ってなかったってことで……」
「あー、わかったわかった! 雑な言い訳で悪かったな。どうせどっかから話は漏れるんだ、ちゃんと俺から言うよ」
はあ、と大きくため息をついた直護くんは、背もたれへと体重を預け、「まず、これは守ってもらうが」と続けた。
「いまから話すこと、ほかのやつには言うんじゃねーぞ。とくに、ブルームとガーデナー以外には、絶対だ」
「え、うん。わかった」
「お前、隠しごと下手そうだからな。そこが一番心配なんだよ。……絶対だぞ?」
「わ、わかったってば!」
たしかに隠しごとが得意とは言えないかもだけど、そこまで念押ししなくていいのに。意地悪なんだから、もう。
「どっから話すか……」
言いながら、直護くんはスマホを操作する。
「とりあえず、お前たちがぶっ倒れた原因についてからかな」
「あ、もう調査終わったの?」
「まだ途中。……いや、原因自体はほぼ確定なんだが」
直護くんがスマホの画面を差し出した。
「これ、知ってるか?」
映し出されていたのは、錠剤タイプの薬だ。
名称欄には漢字がたくさん並んでいて小難しそうな雰囲気だったが、効能欄にはざっくり『ブルームの花弁の活性化』とだけ書かれていた。
「見たことないけど……活性化って、元気になるってこと?」
「まあ平たく言うと、そんな感じだな。つっても、『元気になる』のレベルにはかなりの差があるらしい。栄養ドリンクを飲んだ感じでちょっと目が覚めた程度ってやつもいれば、それこそ花の変色が治ったってやつもいるんだと」
「栄養ドリンク……そういえば、栄養剤の話はちょこっと聞いたことあるかも。でも、そのとき聞いたのは、塗り薬だったような……?」
「ああ、その話は俺も聞いたことあるな。そっちはもっと普段使い用っつーか、イメージとしてはドラッグストアでも買えるって感じだったか。こっちの錠剤は、もっと副作用のリスクが高いんだよ。で、今回の事件は、もともとリスクのある薬を過剰摂取したことが原因ってわけだ」
「…………えっ? つまりわたし、盛られた?」
いつの間に……いや、キャンプの日ってことはわかる。
でもあの日のバーベキューは、自分たちで食材を買って、自分たちで調理して——と記憶を辿っていたところで、思い至った。
「もしかして……カレー?」
「そ、正解。調べ始めたときには鍋も洗われてて、はっきりと成分が検出されたわけじゃないが、カレーを食べたブルームが倒れて、食べなかったブルームは無事だった。状況的に、カレーしかありえないって結論だ」
「え、でもそしたら……うわー、そういうことかあ!」
なぜ直護くんが急にごはん三食を用意してくれるようになったのか、ようやく納得できた。
あの日のカレーを作ったのは、学校の食堂で働いている調理師さんたちだ。そして、彼ら彼女らの何割かは、寮の調理担当も兼任しているらしい。実際、わたしも学校の食堂で、『あ、寮でよく見るおばちゃんだ』と思ったことがある。だから直護くんは、食堂のごはんも寮のごはんも警戒しているというわけか。
思い返せば、まだ入院中のあやめちゃん以外——四季音ちゃんと手鞠ちゃんも、昨日と今日は食堂は利用していなかった。四季音ちゃんは『テスト期間中で申し訳ないけれど愛妻弁当を食べたい、とご所望いただきまして……!』と、うきうきで婚約者さんとお揃いのお弁当を見せてくれたし、手鞠ちゃんも友丸くんから一緒にお昼休みをすごしたいとの申し出を受け、高等部と初等部の中間あたりにあるベンチで購買のお弁当を食べていると聞いた。
きっとふたりとも、そうやって婚約者たちに言いくるめられていたのだろう。わたしも直護くんにキャラ弁を作ってもらって四季音ちゃんに自慢していたから、ころっと騙される気持ちはよくわかる。
「言ってくれればよかったのに……」
