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花咲くわたしと意地悪な婚約者  作者: はねる朱色


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17/26

17.才能

 一学期末テスト——の二週間前。主にブルームの息抜きを目的としたレクリエーションが開催される時期だ。

 わたしは始めレクリエーションと聞いて、小学生のころにやった校内宝探しゲームを連想したのだが、この学園のレクリエーションはちょっと規模が違った。

 今期のレクリエーションは、キャンプである。高等部全生徒270人が参加し、テントを設営して一泊するのだ。

 それって、芝生なりなんなりのかなり広い平地が必要なんじゃ——と思っていたら、どうやらゴールデンウィークに行った遊園地の跡地を活用するらしい。


「キャンプって久しぶり」


 そう言ったのは、副委員長の芽繰ちゃんだ。


「小学生のとき、夏休みイベントでグラウンドを使ってやったのよね。親同伴でテント設営も食事準備も、全部親任せだったけど」

「えーっ、わたしの小学校、そんなイベントなかったよ。いいなあ。……あ、でも、校舎が近いとちょっとこわいかも」

「肝試しもやったわね。ふふ、本当に懐かしい。親がオバケ役だったのよ。仮面をつけたパパが脅かしてきたんだけど、声でわかっちゃって。思わず笑っちゃってたわ」

「いくら親だってわかってても、わたしは雰囲気でビビりまくっちゃうかも。夜の校舎とか、想像するだけでムリ。そんななかお父さんに脅かされたら————お父さん、泣いちゃう」

「……え? 実乃が泣くんじゃなくて?」

「うん。お父さん、わたしよりビビりなんだった」

「——ねえ。いつまで無駄話してるつもりなわけ?」


 割って入ってきた冷たい声。

 火ばさみを片手に、祢宜田さんがこちらを見ていた。


「無駄話って……手は動かしてるじゃない。ほら、調理台はこれで準備完了。話にまざりたいなら、素直にそう言いなさいよ」

「はあ? 冗談でもやめて。……わかってるくせに」

「うん、そうね。わかってる。でも、このグループに入りたいって挙手したのは、冬優でしょう? せっかくのイベント事を、空気最悪にして終わらせたいの?」


 芽繰ちゃんと祢宜田さんが睨み合う。

 わたしは台拭きを持ったまま、おろおろすることしかできない。だってたぶん……というか間違いなく、祢宜田さんが苛立っている原因がわたしだからだ。下手に口を挟むと、状況が悪化する恐れがある。

 ——今回のキャンプにあたり、前もってホームルームの時間に班割りを決めた。

 提示された条件は、女子三人・男子三人で1グループになること。そして、ブルームは極力同じグループにならないようバラけることだ。

 後者が提示された理由は、恐らくブルームがなにもせずとも問題ない状況を作るためだろうと直護くんは推測していた。ブルーム以外の五人が働いて、ブルームにはキャンプの楽しい部分だけを堪能してもらう——そういう余計なお世話を施したいらしい。

 わたしは多少の不便さを体験してこそのキャンプだと思うので、やれることはやるつもりだ。……ただ、わたしはちゃんとやるつもりだと伝えたのに、ブルームだけで女子三人の枠を埋めることは叶わなかった。

 最初は、わたし、四季音ちゃん、あやめちゃんの三人で組もうと思っていたのに、先生から却下されてしまったのだ。

 あやめちゃんだけは、『な……仲良くない子と寝泊まりなんて絶対無理です……!』と全力で駄々をこねたため、嬉々として人の世話を焼く四季音ちゃんと同じグループでいることを許されたのだけれど。まあ、わたしは駄々をこねるほどじゃなかったから、ふたりとは別グループになったという次第だ。

 そんなわたしを見かねてか、真っ先に声をかけてくれたのが、副委員長の芽繰ちゃんである。芽繰ちゃんには、休日に勉強を教えてもらえるくらい仲良くしてもらっているので、わたしは当然諸手を挙げて喜んだ。

 直後、声をかけてきたのが、祢宜田さんである。

 これには非常に驚いた。芽繰ちゃんも驚いていた。

 しかし、理由はすぐに察せられた。

 この時点で決まっていたグループの男子メンバーが、直護くんと時雨くんだったからだ。

 どうやら祢宜田さん、わたしを嫌う感情よりも、直護くんと同じグループになりたい感情の方が勝ったらしい。

 そんなこんなで、キャンプメンバーはここに委員長の夕暮くんを加えた六人で決定したのだが——まあ、現在の空気感はこの通り。少し離れたところで男の子たちが女子用と男子用のテントを張ってくれている間、女子側はギスギスである。


「実乃ー、テント終わったぞー」


 そこへ救世主がやってきた。


「思いのほか疲れたねぇ」

「おい、時雨、貴様。自分が俺の作業を手伝いもせずに眺めていただけという事実をもう忘れたのか? 鶏なのか? それとも眺めただけで体力の限界だとでも言うつもりか? 役立たずの無能であるというなら、せめて俺を不快にさせないよう、口を閉じていろ」

