15.兄
夕食を食べ終わり、お風呂に入る前のひととき。
わたしと直護くんは並んでソファーに座り、帰る道すがら買ったプリンを食べながらテレビを眺めていた。
ニュース番組が、若い女優の妊娠を伝える。女優のSNSに投稿されたらしい旦那さんとのツーショット写真は、なんだか幸せオーラを放っているように見えた。
「……ねえ、直護くん」
「ん?」
「ブルームとガーデナーの婚約者同士でも、結婚しないパターンって多かったりする?」
「んー……どうかな。実際の成婚率なんざ、公表されてねぇし。噂程度の話なら、婚約破棄も離婚も稀にあるって感じか」
食べ終わったプリンの容器をテーブルに置いて、「ああ、でも」と直護くんが続ける。
「ブルームの気持ち優先だから、ブルームがほかの男を選んで婚約破棄を申し出た場合は、ガーデナー側に拒否する権利はないっつーのは言い聞かせられてきたな」
「ブルーム優先なの?」
「そ。まず真っ先に同種の花のガーデナーがあてがわれるのは、相性がいいからとか、ブルームに対して庇護欲を抱きやすいからってだけだからな。……とはいえ、いくらブルームの気持ち優先でも、子どもを産みたくないって話になってくると、管理機関がごちゃごちゃ言ってくると思うが」
うーん、さすが時代錯誤機関——なんて思ったけど、まあ一旦それは置いておいて。
「調先輩の気持ち的に、見留先輩以外を選ぶ気なさそうだよね?」
「そうだな」
「見留先輩、庇護欲とかそういうの、あんまり感じてないのかな?」
「……そもそも、調の話だけじゃなんとも言えないんだよなぁ。やっぱこういうのは、双方の言い分を聞いてからじゃねーと」
そう言って、直護くんはスマホを手にとった。
直護くんはスマホの画面を隠そうともせずに操作する。べつに意識して見ようとしたわけではないけれど、『新兄さん』と名前のつけられたトーク画面が、自然と視界に入ってきた。
「調先輩のお兄さん?」
「ああ。同じクラスのはずだから……ま、あんま深くは聞くつもりねぇけど」
すいすいとすばやく文字が入力されていく。
直護くんのスマホは、同機種のなかで一番大きいサイズだ。けれど、直護くんの手が大きいせいか、指の動きが窮屈そうに見えてしまうのが少しおもしろい。
『調の婚約者どんなやつ?』
既読はすぐについた。
プリンの残りをすべて口に入れると、それを飲み込むより早く返信がくる。
『わりとおもろいやつ。会いたいなら紹介するけど』
直護くんが返信を打つ前に、さらに追加のメッセージ。
『でも人見知り激しいから嫌がられるかも。たぶんナオ、びびられると思う』
「人見知りが激しい……もしかして、調先輩と仲良くできてないのも、そのせいだったり?」
「んー……」
生返事とともに、直護くんの指が再び動く。
『調と仲悪いのか? 嫌われてるって泣いてたぞ』
——深く聞くつもりないって言ったのに……!?
わたし的にはかなり踏み込んだ質問のような気がしたが、違うのだろうか。
どんな言葉が返ってくるのかとはらはらしていると。スマホは返信ではなく、着信を告げた。
『べーちゃんが泣かされたってことか!? いつ!? 聞いてない! あんの根暗伊達メガネ野郎め!!』
応答した途端の大音量。わたしにまで筒抜けである。
直護くんはスマホをスピーカーモードにして、耳から遠ざけた。
「るせーな、もう夜だぞ」
『んなのどうでもいーんだよ! 寮長は俺で、俺がルールだからな! それで、泣かされたってなんで!』
「わりぃけど、泣かせたのは俺。すまん」
『絶交だァ!! 二度と話しかけてくるなッ!! 二度と俺を兄さんと呼ぶなァッ!!』
——一秒、二秒、三秒。
絶交と宣言したわりに、いつまで経っても通話は切れない。
やや間を開けて、落ち着いた声が聞こえてきた。
『……一応、詳細は聞いておこうか』
そうして直護くんは、調先輩の秘密も含めて、本当に洗いざらい全部話してしまった。
絶対、調先輩に怒られる。でも、わたしより直護くんの方が親しいはずだから、調先輩たちの性格もろもろを加味したうえで、今回は言っちゃった方がいいという判断なのかもしれない。……ううん、でもなぁ。