「一応、管理機関から通告が来てたんだよ。他人の料理を食べることがトラウマになりかねない、ブルームのストレスを減らすために伏せておけって。……まあ、調なんかはもう知ってたみたいだが」
「そうなの?」
「今日の昼、堂々と食堂のメシを食ってたからな。それとなく聞いたら、自分は軽い症状で済んだから、最悪薬が入っていても問題ないとか言いやがった。もう安全だと示すためには、ブルームのだれかが一歩を踏み出す必要があるでしょう、だとよ」
ため息をついてから、直護くんは食事を再開する。
わたしも、せっかく作ってもらった料理を冷ましたいわけじゃないから、箸を持ち直した。
調先輩は、自分がブルームを取りまとめるような立場にいるから、そういう矢面に立つような行動をしているのだろうか。だとしたら、彼女の責任感の強さを感じる。
直護くんは心配もあってか険のある言い方をしているけれど、わたしは素直にすごいと思ってしまった。
「調先輩、いまは体調崩してないんだよね?」
「あくまでも、いまのところはな」
「……じゃあ、わたしも明日は食堂のごはん食べようかな」
「あ?」
「はわっ、好きぃ————じゃがいも!」
凄みのある声にときめいた拍子に、箸からじゃがいもが転げ落ちた。ときめきとは別の意味で心臓が跳ねたが、じゃがいもは白米に着地。セーフである。
ホッと胸を撫で下ろすと、直護くんの忍び笑いが聞こえた。
「毒気が抜けるっつーか、力が抜けるっつーか……俺は反対したいんだけど?」
「でも、わたしも……まだちゃんとはわかってないかもけど、みんなを安心させなくちゃいけない立場なんだよね? 調先輩にだけ押しつけるの、よくないと思う」
「もしまた薬が盛られたらどうすんだよ。調は涙が出るだけだったって話だが、お前はかなり苦しんでただろ」
「う……」
それを言われると、たしかに怯む。とくに目覚めた当初の吐き気はひどかったし、おいしいごはんもしばらく食べられなくなるし。
「でも、再発防止策みたいな……そういうの、学園側もやってるんじゃないの?」
「まあ、一応はな。調理場に立ち入る前の持ち物検査だったり、監視カメラの設置だったり」
「じゃあ、大丈夫じゃない? ……そもそも、直護くんもわかってると思うけど、調理員さんだけ疑うのも、ちょっとなあ。キャンプのカレーは自由によそっていいですよって形式だったから、だれでも薬を混ぜられる状況だったもん」
そう言うと、今度は直護くんが口ごもった。
「対策はしてるなら、あんまり警戒し続けても疲れちゃうだけだよ。直護くん、テストも大学の勉強もあるのに三食全部用意するって、無茶すぎ。わたしも勉強についてくので精いっぱいで料理する余裕ないし……素直に調理員さんたちが作ってくれたのを頼ろ?」
「……それでまたぶっ倒れたらどうすんだよ」
「そんときはそんとき! それに、そうなったら今度こそ調理員さんのなかに犯人がいるって絞り込めるわけだしね」
「次も同じ薬だとは限らない。死ぬ可能性だってあるんだぞ」
「もーっ、そんな可能性まで考え始めたらキリがないでしょ。食べて速攻で死ぬような毒なら、直護くんも一般生徒もみんな死ぬって。とにかく、明日はお弁当作んなくて大丈夫! 朝ごはんも夜ごはんも寮のを食べる! 決定!」
「…………弁当のおかず、もういくつか仕込み始めてる」
「手際がいいな……! じゃあ、朝ごはんだけはお部屋でそれを食べます! 決定!」
直護くんはまだ不服そうだ。でも、わたしだって引くつもりはない。
じーっと直護くんを見つめて、同意を待つ。直護くんも、しばらくはわたしを見つめていた。
だが、先に目を逸らしたのは、直護くんだ。頭が痛い、とでも訴えるかのように額を押さえ、がっくりと肩を落とす。
「……寮でも学校でも、食事時は俺の隣にいることが条件だ」
「わかった!」