「ふふふ。弱い犬ほどよく吠えるって、本当なんだね」


 うーん。救世主の直護くんと一緒に、ギスギス第二弾の兄弟も来てしまった。

 代わりにと言ってはなんだが、ずっと祢宜田さんから漂っていたギスギスした空気は、きれいさっぱり消えている。直護くんの接近により、彼女は頬を染め、恥ずかしそうに目を伏せ、セットされている前髪を落ち着きなく触り、まさに恋する乙女といった様相だ。


「す、炭は並べ終わったけど、もう火つける?」


 直護くんに向けてそう言った祢宜田さんの声も、なんだか甘さを含んでいるような気がする。


「あー……火起こしもまあまあ手順があって、時間かかりそうなんだよなぁ。少し早い気もするが、もうやっとくか?」

「俺がやる。直護は料理が得意だろう。そっちの準備を任せる」

「オッケー。じゃあ頼むわ。実乃、一緒に切ってこうぜ」

「あ、うん」


 夕暮くんが着火ライターを持ってバーベキューコンロへ。直護くんがクーラーボックスを担いでこちら——調理台のもとに来る。

 ちらりと祢宜田さんを見ると、やはりというか睨まれた。さっきまでのかわいらしい顔はどこへやらだ。直護くんに見られても知らないぞ。

 そんなことを思っていると、芽繰ちゃんが祢宜田さんの腕を引いた。


「わたしたち、エアーベッドとかいろいろもらってくるわね」

「ん? いや、六人分だろ? 俺があとで持ってくるよ」

「いいの。キャンプ用で持ち運べるやつばっかりなんだし、最悪台車借りればいいんだから。ほら、冬優、行くわよ」

「えっ、ちょ、なんで——」


 直護くんの申し出も断り、芽繰ちゃんは祢宜田さんを半ば引きずるように遠ざかっていく。もしかすると、気を遣われたのかもしれない。

 でも、女子二人で六人分の荷物を運ぶのは大変だろう。せめてひとりくらいは男子——いま手が空いている時雨くんを連れて行った方が……と思った直後だ。


「時雨くぅーん! 全然火がつかないのぉ! 手伝ってぇー!」

「時雨くん、こっちもー! テントが難しくってー!」

「えー? 仕方ないなあ。かわいいから特別だよ?」


 黄色い声に誘われて、時雨くんはふらふらと別グループのところに行ってしまった。


「チィッ! いっぺん死ねばいい!」


 盛大な舌打ちと、度を越えた暴言を吐き捨てる夕暮くん。

 わたしと直護くんは、思わず笑ってしまった。


「死んであの性格が直ればいいがな」

「幽霊とかになったら、不眠不休でかわいい子か夕暮くんか直護くんに引っついてそうだよね」

「…………死ねばいいは撤回した方がいいか」

「そうしてくれ。俺も悪夢でうなされそうだ」


 言いながら直護くんがクーラーボックスから取り出したのは、牛豚鳥とさまざまな種類の肉に、玉ねぎやピーマン、パプリカを始めとした野菜たちだ。


「俺が肉やるから、実乃は野菜な」

「がんばる……!」


 今夜はバーベキューだ。

 各々好きな食材を持ち込んで、好きに焼く。それだけではあるけれど、グループによって少しずつ差異が出るところがおもしろい。

 たとえば四季音ちゃんのグループは、パプリカなどの野菜をじっくり丸焼きにして食べるつもりだと言っていた。手鞠ちゃんのグループは、肉とにんにくときのこのホイル焼きをメインにするらしい。

 そしてうちは、バーベキューといえばな絵面でお馴染みの串焼きにする予定だ。串も買ってきたので、準備は万全である。

 あとついでに、お米とカレーは学園側が用意してくれるそうだ。調理に失敗した場合や、各自で用意した食事が足りなかった場合の保険とのことだが、ほとんどのグループはカレーライスを頂戴しに行くと思われる。育ち盛りの六人が肉や野菜だけでお腹いっぱいになろうとしたら、相当な量を買い込む必要があるからだ。もちろんわたしたちも、カレーライスありきの量しか買ってきていない。


「……串に刺すのって、これだと小さいかな?」

「俺も串焼きは初めてだからなぁ。まあ、もうちょい大きくてもいいかもしんねぇけど、女子はそれくらいの方が食べやすいんじゃないか?」

「むぅ……。最初は大きめにしてたのに、なんかだんだん小さくなるんだよね……。サイズ揃えるのって難しい」

「あんま気にすんなよ。食えりゃ一緒だって」


 そう言う直護くんの手際はすごい。

 筋取りや余分な脂肪を削ぎ落す手に迷いがないし、わたしみたいにサイズがバラバラになっている様子もないし、かと思えば、こっちは焼く直前までタレに漬けておくだの、こっちはハーブで香りづけをしておくだの、塩以外の味つけもいろいろ考えてくれている始末。

