2.昼食
花絆学園において、お昼ごはんの選択肢は主にふたつだ。
ほとんどコンビニのような見た目の購買でお手軽なものを買って、校内の好きな場所で食べるか。あるいは、食堂で少しリッチなランチを楽しむか、である。
お弁当は、寮の共用キッチンが事前申請制かつ監督者のハウスメイドさんが同席していないと使えないため、基本的には選択肢に入っていない。入っていたとしても、いままでお母さんに料理を任せっぱなしだったわたしは選ばなかっただろうけど。
そういうわけで、わたしが選択したのは、食堂での少しリッチなランチだ。
なにせ、花が咲いている女生徒——ブルームと呼ばれているわたしたちは、食堂を無料で利用できるからである。
そんな食堂にて、日替わりの洋食プレートに舌鼓を打ちながら、わたしは対面に座るふたりに視線を送った。
「そっか。じゃあ、ほかのみんなは中三からここにいるんだね」
「はい。わたくしのように中学入学時から在籍しているブルームは、非常に稀だという話でございます」
お堅い口調でそう言ったのは、大壇四季音ちゃん。直護くんとは反対隣の席の、太ももに朝顔を咲かせている子だ。
朝顔の色は青色で、お団子にしている髪も同じ青色。目はその青よりも紫に近い色をしている。制服は白のセーラータイプ。ただしスカートではなく、太ももの花の邪魔にならないショートパンツを着用している。ちなみに、彼女のランチは和定食だ。
「あ……あのときは、びっくりしました……。夏休み明けたら、副委員長がブルームになってるんですもん……」
ぽそぽそと小さな声で言ったのは、岸あやめちゃん。名前は『あやめ』だけど、指輪のように中指に咲いているのは、金木犀の花だ。
髪は橙色。重めの前髪からのぞく目も橙色。制服はブレザータイプで、ランチに選んだのはカレー。
そして、彼女はわたしの前の席で、朝一番にちゃんと自己紹介をしあったとき、『ふ、ふふ……。あたしってばいっつもズレてるって言われるんです……。物心ついたころ……ううん、生まれたときからそう……。ふふっ……だって、名前があやめですよ? あたし、金木犀なのに……。お……お笑い種ですよね……』という自虐をかましてくれたおもしろい子でもある。
わたしは彼女の言葉に、「へー」と相槌を打った。
「四季音ちゃん、副委員長だったんだ。五限は委員決めって聞いたけど、立候補するの?」
「いえ。基本的に、ブルームはどの委員会にも属さないことになっておりますので。わたくしも中学三年の二学期からは、副委員を交代いたしました」
「そうなの? なんで?」
「ブルームには、可能な限りストレスを与えないよう気をつけねばならないからかと」
「い……委員会って、要は内申点の代わりに雑用を押しつけられるみたいなものだから……」
あやめちゃんの発言に、思わず笑ってしまう。
明け透けだし、うがった見方をしすぎだ。もちろん内申点目当ての子もいるだろうけど、そうじゃない場合だってあるだろうに。
「ふっ……んふふふっ……」
「あ……あたし、そんなにおもしろいこと言いました……?」
「ふふ……ご、ごめんごめん、なんかツボっちゃって。それでその内申点稼ぎって、わたしたちには関係ないの? ここ、大学もあるよね?」
「はい、大学はあります。ただ……外部受験はまた違うのかもしれませんが、内部進学の場合、ブルームは試験も面接も免除していただけるとのことです。内申点もわたくしたちには関係ないでしょう」
「おお……マジ?」
わたしは高校受験の日々を思い出す。
家から通える範囲で一番偏差値の高い高校を選んだから、夏休み付近からそれなりに真面目に、それなりに必死に勉強していた。
けれど、本来はもっと真面目に、もっと必死に勉強しなければならないであろう大学受験では、がんばらなくてもいいということになる。難関私立の花絆大学といえば、みんな知っているくらい有名な学校なはずなんだけどな。
……まあ、それを言うなら、この高校も試験免除で入学できてしまっているのだが。
いろいろ事情があるとはいえ、すでに恩恵を受けているわたしが、そのあたりの制度に意見するのも違うだろう。
——ただ、ひとつだけ愚痴を言わせてもらうなら。