止めた方がよかったのかどうなのか、うんうん悩んでいる間に、もう終話の雰囲気だ。
「調の勘違いでややこしくなってる可能性もあるからな。兄さんから婚約者側の話も聞いといてほしいんだよ」
『あー……まあ、よそんちのナオが行くよりマシかぁ。しゃーねーな』
「一応こっちは調の肩を持つ体でしばらく付き合うけど、兄さんから見て無理そうだと思ったら言ってくれ」
『オッケー、わかった。俺も、妹が泣くような結婚をさせるつもりはねーからな。…………はぁ。でも、婚約破棄になったらなったで泣きそうなんだよなー……。んじゃ、とりま進捗あったらこっちから連絡するわ』
「頼んだ」
『へいへーい。またなー』
テロリン、と音が鳴って、通話が切れた。
わたしは、スマホを操作する直護くんを見上げる。
「あんなに話しちゃって大丈夫……?」
「んー? あー、まあ、兄さんにならな。調の身内に、事情を全部知ってるやつがいた方がいいんだよ。万が一、俺たちが割って入ったせいで余計に拗れて完全に仲違いってことになったら、面倒どころの話じゃなくなるだろ? 桜と百合から薔薇の家が責められることになる」
「え……そ、そうなんだ。そっか、なるほど……」
わたしたちが責められる可能性なんて、考えてもみなかった。
家が大きいってそういうことなんだ、と改めて思い知らされる。
たしかに、なにか失敗をして責められることを考慮するなら、後出しで情報を開示するより、先に伝えておくべきなのだろう。
「なんか……ごめんね」
「そんなに不安そうな顔すんな。仲直りにしろ仲違いにしろ、あとは兄さんがうまく執り成してくれっから」
「うん……」
「でもまあ、あの第一声を聞くと、不安にもなるか」
直護くんが意地悪そうに口角をあげた。
「優秀な人間のセリフには聞こえなかったよなあ? マジでうるせぇし」
「……ふふっ」
思わず笑ってしまった。
なんだか気が抜けて、ソファーの背もたれに寄りかかる。
「調先輩のお兄さん、フランクな感じの人だね」
「フランクっつーか、騒がしいの方がしっくりくるけどな」
「調先輩がお兄さんのこと、ゲームするの意外ーみたいなリアクションしてたから、もっとお堅い感じの人かと思ってた。それこそ、調先輩の男バージョン的な」
「うーん……まあ。お堅いかもな、調の前では」
わたしは首を傾げる。
「カッコつけてんだよ。厳しく躾けられてきた調にとっての理想の兄でいよう、みたいな。兄さんの方はずっと学園生活だから、べつに厳しい躾とかも受けてなくて、いま聞いた通りの性格が素」
「……家族に対して演技してるってこと?」
「ガーデナーは多いぞ、そういうやつ。家族との接触が極端に少なくて、外の世界にも疎い。夕暮の罵声を参考にするなら、ガーデナーどもは常識も性格もズレて歪んでいる、犬畜生以下の社会不適合者なんだと」
「…………どっちかっていうと、夕暮くんもズレて歪んでる側だよね?」
「あっはは!」
直護くんが吹き出すように笑った。
どうやらツボに入ったらしい。「い、言えてる……!」と息苦しそうに言いながら、腹を抱えている。
「わたしはおもしろいから、あのままでいてくれていいけど」
「ふ、くくく……そ、それは俺も同感」
笑い続けている直護くんの顔を見る。
一番好きな表情は、直護くんがわたしに向ける意地悪な顔だ。
でも、こうしてわたしの発言で爆笑している直護くんの顔も、かなり上位に入るくらい好き。
だから、そのままじーっと見つめていると。直護くんの表情が、わたしの一番好きなものに変化した。
「……んで、夕暮はそのままでいいとして、ガーデナーの俺は? ズレて歪んでるから、直した方がいいところとかあれば、遠慮なくどーぞ」
ぎゅーっと心臓が鷲掴まれる。
ドキドキを通り越して、ぶっ倒れそうなくらいクラクラする。
でも意地悪な眼差しがわたしの返事を待っているから、倒れる前になんとか口を開いた。
「……直護くんも、いまのままでいい」
「おもしろいから?」
「す……すき、なので……」
もうほとんど言わされたようなものだけど、直護くんはご満悦だ。頭をわしゃわしゃと雑に撫でられる。
そして、わたしもご満悦。無事に心臓も思考も止まって、ソファーの座面に倒れ込んだ。