 わかりきっていたこととはいえ、隣で並んで料理していると、余計に料理レベルの差を実感させられる。


「うし。下処理はこんなもんかな」

「は、はやい……! わたしまだ……」

「いーって、ゆっくりで。焦って怪我された方が困る。夕暮、そっちはどうだ?」

「順調だと言っておこう」

「オッケー。んじゃ、玉ねぎでももらおうかな」

「あっ」


 涙が出るかもだから後回しにしていた玉ねぎを、直護くんに掻っ攫われてしまった。

 任されたぶんくらいは、ちゃんとわたしがやりたかったのに……。直護くんって、そういうとこある。

 やっぱり、料理レベルはもっとあげていきたい。直護くんよりも手際よく、そして直護くんの作業を奪えるくらいになるのが目標だ。

 夏休みもまた、ハウスメイドさんたちの力を借りて特訓した方がいいかもしれない。忘れないうちに、キャンプから帰ったらお願いしに行こう。

 そう思いながら野菜を切り続けていると、芽繰ちゃんと祢宜田さんが台車を押しながら帰ってきた。


「ただいま。ちょっと遅くなっちゃったわね」

「おかえりなさーい。ありがとー!」

「ひ、久しぶりに見た……是橋くんの料理姿……! か、カッコいい……!」

「はいはい、冬優はこれをテントの中に運んでね。……あれ、時雨くんは?」

「チィッ!」


 時雨くんの名前が出た途端、また夕暮くんが舌打ちをした。その反応で、芽繰ちゃんは「ああ……また……」となんとなく察したようだ。


「男子の方のテントの中に運んでほしかったんだけど」

「時雨くん、そのあたりにいない? さっきはあっちのグループのとこに…………いないなあ」


 周りを見渡してみるも、時雨くんの姿は見当たらない。

 代わりに、少し遠いところに調先輩の姿を見つけた。隣には猫背気味な、眼鏡をかけた男の人がいる。

 もしかすると、あの人が調先輩の婚約者、見留先輩だろうか。伊達メガネ野郎って言われていたし。

 学年の垣根を越えてグループを組んでいるということなら、順調に仲良くなりつつあるのかもしれない。そうだったらいい。


「——あ。あそこね」


 芽繰ちゃんが指をさす。

 その先を辿ると、上級生のお姉さま方に囲まれている時雨くんがいた。


「わあ……モテモテだねぇ……」

「囲んでるやつのうち何人が、マジで時雨のこと好きなのかはわかったもんじゃねぇけどな。ガーデナーならだれでもいいってやつもいるし」

「ガーデナーがみんな優秀でカッコいいのはわかるけど……突然婚約者ができる可能性あるのに?」

「できない可能性もあるだろ。それか、そこまで深く考えてないか」


 玉ねぎを切り終わったらしい直護くんが、今度はわたしが切りかけだったパプリカも掻っ攫った。

 思わず唇を尖らせてしまう。


「……委員長は」


 ぽつりと芽繰ちゃんが言った。


「ああいうの見て、嫌じゃない……?」

「は? 馬鹿なのか、嫌に決まっているだろう。手伝いもせずにヘラヘラと……腹立たしいことこの上ない」

「あ、ごめんなさい、そうじゃなくて」


 訝し気に夕暮くんが片眉をあげる。

 芽繰ちゃんは気まずそうに視線を落としつつも、話を続けた。


「時雨くんと委員長は、双子でしょう? ちょっと産まれた順番が違っただけ。それ以外の条件は全部同じだったのに……片方だけが特別で、才能を持っているだなんて言われて、ああやってもてはやされて……。理不尽だって……羨ましいって、思わない?」


 まるで、芽繰ちゃんこそが理不尽だと思っているような言い方だった。

 直護くんを見上げると、我関せずといった顔をしている。直護くんはひとりっこだから、この話題に対して気まずいという感想を抱くこともないのだろうか。……あるいは、この手のことを言われ慣れている可能性もあるけれど。

 そして夕暮くんはというと、心底面倒くさそうに「はあぁ」とため息をついた。


「やはり馬鹿だな。副委員長ともあろう者が、この学園でなにを見てきたのやら」

「え……」

「アレが特別で、アレだけが才能を持っている? ハッ。どこのだれだ、そんな戯言を宣う輩は。——いいか? 俺が時雨に劣っているなどと思ったことは、一度たりともない」


 はっきりと、きっぱりと、夕暮くんは言い切った。


「俺とアイツの成績は、勝ったり負けたりの繰り返しだ。勉学も運動も互角だと言っていいだろう」

「そ、れは……表面上はそうでしょうけど……。でも、委員長はがんばってがんばって、やっといまの位置にいるのに、時雨くんはああしてフラフラして、いつだって気ままにやって、大した努力もなく上位にいるのよ。それこそが才能の差でしょう?」

「そうだ。才能の差だ。俺には努力する才能がある。アイツにはない。はっきりしている話だな」

「えっ……」


 呆然、といった表情で芽繰ちゃんが固まる。

 わたしは思わず拍手してしまいそうだった。


「さらに言うなら、才能があるだけに留まらず、俺はガーデナーどものように人生を縛られることもない。俺が羨ましがられるならともかく、なぜ俺がアイツを羨む必要がある?」


 くくっ、と耳元で笑い声がした。直護くんだ。

 わたしに顔を寄せ、わたしだけに聞こえるように、直護くんは囁いた。


「やっぱ俺、あいつの性格嫌いじゃねぇわ」

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