「わたし、せっかく受験勉強して第一志望合格したのに、無駄になっちゃったんだよねー。ここに通わなくちゃいけないって説明受けたとき、納得はしたけどちょっとショックだったもん」
「まあ……左様でしたか」
「た……たしかに……。努力した人ほど、ショックは大きいですよね……」
「勉強とか内申点とか関係ないならないで、もっと早くに知りたかった」
「ブルーム誕生は完全にランダムで、予測不可能というお話ですから。……そのお気持ちは、本当によくわかりますが」
しみじみと四季音ちゃんが言った。
もしかすると、彼女は早くから内部進学のための準備に取り掛かっていたのかもしれない。学級委員をこなしていたのも、その一環だった可能性がある。
共感してもらえたのが嬉しくて、四季音ちゃんの事情をもっと詳しく聞きたくなってしまったが、まだわたしたちは友達未満の関係性。さすがにネガティブなことについてずけずけと尋ねることはできない。
代わりに、べつの質問をすることにした。
「ふたりは勉強のモチベーション、どうしてる? 受験みたいな目標がないと、やる気ってなかなか出なくない?」
聞いた瞬間、あやめちゃんがスッと視線を下げた。
明確に問いを投げられているというのに、言葉を発する素振りも見せず、ただ黙々とカレーを口に運んでいる。
ほぼ初対面のわたしでも、ああ、一切勉強してないんだな、と察せられた。
そして、四季音ちゃんの方はというと、なにやら目が落ち着きなく動いている。
こちらは一切勉強をしていないという雰囲気ではないけれど。
「四季音ちゃん、どうしてる?」
念押しで問いかけると、四季音ちゃんは頬を真っ赤に染めた。
「わ、わたくしは……」
「わたくしは?」
「…………ご、ご褒美を賜れるので……」
がちゃん! と、あやめちゃんのスプーンがお皿にぶつかる。
見ると、あやめちゃんの目が輝いているではないか。
「そ、そそそ、それって……もしや、えっちな……!?」
「あやめちゃんなに言ってんの!?」
「そんなわけ! …………な、いです……けれど…………」
四季音ちゃんの言葉がみるみるしぼんでいく。
————まさか本当にえっちなご褒美もらってるの……!?
そうとしか思えない反応に、つい身を乗り出す。わたしの目も輝いてしまっていたかもしれない。
「し、四季音ちゃん、もしかして婚約者さんとイチャイチャしまくってる感じ……!? わたし、みんながどういうふうに婚約者と過ごしてるのか、めっちゃ気になってたの!」
「お、お、おやめください……! そんな、あのっ……と、とにかく声を落として————あっ」
四季音ちゃんの視線が、わたしの顔より上へ向かったかと思った瞬間。
コツン、と頭に衝撃が走った。
「楽しくおしゃべりもいいが、ちゃっちゃと食べろよ。昼休み終わるぞ?」
「直護くん」
わたしを覗き込むようにして立っていた直護くんは、苦笑して壁の方を指さした。
そこにあったアンティーク調の大きな時計が示す時刻は、昼休み終了十五分前。教室へと移動する時間も考えると、のんびりしていられない状況である。
小突かれたことで一瞬胸が高鳴ったが、焦りのせいでそのトキメキはすぐに小さくなってしまった。
「まずい……! ありがとう、直護くん!」
「どういたしまして」
直護くんが立ち去る足音を背中で聞きながら、わたしは急いでフォークを動かす。
しかし対面のふたりは、食べるよりもわたしをガン見することを優先している。
当然、わたしは「なに?」と首を傾げた。
「み……実乃ちゃんもイチャイチャしてるじゃないですか……!」
「是橋さんの、あんな呆れを織り交ぜつつも優しげなお顔、初めて拝見いたしました……!」
「そ、そうなの?」
「ま……まだ出会って、一、二週間とかですよね……!? そ、それで一体どこまでの関係に……もしやえっちな関係にまで……!?」
「なっ……!?」
一気に体温が跳ね上がる。
まだちょっと小突いてもらったことくらいしかないというのに、とんでもない誤解だ。
「そんなことしてないしイチャイチャもしてない!!」
わたしがいくらそう訴えても、ふたりは『誤魔化そうとしたって駄目ですよ』みたいな顔しかしなかったし、結局チャイムギリギリに教室へ滑り込むはめになってしまったのだった。




